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5.名もなき歌《エール》を。








 みんなが俺のことを腫れ物のように扱った。

 でも正直なところ、そのようにされた方が良かったのだとも思う。下手に話しかけられたら、意味もなく相手のことを殴っていた。それくらいまでに自暴自棄になっていたし、何もかも、これまでの努力さえも失われたのだと。あまりにも悲劇だとばかり、考えていたから。


 しばらくすると、今度は学校にすら行かなくなった。

 平日であるにもかかわらず、あてもなく街を歩き続ける。眼帯姿は周囲からの奇異の目に晒され、制服を着ていたから頻繁に警察に声をかけられた。両親に心配はかけたくなかったから、事件性のあることは避けていたけど、高校に連絡されていただろうといまは思う。


 あるいは先生方も、黙っていてくれたのだろうか。

 少なくとも当時の俺にはそこまで考える余裕なんてなくて、ただ――。



「なにやってんだろ、俺……」



 何もしていない自分が、ただ情けなくて仕方なかった。

 自分から野球を取ってしまったら、ここまで空っぽで中身がなかったのかと。いままでをどれほど野球に捧げてきたのか、そして『それしかない自分』の小ささを実感させられた。いつもなら練習していた時間も、ゲームセンターで過ごすとあまりに長く思えてしまう。

 俺は本当に野球が好きで、野球を愛して、仲間のことが大切だった。

 それなのに、



「それ、なのに……な」



 いまは涙も出ない。

 自分は迷惑をかけてばかりで、みんなの期待を裏切った。きっと泣きたいのは俺じゃなくて、こんな奴がいて重荷に感じているみんなの方。そして誰よりも俺にデッドボールを当ててしまった『アイツ』が、そのことを最も悔いているに違いなかった。

 避けられなかった自分が悪いのに、要らない荷物を背負わせている。

 それが申し訳なくて、泣くわけにはいかないと思った。



「雪……?」



 そんな時だ。

 街中のベンチに腰掛ける俺に、氷の結晶が降りてきたのは。

 気付けば今年も十一月の下旬になっていた。高校のある地域にしては珍しく、ちょっとばかり早めの雪。手を伸ばして触れると当然だが、あっという間に溶けてしまった。

 手のひらの上にある雪だったはずの水滴を見て、俺は思うのだ。

 きっと自分の努力や、いままでも――。




『無意味なワケがあるかァ、ボケェ!?』

「――――え?」




 その瞬間だった。

 まるで俺の心を読んだかのような怒号が、街頭のテレビから聞こえたのは。

 驚いて見上げると、そこには一人のまったく知らない女性アーティストが映っていた。彼女は何に対してか分からないが、ひどく憤っている様子で。

 カメラに向かって、続けてこう叫ぶのだった。



『凹んどるん暇あるんやったら、この歌でも黙って聴いとけや!!』



 するとその直後に、ロック調のメロディが流れ始める。

 そして、その女性は叫ぶように歌い出した。




『なにかに躓いたとして それがなんか問題あるんか

 小石やったとしたら蹴飛ばしたれ 邪魔すんなって ブチ切れたらええ


 一番問題なんは やられっぱなしでおることや

 お前が何もせんと指くわえとる間 周りはみんな進んどる それでええんか』




 歌唱というよりも、絶叫。

 そのアーティストは何かに訴えるように、声を上げ続けた。




『失敗して 迷惑かけて 情けなくて 申し訳ない

 そんな気持ちは当たり前や だからってアンタが不幸になる理由にはならん』




 力強い言葉。




『幸せは譲るな 目の前にあるなら すぐに掴みに行け

 迷うな そんなもん早いもん勝ちや』




 叱咤する響き。




『何が幸せか分からんなら もう手が届かんくなったなら

 探せ 絶対にある アンタはまだ終わっとらん


 もしもまだ 迷ってるって言うなら――』




 サビ前、彼女はまるで誰かに向かって怒るように。

 そして手を差し伸べるように――。





『ぶっ飛ばすぞ ボケェェェェェェッ!!』





 歌なんて関係ない。

 彼女はただ、声を張り上げた。



『泣きたいなら泣いたらええ それでも進むのは諦めるな

 止まるな 迷うな 進め 進み続けろ その先にきっとなんかある!


 それでも迷うんやったら こっちにこい!

 ウチがアンタの手を――』




 その歌から、彼女から目を離せない。

 そして気付けば、俺の頬には――。




『引っ張ってったるからッ!!』






 一筋の涙が、伝っていた。



 


面白かった

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― 新着の感想 ―
世間が狭いわけではなく、惹かれる人たちが惹かれあった世界なんだなあと実感
この歌に曲をつけるのも、きっと大変だったろうなあw
歌詞がいい!元気出た。
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