第13話 告白にキビしい杜若さん
放課後、高校の閑散とした図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「……わたしたちの関係ってなんなのかしら」
手にした文庫本を閉じて、彼女はこちらをジッと見つめて語りかけてくる。
「おっ。それ、関係性が進展しないときのお約束セリフだね」
「違うの。今日はそういうのじゃなくて」
「ん? じゃあ、どういう?」
「それは……っ」
スゥと息を吸い込んで、彼女は真剣な口調で切り出した。
「わたしとあなたの関係よ」
「僕との?」
「そう。考えてもみて? ふたりの男女が、部活でも委員会でも、クラスメイトでもないのに毎日放課後におしゃべりって、もはや普通の関係とは言いがたいじゃない」
「滔々《とうとう》とした日常モノでよくあるシチュエーションじゃん」
「それらは時空が不自然にループしている、ある意味ホラーな特殊環境よ。ヘタに進展したらループの時間軸から外れて戻れなくなるわ」
イベント事だけ急に季節感を出してくるのよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。
時間の概念を忘れて日常のひとコマに癒されたい日もある。と僕は思うのだけれど。
相変わらず、お約束にキビしい杜若さん。
日頃のケアが見てとれる、ハネひとつない艶やかな黒髪。
神さまが太鼓判を押して現世に送り出したであろう端麗な容姿。
惹きつけられる男子たちの告白を、日課のごとくはね返し続けている。
そんな校内屈指の美少女は、上目遣いで僕を見つめて、
「わたしたちは、ただの友人関係なの?」
「うーん。肩書きで言えば、友人ですらないかもね」
「そんな……っ」
「だって僕、一度フラれてるしね」
「……え?」
「前に杜若さんに告白したじゃん。即お断りされたけど」
「…………へ?」
僕の言葉に、彼女はポカンと口を開ける。
今なら何を投げても入りそう。だけどそんな非道、杜若さんに出来るわけがない。
「まさかわたし、鈍感系主人公だった……?」
「ラブコメの定番設定だね」
「ちょ、ちょっと待って。だってそんな覚え、まったく……。まさかわたし、記憶喪失系ヒロインだった……?」
「あっ、お約束に雁字搦めになって、杜若さんのアイデンティティが崩壊しそうになってる」
杜若さんは頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
サラサラとした長髪が広がり、ふわりと清潔感のある香りが鼻腔をくすぐった。
その匂いで思い出す。
そういえば、彼女を好きになるきっかけは。
「去年の、入学してしばらく経ったあとかな」
「……」
「たまたま廊下ですれ違っただけなんだけど、電撃が奔ったみたいだった」
「……よく聞く一目惚れの表現ね」
「まさにそのセリフ。一目惚れで告白なんてお約束すぎるわ。ってフラれたんだよ」
僕の回顧に、そこで杜若さんはバッと頭を上げると、
「ちなみに、場所は?」
「体育館裏」
「……告白のセリフは?」
「一目見たときから好きでした」
「もうバカっ! わたしが何十回、屋上と体育館裏に呼び出されたと思ってるの! ワープ能力があったら間違いなく地点登録してるわよ! それに、そんなありきたりなセリフ! NPCの村人より工夫がないわっ!」
「僕はフラれモブだったんだね……」
「その通りよっ! モテ描写強調のためにいちいち現れないで! そんなの頻出すぎて、スキップできたら飛ばしたいくらい! 強制イベントだからできないけどっ! こっちも、相手の誠意と向き合う覚悟が必要なのっ! 断るのも勇気がいるのよ!」
こちらのショックも吹き飛ぶ勢いで、逆ギレ気味の杜若さん。
本気の想いに本気で応える。彼女の真摯な姿勢の裏には、人知れない葛藤があった。
そして、その目に浮かぶものは。
「杜若さん……。ごめんね、軽々しく告白して。辛かったよね」
「違うわよっ! ……悔しいの。あなたの告白を思い出せないことが……っ」
その頬を涙が伝う。
杜若さんがお約束にキビしい理由——
手抜きでありきたりな告白の数々に、彼女の心身は疲弊していた。
……その責任は、僕にもあったんだ。
「ねえ、杜若さん。チャンスをくれないかな」
「……なんのチャンスよ」
「もう一度、伝えさせてほしい。次は、君が死ぬまで忘れられない告白をするから」
「っ……!」
杜若さんはハッと目を見開くと。
束の間の無言の後、ささやくように。
「……ええ、わかったわ。絶対よ?」
「うん、約束する」
「他の人がマネしたくなるくらい、素敵な告白じゃないとオッケーしないからね」
「後世でお約束入りするほど、最高のシチュエーションとセリフで伝えるよ」
「ふふ、バカじゃないの」
僕たちの放課後は、
「よしっ、そうとなれば応用の前に基礎を固めないと。しばらくはお約束の勉強だね!」
「……それって、いつ頃までかかりそう?」
まだまだ続く。




