表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/35

9.作曲者。






「――あぁ、きたか。近衛カナデ」

「はい、失礼します」




 祝賀会から、さかのぼること数日前。

 俺は須藤社長からの呼び出しに応じて、事務所に足を運んでいた。入室すると彼は静かに言って、来客用のソファーに腰かけるように促してくる。こちらが素直に従うと、最初に出会った時と同じ位置に彼も着席した。ただ違いがあるとすれば、雰囲気だろうか。

 以前のような冷酷さは感じられず、静かな人という印象になっていた。



「最近は、少しばかり忙しくなっているらしいな?」

「そ……そうですね、ありがたい限りです」



 しばしの沈黙の後、会話の口火を切ったのは須藤社長。

 こちらの近況に触れてきたことに、少しばかりの驚きがあった。そのためつい苦笑すると、彼はなにか不服そうに眉をひそめる。

 そして、



「どうした。オレがお前に関心を持つのが、何か悪いのか?」

「や、いえ……決して、そういうことではないんですが……」



 どこかムッとした感じで言われ、また困惑。

 これも以前のような攻撃的なそれでなく、拗ねたような口振りであった。俺としてはあまりの人の変わりように、なかなか気持ちが追い付かない。

 そう思っていると、一つ息をついてから社長は本題に入った。



「さて話は変わるが、今回は改めて報酬額の話をしようと思いきてもらった。ひとまずこちらの見積もりで申し訳ないが、この金額でどうか確認してほしい」



 彼らしい言い回しに戻りつつ、須藤社長は一枚の紙をこちらに渡してくる。

 俺はとりあえず受け取って、金額に目を通し――。



「………………はい?」

「どうした。思ったより少なかったか?」



 思わずそんな声を漏らし、目を大きく見開いてしまった。

 ただ相手の言うような理由ではなく、むしろ……。



「こ、こここここ、これ!? ゼロが一つ多いんじゃないですか!?」



 あまりに大きな金額であることに、震えが止まらなくなってしまう。

 少なくとも俺がいままで、作詞の依頼料でもらっていた額の中で最高を更新した。しかもあっさりと、簡単に飛び越えて行ってしまう。なんならここに書いてある通り、別途売り上げに応じて印税が振り込まれるとか書いてあるし、まさか……増えるのか、お前……!?



「なにを驚いている。それくらいは、プロの作詞家として普通だろう?」

「…………おおう」



 こちらの動揺に対して、あまりに平然とする社長に俺は思わず声が漏れた。

 そして、そのおかげで気持ちも不思議と落ち着いてくる。

 俺は咳払いをしてから、こう訊ねた。



「だけど、本当に良かったんですか……?」



 そうして思い返すのは、原稿を持ってきた時。

 須藤社長の口にしていた言葉だった。




『は、ははは……馬鹿じゃないのか。なんだこの歌詞は、どうやって曲をつけろと言うんだ? これに曲をつけられる人間なんて、そうはいないぞ』――と。




 結局そのまま、俺は誰が作曲したのかも聞かされていない。

 作った詞が採用されたのも驚いたのだが、その疑問もずっと魚の小骨のように刺さっていた。そして完成した曲のデータを耳にした際、あまりの出来に驚いたのも覚えている。

 そんな意図を込めた問いだったのだが、社長はしっかり汲み取ってくれた。

 その上で、彼はこう答える。



「あぁ、気にするな。作曲に金はかけていない」

「……え? それって、どういう――」

「オレだからな」

「は……?」



 彼のシレっとした言葉に、俺は思考が停止した。

 だが気にもせず、須藤社長は続ける。



「あのような馬鹿げた詞に、曲をつけられるのは限られている」

「あ、その……」



 俺はしばし言葉に迷ってから、我が事ながらこう言ってしまった。




「よく、作曲できましたね」




 すると社長は、初めて小さく笑ってから。

 懐かしそうにこう口にしたのだ。




「なに、昔はもっと無茶振りをされていたからな」――と。







「ちょっと! 聞いてるんですか、先生!?」

「――え、えぇ!?」



 疲れからうたた寝していると、何やら血相を変えて狛犬さんが迫ってきていた。俺は思わず声を上げて驚き、彼女から逃げるようにして後退する。

 すると狛犬さんも、さらにこちらへ寄ってきて、



「ど、どうしたんですか!? 狛犬さん……!!」



 あまりに綺麗な顔が急接近するので、そう叫んでしまった。

 すると彼女は、



「まつりちゃんと、二人きりでカラオケにきた……って、ホントですか!?」



 あの日のことを引き合いに出し、何故か目くじらを立てている。

 その理由が分からず、俺はただひたすらに――。




「だ、誰か助けてくれぇ!?」




 誰でもない誰かに、助けを求めるだけになってしまったのだった。



 


面白かった

続きが気になる

更新がんばれ!




もしそう思っていただけましたらブックマーク、下記のフォームより評価など。

創作の励みとなります!


応援よろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
社長は漢だったかぁw 内実を知るものだからこその厳しさだったかな。 少なくとも今回の詞は社長の心にも刺さったようですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ