第14話 ゾンビ映画にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑静な図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「ゾンビが発生したら、田舎の地価が上がるわよね」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「……ゾンビって、いわゆる歩く死者?」
「そうよ。起源から説明するほどマイナーじゃないでしょ。まぁ気が狂ったパターンとかいろいろあるけど、その辺もひとくくりのジャンルでいいわ」
「……たしかに都心部は壊滅的被害だろうけど。その場合まず、目の前の危機的状況が優先だよね」
「でも投資は先を見越して行うでしょ?」
「いや、逼迫した状況下ではだれも相場に目を向けたりしない。そもそもこんな空想話、月の土地を今買うくらい無意味だよ」
「ふぅん、そういう正常性バイアスがゾンビパニックを引き起こすのね」
フンと鼻を鳴らして、彼女はパンデミックトークをさらに広げる。
「で。ゾンビに噛まれた傷をこっそり隠して、どうするつもり?」
「あれ、いつの間にか妄想シチュエーションに入ってる?」
「人知れず噛まれた傷をわたしに黙って、あなたはどうするつもり?」
「押し通すね。ていうか僕も無傷でいさせてよ……」
「バカ言わないで。だれも傷つかずに田舎の桃源郷に辿り着けるわけないじゃない」
本当の恐怖は人間の愚かさなのよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。
なるほど、今回はお約束側についたか。僕はあらゆる意味で不利な立場に追いやられる。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
艶やかな黒髪にスッと通った鼻筋。まるで彫刻、まさしく芸術。
たとえゾンビになっても美しさをキープできそう。
この手の話題が実は好みなのか、爛々と瞳を輝かせた彼女は、
「ゾンビ映画を観ましょう。事前に視聴覚室の鍵を借りておいたの」
「へぇ、簡単そうに言うけど先生をよく説得できたね」
「投資の勉強のため映画を観るって言ったの」
「その武器でよく説得しようと思ったね……」
後ろめたさとかないの。杜若さん、案外肝が据わってる。
というか冒頭で地味な伏線張らないで。
「でも意外。杜若さんはホラーもいけるんだ」
「怖いのは嫌いよ。でもゾンビはホラーじゃないわ」
「え、じゃあなに」
「ロマンよ」
……ロマンかぁ。
で、納得はできない。
「ロマンって言うけどさぁ、ゾンビモノなんてお約束の塊じゃないか」
「わたしが飽き飽きしているのは、ありきたりな展開。ゾンビの場合は様式美よ。期待される王道展開を喜び、洒落の効いたハズシに膝を打つの」
「王道を語るのは僕のポジションなのに……」
とはいえ、今回は分が悪い。
彼女の語るお約束にも、王道にもあまり付いて行けてない。
だって、
「ずっと様子がおかしいけど、あなたまさか」
「うん、怖いの苦手でゾンビ映画も観たことない」
「あっ。じゃあ、無理やり見せるのは酷よね……」
「だから杜若さんが解説してくれたら気が紛れるかも」
「一緒に……観てくれるの?」
「もちろん。あと、手を握ってくれる?」
「え」
僕たちの放課後は、杜若さん解説のもと、手を繋いで映画鑑賞をすることになった。
「ゾンビ映画は、大まかにアクションタイプ、ホラータイプ、ドラマタイプに分かれているわ。これはホラーのゴア描写控えめコメディ寄りね」
「ワンポイントアイデアの一発勝負で差をつける作品が多いの。オマージュのオマージュも。この辺は小説投稿サイト界隈と似ているわね」
「ナードキャラは生存率が高いの。最近は主役級も多いわ。作品の中であえてお約束を語るのもトレンドね」
「あっショッピングセンター。ここが出てきたら人間の業が描かれるわ。それに銃が出てきたから、あの生意気キッズと厭世的なコワモテあたりで仮想親子のヘッドショット訓練があるわよ、見てて」
「ほらね。この通り、保護された地区は必ず襲撃に遭うの」
「ビデオカメラを通して見る場合、逃げるシーンはめちゃくちゃブレるわ。襲われる瞬間、恐怖を煽るためパンして横たわるのよ」
「そうそう。名前ありゾンビは都合よく姿形を保つのよ」
「根本の解決なんて無視よ。生きるか死ぬか。ううん、死んでもいいの。それがゾンビ映画」
「あ、これ駄作ね。このジャンルの当たり率はテキ屋のくじより酷いわ」
「ふぅ。杜若さんのおかげで、初めて最後まで観れた。……あ、ごめん僕の手汗が」
「っ……! あなたビビりすぎよっ」
「それにしても、やけに饒舌だったね」
「い、一生懸命、紛らわせてあげたのっ!」
「そうなんだ、ありがとう。でも、観てよかった。杜若さんのゾンビ映画愛がひしひしと伝わってきたよ」
「…………別の愛にも気付いていいのに」




