2.アマチュアとプロ。
「おいおい、その言い方はないだろう。十六夜さん」
「なに言うてんねん、社長。アンタも分かっとるんやろ? 今回の楽曲の評判は歌詞のおかげやない。狛犬シロっちゅうキャラクターありき、アイツが歌うから売れたに過ぎひん……ってな」
十六夜さんをなだめに入った社長に、彼女は鋭い言葉を返した。
だけどそれは、間違いなくこちらに向けられたもの。つまり俺の書いた歌詞には、なんの価値もなかったと主張しているのだ。もちろん、自分の作詞能力に絶対的な自信があるわけじゃない。そこまで己を過信するつもりはないし、自惚れるつもりもない。
だけど――。
「……なんや、何段も下駄を履かせてもろた奴が、いっちょ前に睨むやん」
「そうかもしれない。だけど、あの歌詞は……!」
――『狛犬シロ』という少女の想いまでも、踏みにじられてはならない。
そう思って立ち上がると、十六夜さんは口角を吊り上げた。その上で俺を値踏みするように見てから、こう続ける。
「あの歌詞は、アンタらが揃って『書きたいもんを書いた』だけ、せやろ?」
「…………え?」
俺はどういうわけか、それに声を詰まらせてしまった。
いや、理由は分かっている。図星だからだ。
あの歌詞は俺と、狛犬さんの想いを綴った内容に違いない。
つまりは、俺と彼女が作りたいものを作った。そのことの意味はまだ汲み取れないが、途端に正答を叩きつけられて硬直してしまう。
そうして黙り込んでいると、十六夜さんはさらに言った。
「だからアマチュアや、言うてるんや。アンタと狛犬シロは、自分たちのエゴで盛大なお遊戯会をしたに過ぎん。この事務所の金を使ったライブで、好き勝手に遊んだんや」
強い言葉が並ぶ。
すぐにでも、言い返したい気持ちに駆られた。
だけど、俺にはその術がない。それに相応しい台詞を持ち得ていない。
「あるいは、アンタは思っとるかもしれんから言うとくけどな。あの曲で泣いた奴がおったとして、それは全体の何人や? 目の届く範囲でもええ。アンタは拍手する観客の中に、何人そういう奴を見た?」
「そ、それは……」
「十分の一にも、満たんやろなぁ? アンタの作った歌詞は所詮、アンタと狛犬シロ、そして数人の特殊な状況の奴にだけしか響かんかったんや」
「………………」
悔しかった。
貶されていることが悔しいのではない。
あまりにも十六夜コトカの言葉が正論だから、そのことが悔しいのだ。必ずしも驕っていたわけではない。それでもどこか、あのライブの観客の反応を見て『満足していた自分』がいた。彼らが自分の歌詞を称賛したわけでないと知りながら、誇らしくなっていた自分がいたのだ。
そのことが暴かれたことによって、俺はいま悔しさを抱いている。
拳を握りしめて、震わすことしかできない。
でも、それなら――。
「じゃあ、どうすれば良いって言うんですか……!」
俺は絞り出す声で、十六夜コトカにそう問うた。
すると彼女はスッと視線を鋭くして、こちらの胸倉を掴んで言う。
「己がプロや、言うんならな? 数人の脳天にぶっ刺すなんて、チンケな歌詞やなくて――」
こちらの額に指を突きつけながら。
「あの会場の全員を泣かせるような、全員の脳天ぶっ刺す歌詞を書いてみぃや」
◆
「まったくもう、言い過ぎですよ。コトカちゃん?」
「奥さんかて、分かってたことやろ? あのガキはまだ、ホンモンやない」
壮介が退出した後、部屋に残ったのは龍之介と明美、そしてコトカの三人。
会話の口火を切った明美に対して、コトカは肩を竦めながら答えた。それに対して奥方は何も言い返すことがなく、暗に彼女の主張を認める。
龍之介も口を挟まないあたり、意見としては同じなのだろう。
しかし彼は一つ息をついた後に、少し茶化す口調で言った。
「だけどキミは、ずいぶん優しいんだね」
その言葉にコトカは、どこか気味悪そうに眉をひそめる。
それでも、気にせず社長は言った。
「貶しているようで、アレはアドバイスじゃないのかい?」――と。
作りたいものを作るのではなく、もっと大勢へ向けてのものを。
数人に刺さる歌詞ではなく、全員に刺さる歌詞を書け。
あるいは、それは立ち止まるなという『エール』のようにも思われた。
龍之介の言葉に対して、コトカは舌を打ってから言う。
「数人に刺さるもんさえ書けへん奴には、そもそも無理な話やからな」――と。
悪態のように思えるそれだが、ここまできたら違うと分かる。
龍之介はコトカの言葉に頷いてから、こう口にした。
「あっはっは! やっぱり十六夜さんは優しいね。……ツンデレ?」
「ツンデレちゃうわ! 気色悪いこと言うなや、ジジイ!!」
「あらあらあら。相変わらず仲が良いのね」
するとコトカは激昂し、社長である彼の胸倉を掴む。
明美はそれを眺めるのみで、どうやら止めには入らないようだった。
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