5.まさかの招集で。
「ほな、頑張って色々なことに興味を持つんやでー?」
「あ、ありがとうございます! 十六夜さん!!」
一通りの相談に乗ってくれたコトカさんは、手をひらひらと振りながら去っていく。飄々としたその後ろ姿に向かって、俺はしっかりと頭を下げて礼を言った。
これで迷いは振り切れたといって良い。
狛犬さんとの関係はまだ、この先どうなるか分からない。
それでも作詞家、近衛カナデとしては、次のステージに進める気がした。
「そうと決まれば、早く戻って作詞を――ん?」
そう思った矢先だ。
スマホで時刻を確認しようとすると、メッセージが入っていることに気付く。差出人はまさか狛犬さん、と思ったが、どうやらミリカのようだった。
俺は妙な安堵を覚えつつ、しかし推しからの連絡に一つ深呼吸。そして、
「えっと…………はい?」
確認すると、表示されているのは一つのマップ。
ピンが立っているのは、ここから程なくの場所にある住宅街だった。
◆
「えー、この度はご機嫌麗しく……?」
「………………」
――どういうことなの。
俺はいま、とある女の子の部屋に招かれていた。
それが誰かというのも、先刻の状況から説明する必要もないだろう。その少女の名は来栖ミリカで、すなわち俺の推し『黒猫まつり』その人だった。そしていま俺は呼び出しに応じ、とある住宅街に足を運んでいるわけだ。
つまりは、推しの自宅。
推しの私室に、であった。
「ねぇ、ソースケくん。アタシになにか言うことない?」
「言うこと、ですか……?」
どこか厳しい声色の彼女に、俺は状況も相まってしどろもどろになる。
周囲にチラチラと視線を泳がせるが、助けになる情報はなかった。というか、いまの状態でマトモに物事を確認などできない。ただでさえ推しの家に招かれた、というのに。そこに加えて一対一で、詰問を受けているのだから。
並の精神しか持っていない自分には、とても耐えきれるものでなかった。
だがとりあえず、何か答えないといけない。
そう思って――。
「えっと、もしかしてデビューシングルの歌詞に――」
「ちーがーいーまーすー!」
「……おおう」
どうにか絞り出すと、すべて言い切る前に遮られてしまった。
俺は自然と頬が引きつって苦笑してしまい、それを見たミリカは肩を竦める。そしてベッドに腰かけて、床に正座をする自分を見下ろしながら、そっとこちらの顎に指を這わせた。あまりの出来事に、俺の脳みそは沸騰寸前。
耳まで熱くなっているのがハッキリ分かり、思わず息を呑んだ。
すると、ミリカは年齢不相応に大人びた表情で言う。
「シロ様に、告白されたんだって? ソースケくん」
「……は、はい」
試すような言葉に、俺はただ従順に頷いた。
そんなこちらに対して、薄い笑みを浮かべる少女はこう続ける。
「それで、ソースケくんは受けるの? 断るの?」――と。
俺はその問いに対して、いまだ答えを持っていなかった。
だから、当然ながら沈黙する他ない。すると、
「へぇ~……大人なのに、何も言い返せないんだ。なさけなーい」
「………………」
ミリカはくすくす笑いながら、俺に向かって囁くように言った。
くすぐったい声に、思わず身震いする。少女はそれをおかしそうに笑って、さらにこう責めてきた。
「おかしいな。ソースケくんの推しは、アタシだよね? それなのに、他の女の子に告白されたら気持ちが揺らいじゃうんだね。もしかして、浮気性なのかな?」
「そ、そんなことは――」
「えー? 本当にそうかなぁ? だって、さっきからずっと顔も赤いし、目も潤んでるし、いまにも泣き出しそうな……ふふっ、駄目な大人だね」
「…………」
必死に言い返す言葉を探すが、駄目だ。
俺は吞まれている。この来栖ミリカ、という少女の雰囲気に。
こちらを弄ぶようにしていた彼女はそっと、指を離してからこのように言った。
「まぁ、シロ様は素敵な方だよ。だから仕方ないのも、分かるの。でもアタシだってソースケくんの推してほしいし、だから考えたんだよね」
「な、なにをですか……?」
俺はもう、ただ少女に同意する玩具と化している。
そしてミリカは、そんなこちらに告げたのだ。
「須藤社長とも、話してたの。セカンドシングルは『夏の恋の歌』にしよう、って――ソースケくんは、絶対に断らないよね? アタシのお願い、聞いてくれるよね?」
もう、駄目だった。
俺はそんな推しの言葉に、ただ頷くことしかできない。
こうして、近衛カナデの次の仕事は決まったのだった……。
え、なんなの羨ましい……()
※すみません、爆睡してた。2日ほど。
明日(2025/08/13)から、再開できるよう頑張ります。
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