6話 "香霖堂"
「ほぉ、古道具屋ですか」
「あぁ。因みに外の世界の代物も扱っているよ。……僕は森近 霖之助。ここ『香霖堂』の店主だ。」
「俺は四。つい一昨日に幻想入りした者です。どうぞよろしく」
華扇に勧められ、魔法の森入口辺りまで。
そこに堂々と佇んでいる、異質な古道具屋。
それこそが、『香霖堂』である。
「四……君、か。うん、魔理沙から聞いていたよ。なんでも幻想郷の外の住人なのにそこのスキマ妖怪殿の"お気に入り"だとか」
「……………」←無言で紫を見続ける
「…………♪」ぷいっ
余計な2つ名が一生付いて回る生活になりそうだ。どっかの誰かさんのせいで
そんな説明をした魔理沙も同罪ではあるが、もうこの際どうでも良い気がしてきた(脳死)
「ま、まぁでも俺自体別に大した存在じゃないんで……」
「霖之助さん!見て見て、これ!」
「あ、ちょっ」
空気を撃ち破るが如く、霊夢が彼に先程創ってもらった20円金貨を霖之助に見せる。
「ほう…………ほう!?」
固まった。彼もまた……
そして霖之助はブンブンと頭を横に強く振り、ズレたメガネを掛け直した
「れ、霊夢。これは一体!? どこで、どこで手に入れた!?」
「本当に…?」
「彼の能力で見ても、これは"本物"というわけか」
「なるほどね」
「おい紫。霖之助さんも能力持ちだったのか?それで彼は何を見た?」
意気揚々と四が生成した金貨を霖之助にこれでもかと見せつける霊夢と焦った様子で手袋をはめる霖之助
それを目が点になった様子で眺める華扇と慧音
……胡散臭い紫。
理解していないのは四のみだ。特に霖之助の、あの慌ただしい反応に対して疑問が浮かぶ。
「……僕の能力は『道具の持つ記憶』を読み取る。そうだね、『道具の名前と用途が分かる程度の能力』と言えば分かりやすいだろうか」
「……それで、金貨を見たんですかい?」
「あぁ。これは正真正銘、『売買目的で使われる為の硬貨』で『20円分の価値のある20円金貨』だ。
……正直驚いたよ。こんなに状態の良い金を見たのは経験上少ないものでね」
黒い革手袋を装着し、慎重に虫眼鏡で金貨を観察し続ける霖之助。その顔には冷や汗がたっていた。
「そしてその品を、あろうことか霊夢が持ってきた。僕の中では異変に等しい事象だよ。」
「霖之助さん?陰陽玉からの弾幕を直で食らいたい?」
「だって、君は硬貨やお札の価値を良く理解していないだろう」
「そりゃあそうだけど、『純金』は流石に反応するわよ。
それでね〜♪四さんがお金の無い私を想ってくれてね〜♪」
「貴方の能力、説明するのに大分苦労しそうねぇ」
「『触れたモノを限り無く再現する程度の能力』…で良いんじゃねぇか?」
「どうして他4つを省くのよ。……『五感を操る程度の能力』?」
「他人の五感は操れねぇさ。
……『五感を司る程度の能力』。これで何とかいけるだろ」
「まぁ、細かい部分はその都度直してけば良いでしょうし」
◆◆◆
「す、素晴らしい能力じゃあないか!あぁ、素晴らしい!僕は君のような人を迎え入れる為に香霖堂をやっていたのかもしれないなぁ!」
「へ、へぇ…そうですかい」
「他には、どんなものが創れるんだい?良ければ僕に見せて欲しいな…あ、良かったら宿を貸すよ。」
なぜ金貨を持っていたかを説明すると、霖之助は四に詰め寄った。
目を輝かせて、興奮した様子で。
ドン引きの少女たちを置いて
「霖之助殿は、あぁなると中々此方には戻って来なくなる。」
「……四さんも珍しく動揺しているみたいね。一線超えそうになったら止めなきゃ」
「あんな事になってる香霖は初めてみるぜ」
「正直見たく無かったっていうか……」
「ほらほら、霖之助さん落ち着いて。私の四が困ってるじゃないの」
紫は扇子でペシッと霖之助の後頭部を叩き、興奮状態の彼を静止させる。
「……おっと、すまない。らしくない真似をしてしまった。申し訳ないね、四君。」
咳払いをして、四に謝罪を述べる。無事落ち着きを取り戻してくれたようだ。
「…………」
先の紫の発言に対し、しっくり来ない霊夢はさておき
「一応、ここに来たのは霊夢に渡した金貨が本物かどうかをハッキリしたいからなんだ。それに、彼はもう住まいがある」
「……早とちり、してしまったな。熱が入ると起こる悪い癖だ。」
「いえ、特に悪い気は無いんでしょう?……それに、俺ここの雰囲気…結構好きですよ」
ゆっくりと店内を歩き、奥の戸棚から商品を漁る。
「綺麗な鏡じゃん」
「良い造形だろう?これは昔里のお客人から売ってほしいと言われて譲り受けた物だよ」
「ここら辺は女性ものが多いっすね。……あっちは何があるんですか?」
「向こうは、特別な織物等をね。要望を頼まれれば衣装を拵えるのさ。」
霖之助はよっこいしょ、と椅子から立ち上がり、案内をしてくた。
小走りで四の隣に来る霊夢と霖之助よりも先に奥へ行ってしまう魔理沙。
それを後ろから見守る年長者たち。
小声で何やら話し合っているようだ。
「あら、霊夢ったら」
「…あの子を正すのも、博麗を代々気にかけ続けている賢者の仕事では?」
「もう♪だって可愛いじゃなーい♪」
「色恋はまだ早いですよ。まだ彼女は15でしょう?巫女の仕事も多々ございます…」
「『幻想郷は全てを受け入れる』、忘れたかしら?うふふ」
「「……」」
「そういえば、守矢の巫女も大概だったな」
「奔放さでいったら、霊夢よりあの子の方がありますものね」
「ここでは魔導具も主に作成している。霊夢の封魔針や陰陽玉…魔理沙のミニ八卦炉だったりね」
「ほう、そりゃ凄い!」
「だろだろ?」
「なんで魔理沙が誇ってんのよ」
適当にそこら辺の材料を漁り始める魔理沙。続いて四も彼女と一緒になって屈む。
「見た事のねぇ素材だな」
「あぁ。コイツらは魔法の森特産の採集物さ。私が適当に拾ってきてここに持ってくるんだぜ」
「魔導具の材料ってことは…『魔力』か?」
「いや、『霊力』もなんだかんだ入ってるっぽいぜ」
「……テキトーだなぁ」
これは何だこれは何だ、と子供のようにキノコや木の実やらを漁り始める2人。
「全く、魔理沙はああやって散らかすからな…」
「四さん。……あ、あまり魔理沙と仲良くしないで……よ」
「………?」
後半の部分がゴニョゴニョと小さく呟いた為なんて言ったのか霖之助は分からなかった。
「あぁ、悪いな時間潰すような勝手な真似して」
「………え、あ、その…違うの」
四は"聴こえていた"。しっかりと霊夢の傍に立ち、改めて店を見回し始める。
(そうか、彼は己の五感を司る……『聴覚』も発達しているということか)
「ここら辺は、完全に物置と混合してますね」
「扱いきれないものは基本ここに放置してあるんだ。あぁ、危ないものは多分無いはずだよ。
霊夢に任せたものが多いからね」
「あったわね、そんな事。……今でも覚えてるわ。……ほらコレ
呪いまみれの剣とか、何処で見つけて来るのよ」
「確か『祢々切丸』だったかな。妖刀も置いてみようかと思ったけど、ソレはちょっと怖かったね」
「ほんで、霖之助さん。………"アレ"は何ですかい?」
突如として、四は倉庫の奥に立てかけられていた、大きめの木箱を指差した。
……霖之助は、少しだけ目が鋭くなる。
「……四さん」
「いや、僕から説明するよ。……これはね。魔理沙が持ってきてくれた代物なんだ。
名を『霧雨の剣』。異質なものだから君はすぐ分かっただろう?」
木箱を丁寧に開けて、霖之助は一振の古びた剣を見せる。
次は四の目が鋭くなり、その剣を睨んでいた。
「『霧雨の剣』、ね。何から何まで違うものですけど
………紫? こんなものまで幻想郷に持ってきてんのか?」
「……………え? 何のこと?」
四と紫以外、全員がずっこける
いや、お前ちゃんと理解してなかったんかい
「これはこっちにあっちゃいけねぇもんだろ。紫、ちゃーんと見てみろ」
「…………古くて、汚い"剣"なのは分かるんだけど…」
「これは正真正銘『天叢雲剣』だ。」
「……………は?」
魔理沙以外、全員が呆気にとられる。
しーん、という効果音が聞こえてくるほど、静寂に包まれてしまった。
「『草薙剣』っつった方がわかりやすいだろ。……まさか、本物が幻想郷に来てるなんてな」
「ご名答。やはり君には見えていたか。……『草薙の剣』。過去に色々あった末、魔理沙が僕に持ってきたんだよ」
「ちょ、ちょっと待って!草薙剣…三種の神器の1つがこんな所にあって良いの!?」
「え?これってそんなにヤバい代物なのか?」
「……魔理沙、後で寺子屋でみっちり教育してやろう。日本神話を丸々な」
「どひー!? 勘弁してくれだぜ!!」
「はーい逃げなーい」
「ど、どうしましょう……」
「今の外の世界にある草薙剣はレプリカだよ。確かむかーしむかしに水底に沈んだって話があったけど、幻想入りしてたなんて誰も知らねぇ訳だ」
「これ、八岐大蛇復活のフラグにならないわよね?」
「うーん、どうなんだろーな」
八岐大蛇の尾から出てきたのが天叢雲剣。日本武尊に移った時には草薙剣。
何れにせよ、神話上のえげつない代物だ。
「でも、霖之助さんのことを『認めてる』。大事に持ってた方が良いかもな」
「……じゃあ、外の世界に返さなくても良いわね」
◆◆◆
「今日はありがとう。」
「いえいえ、こちらこそ。素敵な店だ、参考にしたいもんだね」
夕暮れ。外はすっかり暗くなり始めてきた。そろそろ人里に帰る時間となった。
帰り際、四と霖之助は握手を交わす。
「……参考にする、のかい?」
「えぇ。……実は、店を開きたいと思いましてね」
「「「え、そうなの!?」」」
「因みに私は朝聞いたぜ」
「私は一昨日の夜に聞いたもの。あぁ、彼処のスペースは私が準備したのよ」
「うん、知ってた」
「慧音さんなら分かってくれると思うけど、人里にマスクを創ってやっただろ?」
「あぁ。あの時は凄く助かった。」
「そういう、便利なものを人里のみんなに提供したいと思ってな
後はもう、この先の人生はゆっくり店出して幻想郷で暮らして行きたいもんでね」
「……私は君に助けられた。それに人里を気にかけてくれている。これからもそうしてくれると言った。
否定するつもりは無い。もし本格的に開くとなったらいつでも手を貸すからな」
「勿論、私も手助けしますよ。今日のお礼を返したいと思っていたので」
「はい!弁当!あの弁当いっぱい置いてくれよ!」
「なっ、私も四さんのお弁当食べたいわ!魔理沙だけズルいもん」
「はぁ、僕の店は参考にはならなそうだ。君は君の真っ直ぐな気持ちで続ければ良い。僕は趣味でやってるからね」
「そうそう、霖之助さんは私たちみたいなお客さんに優しくないから」
「全くな〜」
「君たちは早くツケを返してほしいんだが」
四が店を開きたい、そう言うと霖之助は店の奥から幾つか本を譲ってやった。
古い書物だが、『視覚』をもって翻訳すると『商売の心得』など為になりそうな事ばかり記されている。
……霖之助なりの、『手助け』なのだろう
「………実は魔理沙の親父さんから仕込まれてね。無理やり投げ込まれたんだ。
精神的にも物理的にもアタマに叩き込まれたよ。」
「……ありがとうございます、態々こんなに」
あまり魔理沙本人には聞かせたくない話なのだろうか
小声で四に話してくれた。
……確か、人里で道具屋を営んでいるはずだった。
いつか寄ってみたいものだ。
「さぁて、私は帰るかなー。じゃあな〜」
「暗くなると妖怪が出る。さぁ、私たちも帰ろう」
「私も山の屋敷に戻ります。……ほら、霊夢も帰るわよ」
「………四さん、またね」
「さーて、寝るかぁ」
「それじゃあスキマにごあんなーい♡」
「四君か……不思議な外来人だったな」
霖之助は独りになった自分の店で、あの時指摘された草薙剣……基、『霧雨の剣』に聞かせるように呟いた。
「彼の目は、能力通り鋭い。君の……もう残っていない『神力』ですら勘づいた。
そして、まるで君の"ここに来る前"のことも分かっていたような口振りだった。
………彼は、本当にただの"人間"なのだろうか?」
草薙剣は、何も答えない