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お約束にキビしい杜若さん  作者: でい


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第10話 転校生にキビしい杜若さん

 放課後、高校の閑静な図書室。

 テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。


「突然の転校生だけを一か所に集めたら、個性の渋滞が起こるわ」


 開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。


「意味もなく登場しないから、必然的に濃いめのキャラが集まるよね」

「期待感が膨らみすぎて現実の転校生はいい迷惑よ」

「じゃあ、あえて無個性で目立たない転校生は? 斬新じゃない?」

「それすら訳アリの伏線と勘繰かんぐってしまうわ」

「もう逃げ場がないじゃん……」


 フンと小さな鼻息をついて鋭く指摘した。


「無個性で目立たないモブ転校生って、フィクションにおいては矛盾なのよ」

「まあ無駄にイベントだけ消費するなら、出てこない方が当人モブもマシかもね……」


 登場した時点で大抵はなんらかの因縁がすでにあるのよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。

 運命に導かれた邂逅かいこうの演出として、学園モノの鉄板だと僕は思うのだけれど。


 相変わらず、お約束にキビしい杜若かきつばたさん。


 艶やかな長い黒髪。凛とした切れ長の目。スッと伸びた鼻筋。

 お決まりの表現だけど、その見た目はシンプルに天使で女神。確固たる個性。


 仮に転校生で現れたとしたら誰もが運命を直感してしまう彼女は、


「わたしが転校することになったら、どうする?」

「えっ」

「突然父親の転勤が決まったと言ったら、あなたは、寂しく思ってくれるかしら……」


 文庫本をそっと閉じて、杜若さんは長いまつ毛のまぶたを伏せる。

 その神妙とした表情に、僕は、


「実は父親だけ単身赴任とか、急遽取り止めになるとか、隣町で学校は変わらないオチじゃなくて?」

「パターンを潰してくるわね」

「あ、わかった。聞き間違い。勘違いでしょ! 卒業後の予定! ご近所家庭の噂話だ!」

「ありったけ詰め込むのね」

「あとは杜若さんひとり残って居候……なんてね。どうせいつもの、ウソなんでしょ?」

「嘘じゃないわ」

「なっ……」


 杜若さんの真剣な目が訴えかける。

 まさか、嘘じゃないって。心の整理が追いつかない。


「だったらそんな家庭は捨てて、うちの養子になりなよ!」

「だ、大胆な解決策ね。でも……それは嫌」

「うっ、たしかに、普通に無理だよね。杜若さんひとり支えられない……僕はなんて無力なんだ! くそっ、なにか名案浮かんでこいっ!」

「…………だって縁組したら、関係の進展が望めないじゃない」


 杜若さんが何事かを呟いたが、こちらはそれどころではない。

 いきなり転校? ありきたりなお約束展開、杜若さんに似つかわしくない。

 そんなの、僕だって望まない……。


「というか、実際に転校すると言ってないわ」

「……え?」

「嘘もついてない。ただ仮定の話をしただけ」

「占い師の手法じゃん」

「叙述トリックよ」

「そんな高等なものじゃないっ!」


 杜若さんの妄想トークに見事に引っかかる。

 だけど、転校しない事実に勝る吉報はないので。


「はぁ……本当によかった……」

「そんなに、寂しい?」

「当たり前でしょ。あやうく僕も転校を決心して、両親への説得を吟味しはじめてたよ。場合によっては縁を切る覚悟だった」

「……重すぎて、嬉しい気持ちを通り越しかけたわ」


 僕たちの放課後はまだまだ続く。

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