3.過去と現在。
「へぇ~! 麗華さんって、あのMIKIスポーツの御令嬢さんなのか!」
「えぇ。でも野球には明るくなくて、今日は先生に教えていただく感じです」
――待ってくれ。
さっきから初対面の荒木が、狛犬さんの新情報を次々引き出すんだが。
ちなみに『MIKIスポーツ』というのは、様々な競技の道具を製造している大手企業。野球はもちろんのこと、マイナー競技まで幅広く取り揃えていた。
そこの御令嬢ということは、えっと……。
「どうしたんだよ、笹本。お前さっきから、目を回してるぞ?」
「いや。自分はとんでもない相手と接してたんだ、と思っただけ」
「は……? どういうことだよ」
「そのままの意味だよ」
荒木が俺の様子に首を傾げるが、この気持ちは自分しか分かるまい。
さて、そんな話をしていると――。
「ところで、笹本?」
「……ん、なんだ?」
「さっき麗華さんが『先生』って呼んだけど、お前いま何してんの」
「おおう……」
思わぬところから、地味に逃げていた話題が振られてしまった。
決して作詞家と名乗るのが嫌、というわけではない。ただ十年来の友人に知られるのは、妙に気恥しいというか、なんというか。
なんて感じにこちらがモゴモゴしていると、狛犬さんがシレっと……。
「笹本さんはいま、プロの作詞家をされているんですよ」
「ほえぇ! あの笹本がいま、作詞家!?」
「ぐは……!」
当たり前ながら、恥ずかしげもなく言ってしまった。
荒木は当然に目を丸くしており、こちらを好奇の目で見つめてくる。――やめてくれ。そういうのが、一番きついんだから。昔の自分を知られてると、色々としんどいんだよ。
そんなわけで俺が思わず頭を抱えていると、荒木がぽつりと言った。
「……そっか、新しいこと見つけられたんだな」――と。
背筋が、凍ったような気がした。
俺はその言葉に、心臓を掴まれたような錯覚に陥る。夏の日差しさえも遠くに思うほど、何も感じなくなっていった。
不味いな、ちょっと……。
「あの、それって――」
「こま……いや、三木さん喉乾かないかな。荒木も、何か飲む?」
不自然と思われても、いまは構わない。
だから俺は、会話を無理矢理に断ち切ってそう口にしたのだった。
◆
「あっちゃー……地雷、だったか」
「地雷、ですか……?」
壮介が飲み物を買いに行ったのを見送ってから。
荒木はしまったという表情で頭を掻き、麗華は少し困惑した表情で訊き返した。すると彼は意外そうに目を丸くしてから、バツが悪そうな表情を浮かべて言う。
「ここまで聞いたなら、三木さんは知っておくべきかもな」
そして、大きく息をついてから話し始めた。
「笹本はさ、そりゃあスゲー選手だったんだよ。走攻守すべてがトップレベルで、中学時代は日本代表にも選ばれてたんだ」
「え、そんなに……?」
そのことに麗華は驚いて、思わずこのように訊ねる。
「だったら、先生はどうして辞めてしまったんですか? その……野球、を」
「……これについては、自分も他人から聞いたことなので。あまり詳しいことまでは、知らないんですけど――」
すると荒木はそこで一度、言葉を切ってから。
苦虫を噛み潰したような表情になりながら、このように語り始めた。
「アイツ、怪我したんですよ。それで右目はほとんど、見えないんです」――と。
壮介の過去をひとつまみ。
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