3.理解るからこそ……。
「あ……! 近衛先生!」
「え、狛犬さん? どうしてここに……」
「それはまぁ、私が所属している事務所ですから。いることもあります」
「……それはそう、か」
――事務所の出入り口の先。
そこにあるエレベーター前で、狛犬さんに遭遇した。俺は思わず面食らってしまったが、彼女に言われて当たり前であることに気付く。
こちらが納得したことによって、会話が途切れる。すると、
「むぅ……そんな都合良くいるわけない、じゃないですか!」
「え?」
狛犬さんは、子供っぽく頬を膨らせてしまった。
意図が汲み取れず俺が首を傾げると、彼女はやれやれと肩を竦める。
「先生がいらしてる、って聞いたので、待っていたんです!」
「あ、あー……そういうことなのか」
そして少女の説明を聞き、ようやく理解した。
察しの悪い自分に思わず苦笑して頬を掻いていると、今度は狛犬さんが首を傾げる。少しだけ考えるようにしてから、彼女は言った。
「もしかして、先生……なにか、落ち込んでます?」
「………………どうして?」
訊き返すと、狛犬さんは豊かな胸を張って宣言する。
「乙女の勘です!」――と。
つまるところ根拠はなく、顔色だけで判断したってことか。
しかし、ここで狛犬さんに会えたのは良かったのかもしれない。そう思って、
「ねぇ、狛犬さん。悪いけど、少し話を聞いてほしいんだ」
俺は正直な気持ちを打ち明けることにしたのだった。
◆
――ビルに入っているとあるコーヒーショップにて。
「あぁ……十六夜さんって、歯に衣着せない方ですからね」
「本当に、ね……」
一通りのことを掻い摘んで説明すると、狛犬さんは苦笑していた。
俺も同じように、引きつった笑みを浮かべる。彼女の乾いた笑い声を聞いたところから察するに、どうやらそちら様も同じような経験がある様子だった。まさかとは思ったが、誰にでもあんな感じなのだろうか。
そうなると、ずいぶんと敵が多そうだ。
そのように考えていると、
「それで、先生は悔しくて落ち込んでたんですか?」
「あー、そうだなぁ……」
狛犬さんにそう訊かれて、しばし考える。
悔しい、という気持ちはあった。だけど落ち込む理由は、少し違って――。
「たぶんさ、全部が正しかったから、なんだよ。自分にいったい何が足りていないのか、目を逸らしてた問題を突きつけられて、情けなくなってるんだ」
――そう俺は、怒ったわけではない。
十六夜さんの言葉にただ苛立つくらいなら、落ち込む必要なんてなかった。
問題は彼女の言っていることがすべて理解できた上で、自分のあまりの至らなさを痛感したから。作詞家としての俺に、致命的に欠けている視点や、その他にも様々なことを。
だからこそ『十六夜コトカという人物の背中』が、途方もなく遠くに感じられた。
「だから、このままで大丈夫なのかな、ってさ」
もちろん俺自身に不足している部分があるのは、重々承知していたつもりだ。
しかし、いざ目の前にしたら声すら上げられなかった。
だから柄にもなく凹んでいるのだろう。
「なるほど。そういうこと、ですか」
「あはは、ごめんね。こんな情けない話をしてさ」
事情を察してくれたらしい。
狛犬さんは顎に手を当てて考え込み、俺は耐え切れずに乾いた声で言った。
すると、少女は――。
「でも私からしたら、凹むことができた先生は凄いと思います!」
「……へ?」
よく分からない、励ましのような言葉を口にした。
俺が目を丸くすると狛犬さんは、顎に人差し指を当てながらこう語る。
「私なんて最初、十六夜さんの言ってる意味が分からなかったんですから! それでも一生懸命に頑張ってたら、だんだんと意味が分かって――」
そこで突然に、ずーんと落ち込んだ表情になって。
「そこでようやく、思い切り凹みました」
「おおう……」
相当に嫌な記憶なのだろう。
瞳から光が消えている彼女を目の当たりにして、俺は言葉がでなかった。しかし、すぐに気持ちを切り替えたらしく、狛犬さんは大きく頷いてこう宣言する。
「ですから、理解できた先生には素質があるんですよ!」――と。
それは、自分とは縁遠いと思っていたもの。
俺は自信満々な少女のそれに、思わず否定を口にしようとした。その時、
「…………ん?」
「どうしたんですか?」
「あぁ、いや。ミリカからメッセージが入ったみたいでさ」
「まつりちゃんから……?」
俺のスマホが、ピコンと音を発する。
メッセージを確認しようと、二人で画面をのぞき込むと、そこには――。
『ソースケくん。いまから、あのクレープ店にきてくれる?』
そんな一文が表示されていたのだった。
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