2.推しの推し、の……推し?
「え、えーっと……それで今回は、作詞のご依頼、ということですね?」
「はい……! ぜひ、近衛先生に頼みたくて!!」
「わ、分かりました……! 声を少し、少しだけで良いので抑えて!?」
カフェに入って、一番目立たない席に着いてから。
俺と狛犬さんは改めて自己紹介しつつ、今日の目的を確認した。だがやはり、相手の様子はどこかおかしい。配信の時に感じる落ち着きはないし、緊張している際の癖なのか、しきりに髪先を指でいじっていた。しかし初対面の相手のことを、マジマジと観察するわけにもいかない。
それに彼女の声は、配信業というだけあって特徴的だ。
いつものクールな印象とは異なるものの、数人の男性がこちらを見ているような気がする。声で身バレ、なんて展開は俺だって望んでいない。
「す、すみません……!」
そのことに狛犬さんも気付いたらしい。
ハッとした表情になって、少しだけ目を伏せてしまった。
その変化に思わず愛おしさを感じてしまうが、俺は必死になって抑え込む。相手はおそらく自分よりも年下で、しかも今回に至っては取引相手。さらに言ってしまえば、推しの推し。
邪な感情は厳禁であり、間違えても親しくなろうなど考えてはならなかった。
とはいっても、気になることは聞かねばならない。
そう考えた俺は一生懸命に声を落ち着かせ、このように訊ねた。
「ところで、どうして俺に作詞の依頼を……?」
そうなのである。
俺と狛犬さんでは、活動しているステージが異なっていた。
彼女はその気になって願えばきっと、超有名な御仁に作詞を依頼できる立場。それなのにもかかわらず、どうして俺のような無名の作詞家にコンタクトを取ったのか。
そんなこちらの疑問に、彼女はしばしの沈黙の後に――。
「…………なんです」
「え……?」
少しだけ、その円らな瞳を潤ませながら言うのだ。
「私は近衛さんの大ファンで、貴方のことが推し、なんです……!」
…………はい?
「え、は……はい?」
思わず思考がフリーズする。
推しの推しが、俺のことを推しだと言った。その事態が呑み込めない。
耳から入ってきた日本語が、日本語のように思えなかった。だから頭の中でぐるぐると巡った後、じんわりと事態が把握していく。その間、どれほどの時が流れたのだろう。
それは定かでないが、俺は理解に至った瞬間に――。
「は、はいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
先ほど忠告した立場だというのに、そんな悲鳴にも近い叫び声を上げるのだった。
◆
「あの、落ち着きました……?」
「正直まだ意味が分かりませんが、状況は把握しました」
「……そう、ですか」
いったんの間を置いてから、俺は改めて狛犬さんと相対する。
そして全身から吹き上がる汗を隠しながら、思考をフル回転させつつ訊ねた。
「ちなみに、本当ですか……? 冗談ではなく」
「そんな、冗談なんてとんでもない!!」
すると彼女は抑えつつも声を上げ、こう言う。
「今回の依頼を出すのに、事務所の社長に直談判したんですから!」
「ひぇ……!?」
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃。
彼女の所属している事務所は、ライバー以外にも多くのタレントを抱えている一大企業。そんなところの社長に、俺への依頼を強く推したと聞けば、小市民は震え上がってしまう。
だが考えてみれば、いままでのおかしな状況も理解できる。
普通、依頼といえば事務所から連絡がくる、というものが一般的だった。それにもかかわらず、狛犬さんから俺にコンタクトがあった、ということは……筋が通るかもしれない。
「この依頼について、全責任は私にあるんです。何か不祥事があれば、責任は取ってあげられないと、社長にも念を押されました」
「………………」
「それでも私は、近衛さん……いえ、近衛カナデ先生にお願いしたいんです!!」
なんだろう、寒気がしてきた。
今回の依頼で何かしらの問題が発生すれば、俺はこの業界で生きていけなくなるのではないか。仮にも学生時代からインディーズでやってきて、雀の涙程度に稼げるようになった今日この頃。一見して大チャンスのように思えるのに、俺には悪魔の囁きのようにも感じられた。
それでも、ここで引いては男ではない。
狛犬さんだって、覚悟を決めて今日この場にいるはずだ。
「それじゃあ……これだけ、訊いておきます」
俺は迷いを振り切るように。
不安げな少女に向かって、こう質問した。
「貴方はいったい、どこで俺のことを……?」
すると狛犬さんは、静かに息を吸ってから。
一つ頷いて、こう語り始めた。
「実は私、中学生時代は引きこもりだったんです」――と。
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