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6.『わたしと、いっしょに』








「すげぇ……」




 3Dライブを初めて見た俺は、その言葉しか口にできなかった。

 ライトの動きとか、演出とか、そんな専門的なことはまったく分からない。ただその中心で、ステージに立つ『狛犬シロ』という主役が、呼吸を忘れるほどに輝いていた。

 アップテンポなアイドルとしての『狛犬シロ』や、激しいロック調の曲を歌い上げる『狛犬シロ』を見て、各々が本当に同一人物なのかと疑ってしまう。



 ――まさに、圧倒的。



 興奮や熱狂、そして高まる空気。

 息ができない。いいや、呼吸なんてさせてもらえない。

 サイリウムの波に呑み込まれるようにして、俺の意識は完全に会場の一部分と化していた。自然と腕が動く、コーラスに反応してしまう。俺はまだまだ『狛犬シロ』という少女の想いや、その軌跡を一端しか知らない。それなのに、いったい何故だろう。



 ――自然と、涙が出る。



 意味が分からない、どうして涙が頬を伝うのだろう。

 いいや、本当は分かっていた。分からないはずがなかった。

 俺は『狛犬シロ』という少女が、どれほどの努力を重ねてきたのか。それに自分を重ねて考えているに違いなかった。おこがましいと思う。一緒にするなと笑われるかもしれない。それでも俺はいま、たった一人で泣くしかなかった少女が、この声援の只中にいることが嬉しくて仕方なかった。


 どれだけの人が、同じ想いを抱えているのだろう。

 彼女と共に三年の月日を歩んできた人々は、どんな想いを抱いているのだろう。俺はその不可逆な経験による絆が、いまとても羨ましい。

 そう、例えば――。



「ミリカ……」



 彼女を追い続け、彼女に魅了され、彼女のことを愛している少女にとって。

 この光景はどのように映っているのか。この光景を目の当たりにして、いったいどのような表情を浮かべているのだろうか。

 それが知りたくなって、ふと彼女のいる方向を見た瞬間だった。



「え……?」




 一つの曲が終わり、途端に会場内が暗転したのは。







 会場内がどよめきに包まれる。

 その只中で、ミリカもまた困惑して周囲を見回していた。

 プログラムの上ではさっきの曲で終了し、狛犬シロのMCで締められるはず。それにもかかわらず、世界が暗闇になってしばらくしても、照明は戻ってこない。



「どういうこと? もしかして、トラブル……?」



 誰もがその可能性を考えた。

 その瞬間だ。





『みなさんには、どうしようもないって諦めかけた経験、ありますか……?』





 ステージのセンターに緩やかな、優しい一筋のスポットライト。

 それに照らされながら現れたシロが、そう口にしたのは。





『暗闇の中にいるようで、ただ膝を抱えているしかできなかったこと。本当は泣き出したいのに、泣くことすら許されないんじゃないか、って思ってしまうこと』





 彼女はひとつひとつを優しく、しかしハッキリと。

 まるで噛みしめるようにしながら、会場のみんなへと語りかけていた。





『私にも、ありました。でも、そんな自分を救ってくれたのは「一つの名もない歌」でした。それはきっと、誰にも評価されてなかった。でも私には、強く響いたんです。まるで暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように……!』




 感情が昂っていく。

 その勢いのまま、シロはこう告げた。




『貴方の声は無意味じゃない。きっと誰かを導いて、救い出すことができる。いま絶望の淵にいる人にとって、あの時の私に降り注いだ光のように! だから、私もこの歌を贈ります!』




 そこで一度、言葉を切って。

 深く息を吸い込んだシロは頷いて、こう口にするのだ。




『だから、聴いてください。――「わたしと、いっしょに」』




 その直後に、優しいピアノの旋律が会場内に響き渡る。

 美しい調べに乗せるようにして、シロは訴えかけるように歌い始めた。



『ひとりぼっち 自分はきっと誰にも愛されない 

 そう思う日があった 自分だけが不幸なんだって信じていた


 ひとりぼっち 自分はきっと何もできやしない

 そう思う時があった 自分だけが不器用なんだって思ってた』



 悲しげな歌詞。

 いまにも泣き出しそうな声色で、シロは囁くように歌っていた。だが、



『そんな私に降り注いだのは とても弱く儚い光

 触れれば壊れる そう思っても手を伸ばさずにはいられない


 それが私の始まり 世界は色付いて みんなが見えた

 手の中に光は もうない


 でも分かったの そう、次はきっと――』




 瞬間、シロの心に呼応するように世界に光が戻る。

 光り輝くステージの上で、様々な音楽で彩られながら。シロは――。




『私の番なんだ だから次はキミを連れて行く!

 私がみんなを もっと楽しいへ連れて行くんだ!


 泣いている人も

 悩んでいる人も

 悲しんでる人も


 私が手を引いてあげるから 私がそうしてもらったように

 いつかきっと 私もあの日の私を救えるような そんな人になる



 だからついてきて いまはまだ、分からなくていい

 だから手を取って そう、まっすぐ歩こう――』




 まるで自身の想いを告白するように。

 手を差し伸べながら、こう高らかに告げたのだった。




『わたしと、いっしょに……!』――と。




 それはきっと、メッセージ。

 混じり気のない狛犬シロという少女から、すべての人への想いだった。



「シロ、さま……」





 それを聞いたミリカの頬には、一筋の涙が伝っていた。



 



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