6.イメージ。
「くっそ……! 全然、納得できない……!!」
ミリカの事務所から帰宅して、すぐに作業へ取り掛かろうとする。
だが頭が、まるで冷えてくれていなかった。それもそのはず、あんなのは『お前はそこで指をくわえて見ていろ』と、言われたようなもの。戦力外通告以下、それこそ最初から眼中に入っていないのだった。そのことが頭にきたのもあるが、ただそれ以上に――。
「あんなの『黒猫まつり』……ミリカの意思なんて、無視じゃないか!」
彼女は俺に依頼してきたんだ。
それについては、須藤社長だって承知の上だったはずなのに。
その想いを踏みにじって、俺に書かせるフリだけをさせようとしたのだ。俺は自分が力不足と言われたことよりも、そちらの方にこそ憤りを覚えている。
もしかしたら、ミリカは――。
「助けてほしくて、俺に依頼をした……?」
いいや、それは思い上がりだろう。
たしかに自分なら、あのような言葉に声を荒らげるに違いなかった。だけど、それをあたかも信頼であるかのように受け取るのは、一人のリスナーとして行き過ぎた感情。
そう考えたところで、
「あれ、でも……いまの俺は、作詞家か。リスナーではない、か……?」
ふと自分が、あまりに公私混同をしていることに気付く。
思いもよらない出来事の連続で、自分の立ち位置というのが分からなくなっていた。そのことを自覚してしまうと、今度は羞恥心の方が勝ってくる。
「…………うぐ、俺は何がしたいんだ」
思わず両手で顔を覆って、その場で悶えてしまった。
一人のファンとしては、そもそもリアルの推しに会うのは越権行為。いや、それも互いの素性を知らなかったのだから、やむを得なかったというか。
「……って、自分に言い訳してる場合じゃねぇだろ!?」
しかも本題から、あまりにも脱線しすぎだった。
俺は一度、深呼吸。気持ちを落ち着かせて、ひとまず――。
「とはいえ、ミリカが過去に投稿した【歌ってみた】を聴いてるけど……基本的に、可愛い系の曲ばかりをカバーしてるんだよな」
俺は『黒猫まつり』のカバー曲を再生する。
いままでの自分ならきっと、画面の向こうの少女が楽しく歌っていると、そう信じて疑わなかった。だけど、これまでの経緯があると見方が変わる。
果たして、ここに映っているミリカは……。
「ん、メッセージ……ミリカから?」
そう思っていると、件の少女から連絡がきていた。
それをひとまず確認して、俺は――。
「――ひゅぉ!?」
思わずそんな、気色の悪い悲鳴を上げてしまったのだった。
◆
「いやあ、久々のカラオケは気持ちが良いね!!」
「そ、そそそそ、そうだな……!?」
――どうして、こうなった。
どうして俺はいま、推しである女の子と一緒にカラオケにいるのか。
薄暗く狭い部屋の中で、少し手を伸ばせば届く場所にミリカは笑っていた。そんな極限の状況下で、俺は必死に平静を保とうとしているが、心臓は激しく脈打っていて落ち着いてくれない。深呼吸をしようものなら、彼女の良い匂いが届いて理性が壊れる……!!
「……う、うごごごごごごごご!」
「どうしたの、ソースケくん。なにか歌わないの?」
そんな俺の気持ちを知らず、ミリカはそんなことを訊いてきた。
だが、こちらは内なる獣を抑え込むのに必死。返事もできずにいると、彼女は首を傾げながらまた新たに、曲を検索して予約した。
こうなったら歌に意識を集中させよう。
そう考えて、俺はミリカの選んだ楽曲を確認して――。
「……あ、れ?」
そこで、違和感を覚えた。
少女の入力したのは、いわゆるパンクロック調のもの。
おおよそ『可愛い系』の歌を上げている彼女とは、イメージが異なっていた。しかし歌い上げるそれは下手ではなく、むしろ並の歌い手よりも優れている気さえする。
俺はその曲が終わると同時に、ミリカに訊ねた。
「なぁ、ミリカって可愛い系が好きなんじゃないのか?」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、それは――」
すると、こちらが応えるより先に。
「可愛い系の歌ってみたばかり、上げてたから?」
少女は微かに目を伏せて、そう口にしたのだった。
その言葉に、俺は思わず押し黙る。いわゆる無言の肯定、というやつだ。
するとミリカは悲しむでもなく、怒るでもなく、ただ困ったように笑いながら頬を掻くのだった。そして、一つため息をついてから話し始める。
「アレは全部ね、社長のイメージ戦略だよ」――と。
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