3.狛犬シロにとって、かけがえのない記憶。
「今日も、学校行けなかった……」
――五年前。
狛犬シロ、当時中学二年生の時のこと。
彼女は通っている学校での人間関係に思い悩み、不登校の引きこもり状態になっていた。毎朝、目を覚ますと頭痛や吐き気に苛まれて、立って歩くことも困難に思えてしまう。医者に診てもらっても、身体には問題がないという。
それもそのはずだ。
彼女が病んでいたのは身体ではなく精神、心の方だったのだから。
「……どうして、こうなっちゃったんだろ」
そう思い、口にしたシロ。
しかし原因は分かりきっていた。
学校へ行くことが怖い。同じクラスの同級生、その一部のグループから向けられる敵意が怖いのだ。だけども、さらに情けないと感じるのは、その嘲笑や罵詈雑言に立ち向かう勇気のない自分。
考えただけで、膝が震えてしまう。
それでも立ち向かわなければ、現状は変わらない。
そんなことは、自分が一番わかっているというのに、行動ができない。
「もう、こんな時間……か」
そんな行方知れずの罪悪感に苛まれながら、彼女は動画サイトを巡回していた。
目的なんてない。意味なんてない。ただ、時間を潰せればそれでいい。少しでも現実から目を背けることができれば、少なくとも現在は呼吸ができるような気がしたから。
シロは一つため息をついて、新着の動画を漁り始めた。
すると、
「……ん、これ。なんだろう」
目についたのは、一つの自主制作楽曲。
どうやら、これを作ったのは一人の少年のようだった。再生せず、先にコメント欄を覗いてみると、そこには――。
「う……!」
まるで、向こう側に人間がいる、ということを忘れたような誹謗中傷。
下手くそや才能がない、という言葉ならまだ優しい。それ以上に個人を攻撃する内容が、そこには埋め尽くされていた。それはまるで、シロが置かれた現状のように。
彼女は思わずブラウザバックをしかけ、しかし――。
「…………」
ふと、思い止まる。
自分はこんな言葉を前にして、苦しんでいるのではなかったか、と。
だったら、いま自分にできることは少しでもいい。彼の作った楽曲を聞いて、それに込められた想いを受け止めることに違いなかった。
だから、シロは意を決してその動画を再生。
すると流れてきたのは不慣れな少年の歌声と、ギターの音。
ただ、それよりも――。
「あ……」
シロの胸に刺さったのは、そんな彼の口にする歌詞だった。
『今日もキミは そこで立ち止まっているのかい?
転んだまま顔上げて 前を向きながら
今日もキミは そこで座り込んでいるのかい?
自分には何も変えられない そう思い込みながら
だけどキミは知っているか 転ぶ人というのは
前に歩き出そうとした そういう人なんだ
たとえ何かに躓いて 膝に傷を負っても
いつか前を向いて立ち上がる キミの勲章になる
たとえ今が辛くても いまが怖くても
その勲章を笑える奴は ホントのキミを知らない
だからいっそ笑ってやれ 思い知らせてやれ
この勲章の数だけは 誰にも絶対負けないのだって』
大人が聞いたとすれば、もしかすると青臭い歌詞かもしれない。
それでも、いま自分を情けないと思い込むシロにとって、それは違っていた。だってこの歌を投稿した彼は少なくとも、いまは自分と同じ状況。
周囲から酷評され、嘲笑されている。
それでもシロにとって、その中で歌われる言葉は輝いて聞こえたのだ。
「う、うぅ……」
きっと誰にも評価されない楽曲だったとしても。
この瞬間、狛犬シロという少女にとっては、人生を変えたものに違いなかった。
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