1.事務所に招かれて。
ここから、第2章です。
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――狛犬さんのライブから、二週間。
俺は彼女の所属している事務所に招かれ、応接室のような場所に通されていた。久々に引っ張り出したスーツを着用しているのもあってか、何とも居心地が悪い。実際、大きなビルの中にある綺麗な一室で一人でいると、どうしていいものかも分からなかった。
いわゆる手持無沙汰、というやつだ。
「う、腹痛くなってきた……」
そんでもって、緊張しっぱなしなものだから。
生来強いわけでもない胃腸が、妙に主張をし始めたのだった。いや、弱いわけでもないが。とにもかくにも本日、ここに呼ばれたのは他でもない。
当日にうやむやになってしまった挨拶と共に、報酬に関する話し合いだった。
個人依頼のため曖昧にしていたが、ライブで初披露となったのだから、事務所も対応せざるを得なくなったのだろう。
「いやいや、待たせたね。キミが近衛カナデくん、で合ってるかな?」
「あ、はい! 初めまして……!」
などと考えていると、部屋をノックする人がいて。
なんともフランクな感じに入室してきた。
妙にヘコヘコしているというか、常に笑顔を浮かべていそうな男性。
頭は毛量が多少寂しく、それなりの年齢のためか腰は緩やかに曲がっていた。そんな彼に続いて、一人の女性が入ってくる。男性の方ほどではないが、それなりに年齢を重ねた優しいマダム、といった印象の人だった。書類を手に恭しく礼をすると、こちらに微笑みかけてくる。
一瞬、呆気に取られてからお辞儀をすると、すでに前方の席に腰かけていた男性に声をかけられた。
「初めまして。今回はウチの『狛犬シロ』がお世話になったね。……おっと、その話の前に自己紹介が先か!」
そんな感じに、どこかおどけた表情を浮かべながら。
その男性は笑みを絶やさずに、こう名乗った。
「僕の名前は神宮龍之介。このプロダクションの社長をしている者だよ」
「へ……社長、ですか?」
そしてまた、呆気に取られる。
申し訳ないが中間管理職的な人が入ってきたな、と思ってしまっていた。だからこそ後方の女性の雰囲気に呑まれかけたのもあるが、とかくこれは襟を正さないといけない。
そう思い、俺はバレないように背筋を伸ばす。
すると社長は、
「あっはっは! そんなに緊張しないでよ。僕はそんなたいした者じゃないさ、形だけそうなっているが、会社を支えているのはタレントのみんななのだからね」
「い、いや……あ、あはは……」
気さくな口調で続けるのだが、肯定も否定もできずに困ってしまった。
こちらが苦笑いしていると、彼は次に女性のことを紹介する。
「そして、こちらは僕の妻。秘書をしている明美だよ」
「神宮明美です。よろしくお願いしますね」
「は、はい……!」
にこやかに微笑む奥方なのだけれど、なんだこのオーラは。
優しさの中にも威厳というか、明らかに普通の人のそれではない雰囲気が漂っていた。しかしいまは、そのことを追及している場合ではない。
俺は今回、ここに仕事をするために足を運んでいるのだから。
そう考え直して社長に向き直ると、彼はにこやかに頷いてからこう言った。
「今回の新曲だけどね、なかなかに好評だよ。本当にありがとうね」
「ほ、本当ですか……!」
「あぁ、そうさ。だから、報酬は――」
そして、いよいよ具体的な内容に移ろうとした。
その時だ。
「――なんや。あの曲の作詞家がくるいうから見にきたら、ガキやんけ」
「え……?」
そんな鋭く、厳しい関西弁が聞こえてきたのは。
振り返るとそこには、独特な出で立ちの女性が立っていた。ピアスをいくつもあけて、眉もほとんど剃っている。髪型だって左右非対称、いわゆるアシンメトリーで色も異なっていた。なんともパンクな服装も相まって、明美さんとは違う存在感を放っている。
そんな彼女に俺が驚いていると、社長はなだめるように言った。
「十六夜さん、そんなことを言ってはいけないよ?」――と。
それを耳にして、俺はまたも驚愕する。
十六夜という名前には、作詞家として聞き覚えがあった。
「十六夜、って……あの、十六夜コトカ……ですか!?」
――十六夜コトカ。
作詞家の中で、その名前を知らない者はいない。
何故なら十六夜コトカは作詞家として、現在の日本トップに君臨しているといって、過言ではなかったからだ。
そんな人物が、どうしてここに。
俺がそんな疑問を口にするよりも前に、十六夜コトカはこちらにやってきて言った。
「あぁ? ――『さん』をつけろよ、ガキ」
その強面を最大限に、活かしながら。
そして、さらにこのように続けるのだった。
「あー……でも、ガキなら仕方ないか。それこそ――」
こちらを嘲笑するような表情を浮かべながら。
「アマチュアの域を脱しない歌詞で、金取ろうなんて思ってる奴には」――と。
癖強いのきたなぁ……。
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