7.ホントの気持ち。
――イメージ戦略。
まぁ、わざわざ説明する必要もないが。要するに特定の物や人に対して、世間が持つ印象を意図的に作り出すことだ。今回のことを例にすると、つまりは『黒猫まつり』は可愛い声で可愛いものが大好きで、可愛い歌を好んで歌っている、というもの。
それはきっとこの業界で生き残るために、必要な部分もあるのかもしれない。
ただ本人の心が、その理解に追い付くかどうかは別問題だった。
「アタシはね、元々こういう声だった。でも須藤社長はアタシの特技に目をつけて、いまのキャラクターを演じることになったんだよ。こっちもシロ様と同じ舞台に立ちたかったから、それに一生懸命になって合わせてきたんだ」
そのように語るミリカの表情は、どこか元気がない。
最初は『憧れの存在に近づきたい』というのが、本音だったのだろう。だけど本当の願いが顔を出すのは、たいてい遅れてだった。
「演じているうちにさ、ホントの自分ってどっちだっけ? って、分からなくなる時があって。もちろん可愛いものも好きだけど、それよりも好きなのは――カッコいいもの」
靴を脱いだミリカは、椅子の上で膝を抱える。
きっと、いまの自分すべてに不満がある、というわけではないのだろう。だがしかし、そのように思うキッカケがあった。それに俺は、少し思い当たる節がある。
「もしかして、この悩みを持つようになったのって……?」
「うん。シロ様のライブの日、あの歌を聴いてから」
やっぱり、そうだった。
あの楽曲はいわば、俺と狛犬さんによる『自己表現』の極致。自分はこうありたい、こうやって歌いたい、そしてこんな自分をみんなに知ってほしい。俺はそれだけを考えて、必死になって歌詞を書いた。十六夜さんには、数人にしか刺さらない、って指摘されたけど……。
「そっか……」
ミリカの胸には深く、とても深く突き刺さったのだろう。
その結果として、彼女はいま思い悩んでいた。
演じる自分と、本当の自分について。
「ねぇ、ソースケくん。……アタシって、プロ失格なのかな?」
「どういうこと?」
だから、そんな問いが出た。
「だってさ、大人ってみんな我慢するものでしょ? アタシはまだ子供だけど、プロとしてこの業界にいるんだよ。だったら、自分を騙すくらいしなきゃいけない、よね?」――と。
いまにも泣き出しそうな、震える声で。
そこには『いまを失いたくない』という気持ちと、これ以上『嘘をつきたくない』という気持ちが、相反する形になってぶつかり合っていた。そして彼女は自分も大人だと言ったが、それもまた大きな嘘に違いない。
ミリカはまだ女子高生、つまり子供だった。
だったら、そんな子供が苦しむような状況を作るのは、大人のやることじゃない。
それに、俺はこう思った。
「なぁ、ミリカ……?」
「ん……」
こちらの呼びかけに、彼女は面を上げる。
涙で濡れた少女に向けて、俺はこう伝えた。
「本当の自分を知ってほしい、って気持ちは……悪いことなのか?」
そう。そんな、当たり前のことを。
だってそのような気持ちは、誰もが抱いているのだから。
「たしかにみんな、我慢しているのかもしれない。それでも本当のことを素直に、正直に言うことが悪いわけがない。ホントはみんな思っているんだ。だから――」
自然と、ミリカの頭を撫でながら。
俺は笑みを浮かべて言った。
「ミリカは絶対に、一人じゃないよ」――と。
だから、素直に吐き出していい。
だから、正直に打ち明けていい。
大人の都合なんて、右から左に流してやれ。
俺はそんな想いを込めて、まだまだ幼い少女に告げたのだった。
すると、
「う、うっ……ひっぐ……!」
ついに堪え切れなくなったのだろう。
ミリカは大粒の涙を流して、泣き出したのだった。
俺はそんな彼女の隣に黙って腰かけて、泣き止むのをただ待つだけ。
「…………」
そして、誓うのだった。
一人のファンとしてではなく、一人の大人として。
この真っすぐな女の子の心を必ず救ってあげよう、と。
◆
――そして、三日後。
「どうやら、歌詞は書けたみたいだな」
「はい」
「…………ふむ」
事務所に足を運び、須藤社長と向かい合う。
彼はこちらを挑発するような表情を浮かべたが、怯まない俺を見て眉をひそめた。そしておもむろに椅子から立ち上がった彼は、こちらに歩み寄りながら言う。
「オレのプロデュースなら、まつりはオリコン50位は間違いない。それでもお前は、自分の書いた歌詞なら超えられる、とでも言うのか?」
「当然です」
「ほう…………?」
その問いかけに対して、俺は迷うことなく即答した。
すると社長は微かに笑みを浮かべ、手を差し出してくる。
「それなら、見せてもらおうか? その自信作、とやらを」
俺は手にしていた鞄から、原稿を取り出して手渡した。
そして、その際にこう伝えたのだ。
「須藤社長、一つ良いですか?」
「あぁ、なんだ」
ニヤッと、あえて口角を歪めながら。
「つまらないことはもう、辞めにしませんか」――と。
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