7.『いま』の気持ち。
遅くなってすみません_(:3 」∠)_
悩みに悩みぬいた。
「きてくださって、本当にありがとうございます」
「……いえ。私の方こそ、お騒がせしてすみません」
約束した公園に、俺が到着するより先に狛犬さんは立っていた。
炎天下の中、黒の日傘を差しながら。深窓の令嬢という表現がピタリと合う美しいたたずまいに、思わず見とれてしまった。それでも今日は、そんなことを考えている場合ではない。
俺はいま、一人の女性として狛犬さん――いや、麗華さんと向き合うのだ。
互いに沈黙が続く中で、俺は先にこう訊ねる。
「……麗華さんは、本当に俺のことを想って下さってるんですね」
「はい……先生は私の、きっと初恋です」
「そうですか」
その返答を聞いて、一度大きく深呼吸をした。
こんなに綺麗で優しい子に想われているということは、男としてとても喜ばしい。状況が違えばきっと、手放しで浮かれていたのだと思った。だけど須藤社長やコトカさんに指摘された通り、それは簡単に壊れてしまう大切なひとつの心に違いない。
だからこそ、慎重に扱う必要があった。
だからこそ、その選択に責任を持つ必要があった。
そして俺にはいま、いくつかの気持ちがあるのはたしかだ。
三木麗華という少女に対する気持ちは、きっとまだ恋や愛といったものではないこと。それでも彼女との関係が、ここで終わることを決して望んでいないということ。
そしてもう一人、俺が推している少女であるミリカのこと。彼女に対する気持ちもきっと、推しとしての好意であって、恋や愛ではないのだ。
また同じく、今回の一件で二人の関係が終わってほしいとは思っていない。
だから――。
「麗華さん。俺はきっと、まだ貴方の気持ちには答えられません」
「………………」
嘘偽りなく、俺は彼女にそう伝えた。
すると少女は目を伏せて黙り込み、しばしの間を置いてから言う。
「先生は、まつりちゃん――ミリカさんのことが、好きなんですか?」
それは当然の問いかけ、そう思った。
だが、俺の中で答えは出ている。
「いいえ。彼女は推しであって、恋愛対象になるかはまだ分かりません」
俺は一度、そこで言葉を切って。
ハッキリとこう告げた。
「きっとですけど、推しの応援と恋愛感情、って別なんです。こうやって近くにいると錯覚しがちだけど、仲が良ければ尚のこと、それと勘違いしてしまうけど……違うんです」
そうなのだろう、と思う。
俺だってまだ『推し』と『恋愛』の違いを断言はできなかった。
それでもたしかなのは、きっと俺たち三人の関係はまだ始まったばかり、ということ。ここからゆっくり時間をかけて、育てていくものに違いないのだと思うのだった。
だから、俺はこのように語りかける。
「俺たちはきっと、まだまだ子供なんです。いいや、もしかしたらずっと、かもだけど。麗華さんも、ミリカも、そして俺も焦る必要はない。ただ――」
真っすぐに、こちらを見る少女に頭を下げて。
「ありがとうございます、麗華さん。こんな俺を好きになってくれて」
まずは、これを言うべきなのだと。
そう考えながら――。
「俺、凄く嬉しかったです。ホントに、心の底から」――と。
誰かに想われる、慕われる感情が悪なものか。
だったら、否定などできないのだ。
「それじゃあ、先生。いまはまだ……?」
「はい。男らしくないけれど、保留にさせてもらっていいですか?」
そしてきっと、そのことは麗華さんも理解している。
だから俺の感謝を否定はしないし、理解を示そうとしてくれた。すぐには無理だったとしても、彼女ならきっと分かってくれる。そう信じられるくらいには、俺は知っているのだ。
そんなこちらの意図を汲み取ったのか、麗華さんは――。
「……はぁ、少しだけ残念です」
瞳に微かな涙を浮かべつつ、そう話し始めた。
「先生は本当に優しくて、正直で、真っすぐで、一生懸命で。誰かの気持ちに立って考えられるから、だからこそ優柔不断で、決断力がなくて、とても男らしくないです」
それらの言葉はきっと、彼女による最大限の非難。
だが、
「でも、そんな先生だから、私は――」
どこか呆れたように笑いながら、肩を竦めるのだった。
「好きになったんだと、思います。……それはたぶん、一生変わりません」
「……麗華、さん」
晴れやかに、軽やかに。
三木麗華という少女はより大きな想いで、俺へと告白してきた。しかし、
「でも、分かりました。私もミリカさんのことが好きですし、一度この気持ちは封印しますね。彼女みたいな子と一緒に、次のステージに行くのが『夢』なんですから」
彼女はそう言うと、努めて明るく微笑む。
そんな麗華さん――いいや、狛犬シロさんに向かって、俺は提案した。
「その『夢』なんですけど、いま叶えませんか?」
「……え?」
まだまだ実現できるか、分からない。
それでも、やるなら今しかない、そう思ったのだった。
面白かった
続きが気になる
更新がんばれ!
もしそう思っていただけましたらブックマーク、下記のフォームより評価など。
創作の励みとなります!
応援よろしくお願いします!!




