0話 "素敵な世界は隠れ郷"
まずは始まり。
退屈な日常の終わり。
誰も居ない静かな空き教室。
黄昏ている青年がただ1人。それ以外には何もない。
彼は堅苦しい制服の前ボタンを外し、窓際に寄せられていた机や椅子の上に、体育倉庫の奥底から勝手に持ち出したマットをベッド代わりにしていた。
眩しい程の日差し。それを本の微かに遮る動きを見せる文鳥たち。
……季節は春。寒い寒い冬が開け始めたこの時期の事を世間一般では"出会いと別れの季節"と言うらしい。
懐かしき者と別れ、生まれ新しき者に出会う…
視点を戻せば、彼が通う学校は元々結構山の方にある高校だ。故に遮るものが無い春爛々とした陽射しが堂々と入ってくるこの空き教室。
暖房がいらない程ポカポカしていて、サボるのに最適な環境と言える。
「………一生この時間が続けばいいのになぁ」
携帯で、違法サイトに掲載された漫画を見ながら小さく呟く、叶わぬ願望
3年生の先輩たちが、春休みという卒業式までの間にある2週間程度の連休に入ったお陰で、今の学校は少し静かになっていた。
卒業できないと焦らせる3年の担任の先生も鳴りを潜めている。……学校全体がお別れムードと化しているのだ。
……まぁ、最初からひとりぼっちの彼にとっては無縁の話であるが
入学してから常にサボり魔のトップとして君臨する不良の王……なんて不名誉な渾名も付いてしまったくらいしか思い出も特にない学校生活だったが。
「…………」
ガラガラと、教室の木造の扉が開いた音が静寂に鳴り響く。
「四先輩……また、サボりですか?」
「……違う違う。ちゃんと勉強してるってば」
「本当ですか?教科書も開かないで携帯ばっかり…」
「ほら、国語の勉強ー」
「……漫画じゃないですか。それをサボりと言うんですよ?」
強いて言うならば、サボり常習犯の彼に関わってくれる後輩の女の子が1人だけいるだけの高校生活だ。
……まぁ、そんな彼女も立派なサボり仲間であるが
「よいしょ」
「結局お前もサボりじゃん」
「先輩のせいで、私もすっかりサボり魔になってしまいました」
……綺麗な笑みで、そんな事を言ってくる。
「俺のせいにしないでほしいねぇ」
「うふふ、ではそう言うことにしましょうか」
不思議な女の子だ。本当に。
彼女は去年の夏……言わば転校生という形で、こんな何も無い田舎の高校に通い始めた子だ。
ハッキリ言うと、とんでもない美少女である故に彼女はサボり魔で浮いていた彼とは違う方向で浮いていた。
同級生や先輩からも注目の的となっていたそんな彼女は、ある日を境に何故か知らないが、蚊帳の外に常駐しているような彼に構ってくるのだ。
同級生の友人を作らず先生からも見限られたような、サボり魔の俺に粘着するような形で。
「……あら、どうしました?」
「……? あぁ、相変わらず面が良いなぁって」
「うふふ……もう、勘違いしますよ?」
してくれても良いんだけど
「なあ、紫。」
「先輩……本当に今日はどうしましたの?」
「どうして今日は敬語で話すんだ?」
「……改めてお話しようかと思いまして……もしかしてお嫌い?」
妖しげなウィンクで俺の質問を途切れさせると、つかつかと青年……
彼女が四と呼んだ青年の近くに接近する。
「そろそろ頃合か、と思っているんだけど」
紫が、変わった。
何故か先生たちが突っ込まない、綺麗な金髪をはらりと振るうと、いつもの制服姿ではない……フリルの付いた鮮やかな紫色のドレス姿となる。
……あの時、目が合ったあの時の姿だ。
思えばあの瞬間から、恐らく人外であろう彼女との……粘着行為に似た様な関わりが出来たんだろう。
……まるで『逃がさない』と、言わんばかりの粘着にこちらも溜息が出る。
美しいけれど、何か不吉な紫色の目が四を捉えていた。
「俺思うんだけどさぁ、絶っっっ対その格好目立つって」
「あら、私の『アイデンティティ』が存分に振るわれていると言うのに……」
「……可愛いから着てんのかと思った」
何を言っても彼女のペースに呑まれそうになる。何故か全てを見透かされているかのような感覚。
気味が悪く、尚且つ意識とは違う方向から語り掛けてくるような、そんな感覚がする。
「可愛いって思ってくれているのね♪ んもう、ハッキリ言ってくれたらゆかりんもっと嬉しくなっちゃうのに♪」
頬に手を当てながらクネクネしている紫をぼーっと眺めていると、ハッとした顔で咳払い。
後、本題へと入る。
「……貴方、もうこの世界には相応しく無いわ」
「……分かりやすく言ってほしいな」
「分かりやすく言ったつもりなのに」
この世界に、相応しく無い。
「貴方が妖怪である私を認知できたこと。そしてそれを見ても何も反応がなかったこと。
貴方の根底に眠る感覚そのものが、全て私を『八雲 紫』として認識したというのに。
まるで貴方は、私を見ても『何も』思わなかった」
パラソルを開いて、淡々
「まぁ、浮いてるとは言われてたけども」
「そんな軽いお話じゃありませんのよ?」
何処からか取り出した扇子で口元を隠しながら、ふわりと浮いて空中で腰掛けた。
足を組んで、そのままゆらゆらとゆっくり俺に近付く。
「……だって、貴方は私を怖く思っていないんだもの」
白い肌をした手が、俺の首筋を撫でる。
「お前ってなんなの?」
「何って……可愛い可愛い貴方の後輩、ゆかりん♡」
「…………」
「……『妖怪』。
貴方なら良く知ってるでしょう?」
「……いやぁ、何かの冗談であってほしかったもんだ。
でも、人間見たいな妖怪もいるんだね」
俺がそう言うと、整った彼女の顔がぽかーんと一瞬だけフリーズした。
直ぐに表情を変え、溜息を1つ零す。
「暗い感じに訳を話そうと思ったのに、これじゃちっともシリアスにはならないわ。」
「そりゃ悪かった」
「……貴方はいいの?この世界からは外れた存在と告げた事実には変わりないのだけれど」
…………
「いいんじゃないかな。……俺だって薄々気付いてたさ
それで、そんな俺を可愛い後輩の紫はどうしてくれるんだ?」
四自身、今から紫に何をされるかはまだ分からない。
多分、彼女の持つ何か強大な力によって殺されるか
はたまたあの目玉だらけの空間に連れ去られるかどっちかだ。
そうだ、四には生まれつき『恐怖心』が無い。
それを代償とする代わりに、彼は人智を超えた『力』を持っている。
……四が"天涯孤独の独りぼっち"なのはそれが理由だったからだ。
彼の育ての親すら、『代償』と引き換えに消えてしまった。
その能力に関しては……第三者に見せた事は無いが、きっと大勢に見せた暁には、怪しげな実験施設にモルモットとして送られるであろう
相応しく無いと言われた、人間の"出来損ない"みたいな彼は…
あの時、暗闇の中で踊る彼女と出会える事ができて、少しだけ嬉しかったのを覚えている
感覚の共感
こいつも人間じゃないんだなって
「……この世界には相応しくない。ならば私は貴方の事をどうするか。
勿論この世界からは消えてもらう事になるのだけれど……"代わり"の世界にご招待致しますわ」
「"代わり"?」
ふふふ、と妖艶に笑う紫は俺に向けて手を差し伸べた。
「はい、目を瞑って。そして私の手をちゃんと掴んでね。
……離したらどうなるか分からないから♪」
「"怖い"こと言わないでくれさ」
「"怖い"なんて感情、貴方には存在しないのに♪」
◆◆◆
目を開けると、そこはもう2人が元いた学校では無かった。
辺りは背の高い木々で覆われており、その木々の間から眩い陽射しが2人を照りつけていた。
「……ここは」
「うーん、どの辺りだったかしら」
「勘弁してくれ……」
嘘嘘♪と訂正してくれたのは良いものの、全方位見渡しても森、森、森。
鉄塔はないし上を通る電線すら……風車もない。
飛行機雲も無ければ肝心の飛行機も飛んでいない。
「どこのクソ田舎に飛ばしたんだよ〜」
「貴方にとって幸せな道が待っているであろう、『幻想』の世界よ。
……独りの貴方の事が気に入っただけだから、余計なお世話なんて言わないで頂戴ね」
「……お前ってマジで何者?」
細い目で紫を見つめる。
「さて、それではここで改めて向かい入れの挨拶をしましょうか。
ようこそ、神々が住まう理想の郷……『幻想郷』へ」
「変わった……挨拶だなぁ、そりゃ」
「……ちょっと恥ずかしくなってきたわ」
次回、"巫女"邂逅
なろうでの投稿は初めてですので慣れながら執筆していきたいと思います。
主人公の名前は『四』という男の子です。
宜しくお願いいたします。