03大胆不敵な手口で
C-1 続き
俺:「あの……魔王様、失礼とは存じますが、恐れながらお尋ねします。さきほど……初めてお会いした時、お、お手には……やはり血が?」
魔王:「は?何を言うか?」
俺:「ええと……その、その、余が入室した際、玉座で手に付いた血を舐めておられるように見受けられましたが……」
魔王:「ああ、あれはトマトジュースじゃ。魔界で数少ない耕地で特別に採れたものじゃ。こぼしてしまって勿体なかったからのう。」
俺:「は?トマトジュース?」
魔王:(ヤバい!また勇者に魔界が貧乏だと思われたか?魔王様が勿体ないとか言っちゃって……)
魔王:(バカじゃないの私!)
魔王:(でも魔界で作物が育つ土地は少ないから、小さい頃から食べ物を粗末にするなって言われてたんだもん……間違ってないよな?)
魔王:「げほっ!何か誤解しておるようじゃな、勇者よ。疑うことはない!王者たるもの国民の模範たれ、倹約は美徳じゃ!」
俺:(汗かいてるし……ははは……正直に言うと、最初はてめぇが血に飢えた魔獣で、オレはもうダメかと思ったぜ)
魔王:(あああ、ここで魔界のイメージ挽回せねば!人間に魔族が貧乏だと思われてはならん!)
魔王:「よかろう……細かいことは気にするな。」
魔王:「さて、勇者よ。汝はいつ人界に戻るつもりじゃ?魔王たるもの、汝を手ぶらで帰すわけにはいかん。それは魔界の不義理となる。ひとまず宝物庫から贈り物を一つ持ってこよう。」
俺:(な、なんだと?!なんとプレゼントまでくれるのか!?魔界めっちゃいい奴らじゃん!イメージと全然違う!ってか……よく見たら魔王、マジで美人だな……)
俺:(どうやら魔王、オレを帰す気らしい!サンキュー天!どうやら命は助かったようだ!でもここは遠慮しておこう。今のオレは高潔な勇者様だ。欲深い本性をバレないよう、慎重にいかねば……)
俺:「げほ……閣下が人間との共存に誠意をお持ちであると知り、これこそが今回の訪問の最大の収穫でございます。無断でお邪魔した上に、厚かましくもお贈り物まで頂戴するなど、まことに畏れ多く……とにかく、これ以上長居はいたしません。ここでお暇をいただきます。」
俺:「戻り次第、国王陛下に閣下のご意向を詳しく奏上し、両国の長きにわたる平和を図る所存でございます。」
俺:(疲れる……いつも貴族みたいな話し方しなきゃいけねぇ。勇者ってのも大変だな……)
魔王:「ああ、そうそう。その前に、もう一つだけやることがある。」
俺:「はあ?」
魔王:「今日は余も上機嫌じゃ。魔族の誠意を示すため、魔界最強の余と、人界最強の勇者たる汝とで、“盟約”を結ぼう。」
俺:「は?それって何だ?」
魔王:「え?勇者なのに知らんのか!?」
俺:「え?その……」
俺:(盟約ってなんだよ?ついにバレるか?!)
魔王:「まあまあ、どうやら説明が必要らしいな。汝も新米勇者か?」
魔王:「“盟約”とはな、直接的な侵害を受けぬ限り、互いに相手の種族に手を出してはならぬという約束事じゃ。つまり、原則として魔王は人間を殺せず、勇者は魔族を滅ぼせぬ。悪意ある攻撃を受けた場合の自衛は認められるが、これにより双方の最大戦力は互いに手出しできなくなるのじゃ。」
魔王:「勇者よ、如何じゃ!汝、応じるか!」
俺:「理……当然でございます。」
俺:(ふぅ~、なんだそんなことか。)
俺:(スピード特化のオレ様にとって、暴力を使わずに済むなら問題ないさ。どうしてもダメなら得意の暗殺術もあるしな)
俺:「ちょっと待て!ゴブリンやスライムみたいな理性のないモンスターに遭遇したらどうすんだ!?」
魔王:「おいおい、勇者よ。そんなモンスターを恐れるとはな。」
俺:「いやいや、ただ念のため……」
魔王:「あんな下等なモンスターを高貴な魔族の一員と見なすのは甚だ失礼じゃ。」
魔王:「あれらは魔族の庇護を求めるがゆえに、お前ら人間が魔族の一味と決めつけただけの虫けらに過ぎん。」
俺:「ああ……そういうことか。それなら問題なし。」
……
魔王:「では……始めよう!」
魔王:「呼喚せよ!秩序の律法 - アルバライト!命を育む、恒久の緑!世の巡りを律する理!」
魔王:「呼喚せよ!戒めの律法 - イグニール!灼熱の炎、輝きの紅!世を裁く理!」
魔王:「呼喚せよ!蘇生の律法 - アクアモーレ!海神を統べる、浩瀚の青!世を創る理!」
魔王:「呼喚せよ!無限の律法 - テラ!天翔ける、閃光の黄!世を凝結する理!」
魔王:「誓え!勇者!此処に応ふるは --- 魔王ユリシス二世!」
俺:「此処に応ふるは……勇者ワッツワース!」
……
魔王:「これにて、盟約、締結完了。」
魔王:「余は信じる……汝の語る、人間と魔族が共存する世界が、いずれ訪れることを……」
手の甲に赤い刻印が浮かび上がったが、それはどうでもいい。
俺:(うわっ超カッコいい!秩序の律法だの戒めの律法だの、サッパリ意味わかんねぇけど!)
俺:(ん?でもこれで本当に成立したのか?オレは偽物の勇者だぞ?こんなデタラメな盟約、大丈夫なんか?)
魔王:「……」
魔王: (あはははははははははは~!!!)
魔王: (キャッハー!超絶ハッピー!!!)
魔王: (この歴史的瞬間に、余はやったぞ!やり遂げたぞ!)
魔王: (あの超絶無意味で、独りで言ったら悶絶死するほど恥ずかしいカッコいい台詞を──堂々と宣言しちゃったあああ!)
魔王: (でもな、盟約ってのは双方が了承すれば、台詞なんてどうでもいいって超恥ずかしい真実…絶対に勇者にはバレちゃダメだぞ!)
魔王: 「げほっ…これにより、もし一方が盟約を破れば、相手は簡単に背約者を倒せるであろう」
魔王: 「これが余が人間側に示す最大の誠意じゃ」
魔王: 「汝の語るあの美しい世界が、一日も早く訪れることを願っておる」
俺: 「感謝いたします…」
俺: (ああ…こんなザコのオレが魔王に勝てるわけねーだろ…)
魔王: 「よし。余もこれ以上長くは引き止めぬ。どうぞご随意に」
魔王: (あら…この勇者、なかなか話が通じるわね。見た目もまあまあいいし)
魔王: (『魔界英雄伝説』に載ってるクソ勇者どもよりずっとマシだ。人間にもまともな奴がいるんだ…これなら…うん、決めた!)
俺: 「では…これにて失礼させていただきます…」
俺: (一歩)
俺: (二歩…三歩)
……
魔界の森・外縁
震える足を必死に押さえ、ようやく魔王城から脱出した。
はあ…まさか魔王と対面して無事に帰れるとはな…
本物の勇者だってできねーぜ!絶対無理!このネタ一生使い回せるわ!
背中を触ると──
俺: (やっぱり…シャツからマントまで汗でびっしょりか。でも『超絶ピンチでも動じないスキル』鍛えててよかったぜ。アハハ)
まだ魔王城から近い。バレる前に全力で離脱だ…
俺: 「このクソ地獄からは…とっとと退散だ!鍛え上げた逃亡スキル、発動だあああ!」
三、二、一…
…………………….
……………….
……..
超加速ダッシュだああああ!