8.『PERSONAL』
――それから数ヶ月が経過して。
俺とミリカ、そして狛犬さんの三人は、あの日よりも少し広いカラオケにやってきていた。本日集まったのは他でもない。ミリカが『黒猫まつり』として、デビューシングルをリリース記念の祝賀会だった。さすがに発売日前後は予定が合わなかったので、もうすでに一週間ほど経過しているが。
「シロちゃん! アタシ、アレ聴きたい! 『わたしと、いっしょに』!」
「あはははは! いいよ、まつりちゃん! 本当に好きだよね、この歌」
「はい! もちろん!」
女子二人は、楽し気に話しながら機械で検索をかけている。
俺はそんな彼女たちを少し離れた位置で眺め、ふーっとひとつ、大きく息をついた。理由は後々にするとして、ここ最近はいつになく忙しい。一過性のものだろうけど、まさか自分のスケジュール関係で二人に迷惑をかけるとは思わなかった。
それでも、何はともあれ推しに笑顔が戻って良かった。
これまでの苦労はこれを見るための試練、というやつだったのだろう。
「それじゃあ次は、アタシの番! いよいよ本日の主役登場だよ!」
「あ、ということは――」
そう言いながらミリカは機械で曲を選択し、送信した。
すると曲の前奏が流れ始めて、少女による即興のMCが始まる。
「今日のこの時を迎えられたのは、みんなの協力……特に、ソースケくんの助けがあったおかげです! 本当に、本当にありがとう!!」
少女は満面の笑みをこちらへ。
そして、
「今日がアタシのファーストライブ! 三人だけの大切な思い出だよ!!」
彼女は高らかに、その曲名を口にした。
「それでは、聴いてください! ――『PERSONAL』!」
◆
街のなんてことのない、家電量販店。
あるいは、カフェで流れるちょっとしたラジオのコーナー。
様々な場所で色々な人が、ふと手を、足を止めてその曲に耳を傾けた。
『キラキラ光る アタシの笑顔
みんな好きなんでしょ? こういうの
輝くステージに 可愛いお姫様
ふわふわ衣装に キュートなハートマーク
アタシはみんなの夢だから それを叶えてあげるっ!
なんてったって、アタシはアイドルだもん
みんなの希望に沿わなきゃね それがお仕事 笑顔がたいせつ!』
ポップな音楽と共に、可愛らしい少女の声。
だが次第に、曲調は静かに。無機質な歯車の音が響き始めた。そして、
『それは分かってる 分かってる 分かってるんだけど
どうして どうして どうして?
胸が痛いの とても辛い
その時見えた 鏡の向こう
仮面を被ったもう一人のアタシ こう訊いてくる
「ソノ 笑顔 ハ ホンモノ デスカ?」』
そこから無音。
少女の声だけが、こう語った。
『ホントのアタシ なんだっけ
そんなの知ってる 分かってた
だったらどうする?
そんなの決まってる
さーて、みんな!
ここからはアタシに ついてきな!!』
直後、少女の声質が変化する。
愛らしい少女のものから、一気に大人びた女性のそれに。
そして、曲調さえもアップテンポなロック調のものへと姿を変えた。
『アタシは知ってんだ アタシがアタシじゃなくなってたこと
もう黙らない この喉が避けるまで 千切れるまで叫び続ける
誰がアタシを別色に染めようとしても もう知ったことじゃない
可愛い? 悪くないよ でもアタシはもっと これが好き
求められるから演じるの?
儲かるから演じるの?
そんなのツマラナイ そんなのアタシじゃない!』
あまりに激しく、あまりに力強く。
それは少女から一人の女性へ、自立の階段を駆け上がるように。そして、
『前のアタシの方が良かった? 勝手に言ってな これがアタシ
そう これがアタシの「PERSONAL」
アンタだって持ってんだろ? 隠す必要あんの そこのアンタ
そう それがアンタの「PERSONAL」
みんな持ってんだったら、さらけ出しなよ!
ホントは自由に ホントは夢中に ホントは好きを叫びたいんだろ!?』
最後は叫び上げるようにして、こう締め括られるのだった。
『だったら安心して任せな すべてアタシが――』
暴力的に、しかしどこか優しく。
『受け止めてやるから……!!』――と。
◆
街角でミリカの歌を聞いていた男性が二人。
彼らはすべてのメッセージを受け止めた後に、顔を見合わせて言った。
「俺さ、この歌好きなんだよね」
「お? 分かってんじゃん、なんていうか――」
楽しげに、まるで肩の荷が下りたかのように。
「自分は自分で良いんだ、って思えるよな」――と。
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