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4.悔いはあれど。






『デ、デッドボール!! おい、大丈夫か笹本!?』

『誰か、いますぐ救急車を呼ぶんだ!!』

『先輩……先輩……!!』




 その瞬間の記憶は、どこか曖昧で。

 憶えているのはチームメイトたちが泣き叫ぶような声を上げながら、俺のことを囲んで介抱していたこと。だけどその意識も次第に薄れていって、次に目を覚ました時、俺は見知らぬ真っ白な天井を見上げていた。顔の右半分が痺れて、口を開くのも辛かったのを憶えている。


 ただそんなことよりも、早く練習に復帰しなければいけないと思っていた。

 秋の大会は、もう目の前まで迫っている。


 新チームになって、副キャプテンに任命されて。

 夏はあと一勝で甲子園だった先輩たちの想いを背負って、春こそは――。




『え……?』

『最善は尽くしたのですが、申し訳ありません』




 そんな俺に、医師は悔しさを押し殺すようにそう言った。

 高二の自分にとっては、あまりにも残酷な現実を。



 その宣告から、しばらくの記憶が俺にはなかった……。







「練習中の不幸な事故だった、と聞いてます。後輩投手が投げた球がそのまま顔に当たって、右目の眼窩底骨折。奇跡的に失明はしなかったそうなんです。日常生活はきっと何不自由なくこなしてると思うんですが、ただ『野球選手として』は――」

「………………」



 麗華は想像もしていなかった壮介の過去に、思わず言葉を失ってしまう。

 普段の様子からは、そんな過去は微塵も感じられなかった。彼女としてはそれなりに尊敬する壮介を知ってきたつもりだが、やはりすべてを知ることはできていないと痛感する。

 もし自分が同じ立場だったら、と想像することもできなかった。

 麗華が『狛犬シロ』になれなかった未来というのも仮定してみたが、それでもまだまだ足りない。彼女はそんな自分が、どこか小さいように思えてしまった。



「あ、あー……すみません。やっぱり重いですよね、この話は」

「いえ、大丈夫です。私よりも、本当に辛いのは――」



 荒木と麗華の間に、重い沈黙が漂い始める。

 少女は彼の心中を察して、思わず瞳に涙を浮かべかけた。


 その時だ。



「なーに、暗くなってるんだよ。二人とも」

「え、先生……?」



 平然とペットボトルを手に、小首を傾げる壮介。

 そんな彼の顔に、屈託のない笑みが浮かんでいるのが見えたのは。







「たまには中学の奴らにも連絡しろよ? みんな会いたがってたぞ!」

「おー! また今度なー!」



 予選の試合もすべて終わり、俺と狛犬さんは荒木と別れた。

 結局はデートと少し違う感じになってしまったな、と思っていると、隣を歩く少女がどこか不安げな表情でこう訊いてくる。



「あの、先生。……先生は、悲しくないんですか?」

「あー、やっぱり話したのか。あのアホ」



 それを受けて俺はすぐに、馬鹿が自分の怪我の話をしたと察した。

 もっとも、あの空気で離席した俺にも非はあるか。そう考え直してから、狛犬さんの質問に対する答えを探した。最初は適当にはぐらかそうか、とも思ったのだが――。



「んー、正直なところを言えば悔しいですよ、そりゃあ」

「そ……そう、ですよね」



 相手は懇意にしてくれている人なのだから、ここは素直に答えよう。

 だから俺はなるべく、自分の気持ちに近しい言葉を選んだ。そうなってくると、悔いがないというと嘘になるのは間違いないだろう。プロのスカウトからも声をかけられて、期待をかけてもらっていた。周囲からも頼りにされていて、日々が充実していた。


 それが一気に失われてしまったのだから。

 いまの状態に戻るまで、ずいぶんと荒んだことをしていたと思う。でも、



「だけど、俺は歌に救われたんですよ」

「え……?」



 そうだった。

 口にしてみると、なんと気取った響きだろうか。

 だけど毎日を無為に過ごしていた頃に、俺は偶然にその歌に出会ったのだ。それは駆け出しのグループの名も知らぬ楽曲で、きっと誰に訊いても知っている人はいない。

 そんな曲だとしても、俺はいまでもハッキリ思い出すことができた。




「それこそ、俺が曲を初投稿する少し前ですよ。たしか――」




 何故ならそれは、自分にとってのターニングポイントに違いなかったから。



 


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― 新着の感想 ―
想いの連鎖も、ちゃんとその前に想いを手渡してくれる人がいたんだな。 黒の想いをさらに繋げてくれる人も出てくるのかな。 さすがに、その歌を作った人たちが既出だということは……
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