5.衝突。
「……なるほど、な。お前が噂の近衛カナデ、って新人作詞家か」
「は、はい……!」
――数日後、とある小さなビルの一室。
俺は『黒猫まつり』の所属している事務所を訪ね、すぐに社長室へ通された。思ったほど広くはない部屋の中にいたのは、おおよそ三十代前半くらいの男性。茶色に染めた長い髪を後ろで一つに束ね、鋭い眼差しに眼鏡をかけていた。
身に着けるものすべて、機能美に優れて良そうな印象。
スーツに腕時計、そして履いている靴までも、無駄に思えるものが一切ない。
「まぁ、座ると良い。……話はすでに、まつりから聞いている」
「ありがとうございます……!」
俺はその十六夜さんの時とは異なる威圧感に、思わず息を呑んでしまった。
緊張丸出しの態度で来客用のソファーに腰かけて、社長と向き合う。そこに至ってようやく、彼は名刺を取り出し俺に渡してくれた。
「改めて自己紹介だが、オレの名前は須藤直人だ。この事務所を管理している」
飾り気のない、名前に事務所名と役職、そして電話番号だけの名刺。
俺はそれをテーブルに置いて、改めてこちらも頭を垂れた。
「じ、自分は近衛カナデ、といいます! よろしくお願いいたします!」
「あぁ、よろしく頼む。それでは、さっそく本題だが――」
――早いよ、本題に入るのが。
俺は思わず内心で、そのようにツッコミを入れた。こちらが言うことではないかもしれないが、もう少し社交辞令とか、世間話があっても良いんじゃないのか。
そのように感じ、少しだけ気圧されていると、須藤社長はこう言った。
「お前には、まつりのデビューシングルの作詞を依頼する。本来ならばオレが選定した作詞家に任せるところだが、今回はアイツがどうしても、と聞かなくてな」
「そ、そうなんですか……?」
「あぁ、そうだ。新人同士の組み合わせなど、リスクが大きいというのに」
「……それは、そうですけど」
それでも、この人はミリカの申し出を呑んだのだ。
話の分からない人ではない、ということなのかもしれない。ただそれにしては、やけに冷淡さが強調されているように思われた。意図的なのか、素なのかはまだ分からない。
俺がそう考えていると、須藤社長は資料を出して続けた。
ただ、次に出た言葉を聞いた瞬間に――。
「だから、お前には名義だけを貸してもらうことにした」
「…………………………え?」
今度は俺の背筋に、冷たいものが流れていく。
いま、この人はなんと言ったのか。
「作曲はなるべく、低コストで実績のある者を用意して――」
「ま、待ってください!? それ、どういうことですか!!」
「……なにを驚いている」
思わず立ち上がり、俺は彼に食って掛かった。
すると眉一つ動かさずに、須藤社長は淡々とした口調で言う。
「狛犬シロの新曲を担当したが、お前の実力は圧倒的に不足している。しかしオレとしては、その知名度は有用だ。だから実績のあるゴーストライターを雇い、リスクを低減する」
「な、なに……を!?」
「だから何を狼狽えている。お前には何のリスクもない、互いに『WIN‐WIN』の話だろう? まつりは我が事務所の期待の新人だ。デビューシングルは安全策を取る」
「…………な、な……!」
拳を震わせる俺を、見て見ぬ振りしているのか。
社長は気にした様子もなく、ずっと資料の確認を行っていた。そんな彼に、
「したがって、今回の報酬額だが――」
「ふざけんじゃねぇぞ、馬鹿にするのもたいがいにしろッ!!」
俺はほとんど無意識のうちに、そう叫んでしまっていた。
だが、それで良いとさえ思えてしまう。このような条件を呑んでしまえば、それこそ作詞家としての人生を売り渡すようなものだった。
十六夜さんの時とは違う。
この人に対しては、明確な怒りを抱いていた。
「ほう……?」
興奮によって肩で息をする俺を見て、社長はようやく反応を示す。
視線をさらに鋭く、無駄なく眼鏡の位置を直した。そして、
「このプランが受け入れられないなら、何か代案でもあるのか?」
まるでこちらを挑発するように、冷めきった笑みを浮かべる。
俺はそれに対して、考えナシにこう返すのだった。
「三日だ! 三日でいい、俺に時間を寄越せ!!」
根拠も何も、へったくれもない。
ただ腹が立って仕方なく、俺は須藤社長にこう啖呵を切った。
「その三日で、絶対にアンタを納得させる歌詞を書いてやる!!」
これはきっと、俺の作詞家人生を守るためだけではない。
最推しの願いを守るため、必要な戦いだった。
クセ強しかおらんのか!?
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