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6.イメージ。






「くっそ……! 全然、納得できない……!!」




 ミリカの事務所から帰宅して、すぐに作業へ取り掛かろうとする。

 だが頭が、まるで冷えてくれていなかった。それもそのはず、あんなのは『お前はそこで指をくわえて見ていろ』と、言われたようなもの。戦力外通告以下、それこそ最初から眼中に入っていないのだった。そのことが頭にきたのもあるが、ただそれ以上に――。



「あんなの『黒猫まつり』……ミリカの意思なんて、無視じゃないか!」



 彼女は俺に依頼してきたんだ。

 それについては、須藤社長だって承知の上だったはずなのに。

 その想いを踏みにじって、俺に書かせるフリだけをさせようとしたのだ。俺は自分が力不足と言われたことよりも、そちらの方にこそ憤りを覚えている。

 もしかしたら、ミリカは――。



「助けてほしくて、俺に依頼をした……?」



 いいや、それは思い上がりだろう。

 たしかに自分なら、あのような言葉に声を荒らげるに違いなかった。だけど、それをあたかも信頼であるかのように受け取るのは、一人のリスナーとして行き過ぎた感情。

 そう考えたところで、



「あれ、でも……いまの俺は、作詞家か。リスナーではない、か……?」



 ふと自分が、あまりに公私混同をしていることに気付く。

 思いもよらない出来事の連続で、自分の立ち位置というのが分からなくなっていた。そのことを自覚してしまうと、今度は羞恥心の方が勝ってくる。



「…………うぐ、俺は何がしたいんだ」



 思わず両手で顔を覆って、その場で悶えてしまった。

 一人のファンとしては、そもそもリアルの推しに会うのは越権行為。いや、それも互いの素性を知らなかったのだから、やむを得なかったというか。



「……って、自分に言い訳してる場合じゃねぇだろ!?」



 しかも本題から、あまりにも脱線しすぎだった。

 俺は一度、深呼吸。気持ちを落ち着かせて、ひとまず――。



「とはいえ、ミリカが過去に投稿した【歌ってみた】を聴いてるけど……基本的に、可愛い系の曲ばかりをカバーしてるんだよな」



 俺は『黒猫まつり』のカバー曲を再生する。

 いままでの自分ならきっと、画面の向こうの少女が楽しく歌っていると、そう信じて疑わなかった。だけど、これまでの経緯があると見方が変わる。

 果たして、ここに映っているミリカは……。



「ん、メッセージ……ミリカから?」



 そう思っていると、件の少女から連絡がきていた。

 それをひとまず確認して、俺は――。



「――ひゅぉ!?」




 思わずそんな、気色の悪い悲鳴を上げてしまったのだった。







「いやあ、久々のカラオケは気持ちが良いね!!」

「そ、そそそそ、そうだな……!?」



 ――どうして、こうなった。

 どうして俺はいま、推しである女の子と一緒にカラオケにいるのか。

 薄暗く狭い部屋の中で、少し手を伸ばせば届く場所にミリカは笑っていた。そんな極限の状況下で、俺は必死に平静を保とうとしているが、心臓は激しく脈打っていて落ち着いてくれない。深呼吸をしようものなら、彼女の良い匂いが届いて理性が壊れる……!!



「……う、うごごごごごごごご!」

「どうしたの、ソースケくん。なにか歌わないの?」



 そんな俺の気持ちを知らず、ミリカはそんなことを訊いてきた。

 だが、こちらは内なる獣を抑え込むのに必死。返事もできずにいると、彼女は首を傾げながらまた新たに、曲を検索して予約した。

 こうなったら歌に意識を集中させよう。

 そう考えて、俺はミリカの選んだ楽曲を確認して――。



「……あ、れ?」



 そこで、違和感を覚えた。

 少女の入力したのは、いわゆるパンクロック調のもの。

 おおよそ『可愛い系』の歌を上げている彼女とは、イメージが異なっていた。しかし歌い上げるそれは下手ではなく、むしろ並の歌い手よりも優れている気さえする。

 俺はその曲が終わると同時に、ミリカに訊ねた。



「なぁ、ミリカって可愛い系が好きなんじゃないのか?」

「どうしてそう思ったの?」

「だって、それは――」



 すると、こちらが応えるより先に。



「可愛い系の歌ってみたばかり、上げてたから?」



 少女は微かに目を伏せて、そう口にしたのだった。

 その言葉に、俺は思わず押し黙る。いわゆる無言の肯定、というやつだ。

 するとミリカは悲しむでもなく、怒るでもなく、ただ困ったように笑いながら頬を掻くのだった。そして、一つため息をついてから話し始める。




「アレは全部ね、社長のイメージ戦略だよ」――と。



 


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― 新着の感想 ―
彼女の想いに合わせて書けば、社長との衝突は必至。 はたして、落としどころを見つけられるんでしょうか。 全盛期の阿久悠氏なら、3日で軽々と書き上げたでしょうねw
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