4.それぞれの出発点。
「それからです。私は勇気を出して学校に通うことができて、自分に自信を持つことができたのは。いまではこうやって、ライバーとして自分を表現できています」
「………………」
狛犬さんの言葉に、俺は正直なところ驚きを隠せなかった。
まさか俺が高校時代に上げた初めての楽曲を彼女が聞いていて、さらにはそれから勇気を貰うことができた、なんて。当時の俺はただ感情のままに書きなぐって、ドヤ顔で動画サイトに投稿していただけだった。
それこそ自分には才能があると思い込んで、いいや、思い上がって。
ちょっとばかりギターの練習をしただけの学生が、その気になっていただけなのに。
「狛犬さん……一つだけ、確認させてください」
「え、はい。なんでしょうか……?」
俺はその時のことを思い出しながら、小さく息を吸い込んだ。
そして、小首を傾げる狛犬さんにこう訊ねる。
「その時に、狛犬さんは――」
一つの確証が欲しくて。
それがあれば、俺はきっとこれからも前に進めると思ったから。
◆
『突然のご依頼を受けて下さり、本当にありがとうございます。近衛先生の歌詞に合わせて作曲いたしますので、何卒よろしくお願いいたします』
帰宅後、狛犬さんからのメッセージが届いていたことに気付く。
今度は慌てずに返信して、俺はパソコン前の椅子に腰を落ち着かせた。そしてようやく、深く呼吸を繰り返す。緊張から解き放たれた感覚が、じんわりと全身に広がっていった。
だけど、いつまでもゆっくりしていられない。
「今回の依頼は、普通じゃないんだ」
そう、これはいつもの仕事とはわけが違う。
狛犬シロという有名人からの依頼、ということもあるが、それ以上に大きな意味があった。ただしそれは、決して作詞家として飛躍のチャンスだから、ということではない。
むしろ、そんなことなんて二の次だった。
「よし、やるか……!」
俺はパソコンを起動し、作業を開始する。
思い浮かべるのは狛犬シロ、という少女の軌跡。そして――。
◆
「あー、くそが!? なんだよ、なんだってんだよ!! みんな揃って下手だの、才能なしだの!! こっちは初めての作曲なんだから、当たり前だろうが!?」
――五年前。
動画サイトにドヤ顔で処女作を投稿した俺は、涙目になりながらクッションに八つ当たりしていた。自惚れていた自覚はあったが、何もそこまで叩かなくてもいいだろう。
そんなことを動画のコメント欄に感じながら、苛立ちの行き場を探し続けていた。
「くそ、なんだよ……なんだって! こんなの――」
でも、ぶつけようがない。
だったらもういっそ、辞めてしまえばいい。
元々、ちょっとだけ齧ってみて、おだてられたから投稿したにすぎない。いってしまえば若気の至りというやつで、いずれきっと黒歴史とか呼ばれるようになるものだ。
そう考えて、もう二度と音楽にはかかわらない、そう決意しようとした時。
「ん……?」
俺はコメント欄の中に、それを見つけたのだ。
『涙が止まりません、歌詞がすごく良かったです。自分もこれから理不尽なことに、立ち向かっていこうと勇気を貰えました。本当にありがとうございます』
それは、たった一つの感謝の言葉。
否定だらけのコメント欄の中で、きらりと光るような肯定。
それは最後に、こう締め括られていた。
『次回作も、待っています』――と。
救われたと、その少女は語っていた。
俺の書いた拙い歌詞で、勇気を貰って前に進めたのだと。
だけどそれはきっと違っていて、本当に勇気を貰えたのは俺の方。それからの自分が『作詞家という夢』を叶えた原点、出発点は、そこにあったのだろうから。
ここまでがオープニング。
一旦区切りで、次回から第1章に入って行きます。
ここまでお読みいただき、少しでも!
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