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スポットライト



「引こう、ノア!」


「わかってる」



大量の死体が、全て敵になる状況。この狭い所にいるのは不利だと即座に理解して扉を壊し出ていく彼ら。さすが、利口だ。


だけれど、どこまで逃げるつもりかな。



「行くよ、『あなた』。

シエルくんたちは私たちの邪魔をするみたい」


『イ゛ゴア゛』



ぶるぶると震えてから、あなたが動く。そうして私たちは二人で追いかける。他の死体たちには彼らを追うように命じてあるから、足の遅い私たちがとろとろと追いかけても見失う事は無かった。

いいや。彼らが、私たちからそのまま逃げ切るつもりはなかった、ということなんだろう。


死体たちは、のろのろとしか動けず、追いつかず。だから私たちと少年たちはエキストラは無しで改めて向かい合うことになった。



私たちが相対したのは、簡易墓地。

黒い雲が昼だと言うのに立ち込めて、光が差さず陰鬱とした。まさにちょうどいいシチュエーションだ、と思う。


魔王やその配下、そうでなくとも活性化した悪魔たち、あとはついでに幅を利かせ出した悪人達によるもので、それが必要になってた。

まあ、つまり、私みたいな人のせいなんだけどね。



「さすが、少年は利口だね。それともノアちゃんの分析かな?なんにせよ偶然ではないでしょ。私が操れるのは、私が殺した人だけってことが分かってるんだね。墓地の死体は操れないって」


「……死体の全てを操れるなら、この街はもっと大量のリビングデッドに溢れているはずだ。そうなっていないのは死体たちが殺した死体は動かせないということの証明。そしてそれは、貴女が、これだけ殺したということの……証明でもある」



ぐ、と、一瞬吐き気を堪えるように首を抑える。顔は俯いている。それでも声だけは透き通って、私の耳にもよく聞こえる。綺麗な音をざらざらと妨げる被ったずた袋が邪魔なようで、私はそれも耐え切れずに取ってしまった。

おぞましい物を見るようなノアちゃんの目が私をむしろ安堵させた。




「…目的を言ってくれ、フィリア。

貴女がここまでの殺戮を働いた訳を」


「簡単だよ。昔愛したひとがいたの。……それを、もう一度作るため。それだけの為に私は生きてる」


「馬鹿な!貴女ほどの人が知らないはずは無いだろう!この世に都合のいいものはない。死んだものが蘇る方法なんて、無い!」


「教えてくれた人がいたんだ、それができるって。…自死を願う私を生かせる為の嘘とか、騙して利用するためのぺてんだったかもしれないけど。それに縋りたかったんだ」



「そんな事の為に、人を殺したのか…こんなにも、たくさんの人を」


「そんな事?…そうだね、そんな事。子どもでもわかるおままごとだし、そんな事だよ。だけれどそんな事が、私にとっては全て。きみたちを傷つけない為に、とも思ったけどそれすらいらない。『そんな事』だと、軽々しく言ったあなた達を、殺したくて仕方ないと思うくらいには私にとっての全てなんだよ」


「……」



どうせ、最初から殺すつもりだっただろう、とか、もっと義憤に燃えてくれるとか、そういう反応を求めていたけれど。しかしどちらもなく、少年はまた身体を縮めるように黙ってしまった。

その代わりのように、横に居たノアちゃんが、前に出る。がし、こん。腕には大仰な籠手を付けて。



「フィリア。あなたの過去に、何があったのか。

その人とどういう関係だったのか。

私にはわからない。わかってあげれない。それでもそれは…」


「それは、生命を奪う理由にはならない。そしてそれが、あなたが蘇らせたいその人の、喜ぶことだとも思えない」



一番、ずきりと来る一言を放つのは彼女だ。

流石は分析と観察が得意で。

そして、人で無いだけのことはある。



「……そうね。きっと、彼は怒るでしょう。

いや、怒るなんてのもきっと楽天的かな。どうしてこんな身体にとか、こんな身体になってまで生きたくないなんてなるかもしれない」


「それでも、それでもいつかは……

…もう一度私と逢えたってことに、ただ単純に喜んではくれないかなって、そう、思いたくて」


「ねえ。それくらい信じちゃ、だめかなあ…?」



「うん。貴方のそれは、赦されない。

だから私たちが、フィリア。貴女を倒す」


「そっか。ありがとう」



ノアちゃんには既に覚悟は決まっている。

なら、君はどうだ、シエル少年。

その答えもきっと、私なんぞが言わなくても担保されてる。私がそうしなくても答えはとうにわかりきっている。



「…───ッ」



何故かって。


そうだ。君は、この劇の主役なんだもの。




「……あの日」



「?」



「…あの日、あの時ならば。……貴女が、僕に腕を、臓器を、首を、求めてくれたのなら。僕はそれを渡してもよかった。そうしてあげても、何も惜しくはなかった!それで貴女が、喜んでくれるならそうしてもよかったんだ!」



「…シエル…」



「だが、だが!貴女にとって、その悲願の侮辱が触れてはいけない痛点だったように、許すことはできないものだったように!貴女がした市民の虐殺がボクの、ボクらにとってのそれだッ!

ボクは、貴女を許さないッ!絶対に、絶対に許さない!だから今の貴女にそれを渡す事は絶対に、しないんだッ!」



しゃきん。

腰に差したレイピアを引き抜き構える。

彼の正義を貫く武器をそのまま私に向ける。

そうだ。震えも必要ない。

息を整えて、感情も整えて私に相対すべき。

そうするきみの姿は美しい。



「なるほど、なら、分かりやすいわね」



少しでも様になるように鋸を構えてみる。

戦うのなんて久しぶりだ。

これできみを少しでも時間稼ぎ出来たらいいけど。



「少年、私を殺してよ。

いいや、わたしたちを。

あなた達で私たちを否定し尽くしてみなさい」


『ゴロ、ゴ!コ゛ロろ、殺ス!』


「そうだね。それぞれ担当しようか。殺しちゃいけないあの子は私が。あの女の子の方は、『あなた』が。存分に殺しちゃっていいよ」




「シエル」


「ああ。…大丈夫だ。僕も行ける。

……心配をかけてしまってすまない」


「うん。あのでかいのは私がやる」



「やろう。僕たちがフィリアを倒す。

フィリア達を斃して、止めよう」


「ええ。任せて」



その、ツーカーの距離。

私はそれにずっと憧れてたものだった。

こんな、作り物ではなく。





……




きゅいん、しゃん、ぎゃりりん。


しばらくぶつかり合いが続いたが、戦況は正直最悪だ。

何度鋸を振るってもその度にそんな華麗な音が鳴って、受け流されていく。レイピアが閃いて、攻撃を捌かれては、そのカウンターをからがらに避けきれず、闇術で治しながらなんとか振り回し続ける。


私は元々インドアだ。必死に振り回してはいるものの、元来戦いには向いていない。身体の内側を魔法で動かし、ドーピングする事でぎりぎりそれらしい戦いをしているが、そんな付け焼き刃は既に歴戦のきみには通用しないだろう。



「ぐっ…!」


鋸が手から弾き飛ばされ、掌が切り裂かれる。

そうして武器が無くなり、これはまずい、と内心冷や汗をかいて。悪あがきで、地面に向けて闇術を放った。そう、それは偶然。本当にただの悪あがきのつもりだったのだけれど。



「なにっ…!?」


がくり、体勢を崩して追撃をしようとした前のめりの姿勢のまま地面に倒れる少年。足の根本も、受け身を取ったその腕も、地面に引き摺り込まれている。その腐り落ちた肉の六本の腕に。



「は、はは。ラッキー。

まさかまさか、此処に、私が殺した人が埋まっててくれたとはねえ」



おお、その顔は、腐り落ちかけてるけど覚えているよ。

初めてシエルくんと話した時のきっかけの男。

棺桶を踏んで、それに謝れ、と。

私たちが関わるきっかけになったちんぴら達だ。



「さあ、抑えててね」


「まだだッ!」


「ぐえっ」



おっと。完璧に油断をしていた。

だが彼の投擲した一撃は倒れ込んだ姿勢からだった為に、ぎりぎり私の皮膚の内側の奥にまで届かず、致命的な傷には及ばなかった。



「くっ…!」



…さあ、少年。

手元が狂ったらもっと痛いから。だから。



「動かないでね」


まずは、その邪魔をするその腕を。

ぎ、ち、ぎちぎちぎちずり。ざり。



「……ぐっ」



こりこり、ごりごりごり。

暴れても、流石に成人男性三人分の体重がそのままのしかかってこられちゃったら動くのは厳しいでしょう。



「あああっ、ぐっ、ううううっ」



ごりごりごり、ぶつ。ぶちぶち。



「ぐああああ゛ああああッ!」




暫くそんな悲鳴が墓地に響いた。


まだ、押し潰されてぐったりと身を横たえる。

ぜっ、ぜっ、と悲鳴と涙に揺れる眼。

それでもその奥の光は消えていない。

こちらをぐ、と睨み付ける眼に諦めや絶望はない。



「美しい腕だね。

きっと、これまでこの腕と一緒に色んな敵と戦ったんだろうね。あの人のパーツには合わなそうだけど、それでも暫くは取っておきたいな」



いっそ、挑発するように、そう言ってみる。

そして顔をちらりと見るけれど。

ああ、ああ、ああ。

綺麗だ、綺麗だ、綺麗だ。なんて綺麗だろう。

こんなにも不屈で、それでいて恨みがない。

痛みと苦しみこそあっても憎しみがない。

君はどれだけ高潔で、綺麗なままなんだ。

綺麗だ。嫌いだ。その目が、嫌い。



「もう片方、行こうか」



がしゃあん。


そんな私の解体が中止させられたのは、大きな飛来物が、彼を抑えた死肉たちを吹き飛ばしたから。


「!?」


吹き飛ばされて来たのは、血の下の更に下、皮膚の中身のさらに下の部分が見える中から、ばち、ばちちと火花が迸り、それでも拳を握り締めて立とうとする白髪の少女。黒い返り血が危ういコントラストになって妖しさを生んでいる。



「…ふぅーっ、まだ戦える。

私も危ないけどあっちも相当壊した筈…」



そうして、立ち上がって。彼女は自分が今度は下敷きにしている少年に気がついたらしい。その、無くなった腕を見て、彼女の緑色の目が、ぎゅい、と嫌な音を立てて赤色に変わった。



「………フィリア、お前ェッ!」


「怒らないでよ、私を倒すって決めたんでしょ。なら殺し合うっていうのはこういうことだよ。それに、ノアちゃんも散々に『あの人』を痛めつけてくれたから、それはお互い様」



遠目に、ノアを追う彼を見る。

身体に風穴がいくつも空いている。

どんな攻撃をすれば、ああなるんだろう。

私はただ時間稼ぎだけをして、彼がノアを殺すのを待ち、二人で少年を解体するつもりだった。なのに結果としては、ノアと『彼』は互角に潰し合い、負けかけてた私は運だけでシエルくんを追い詰めていた。

まったくもって、全てが思い通りにならない。



だけど、フィナーレはそろそろだ。

この街に作って使って、召集を命じていた死体たちは、ようやくこの墓地に追いついてきた。

そして、手酷い傷は負っていても、『あなた』もまだ動ける。



「対して君たちは片腕を失って、強がって立ち上がってみても、身体も全部がぎりぎり。いい加減に諦めたらどう?

そしたら出来る限り優しく、パーツにして大事にするから」




ノアが、敵愾心を剥き出しのまま此方を向ける横。

彼女の中の何か致命的な自爆手段が、赤い目と共に解放されたのか、一言ぼそりと言っていたのが聞こえた。


「…シエル。あなただけでも逃げて…」


少年が立ち上がる。

レイピアを、残った片手で逆手に持ち直す。

ぐずぐずの地面に突き立てて、立ちはだかる。



「足だ」


「…あし?」



「フィリア。貴女は僕の、腕ではなく足を奪うべきだった。足が無くなればまともに踏み込めず、逃げることもまともにできない。戦いも逃走もできずこの戦いは終わっていたはずだ…」


「貴女には殺戮の経験はあっても、戦いの経験はなかった。それが僕にこのチャンスをまだ残してくれた。

……喜んでくれるかな。貴女にいつも教えてもらってばかりだった僕は、こうしてアドバイスを出来るまでになったよ」



諦めない。

絶対に、その目から光は消えない。

そして、柔らかに微笑んでまでいる。



(………っ)


やめてくれ、そんな目は。

何故そんな顔をできるの。自分の腕をちぎられて、大切な人らを殺されて仲間までぼろぼろにされて。この世を憎んでもおかしくないだろう。私を憎んでいいはずだろう。なのになんだその目は。

未だに尊敬のような。そんな目を向ける。



「貴女のおかげだ。

だからこそ、僕は貴女をここで絶対に止めるッ!」


「…やってみなよ、やってみなよ、やってみなよォ!口だけは立派な片輪が、そんな事できるならさ!」



何故、私はこれに怒っている。

どうして困惑をして心を乱されている。

答えは分かっているようで、明言化できない。



「ノア。僕は君を犠牲にするつもりはない。

そして、自己犠牲にかまけるつもりも」


「だから二人で、やるんだ。僕たちなら出来る」



赤色の目が、きゅうん、と音と共に緑に戻った。

そして泣きそうな顔でゆっくりと頷いた。

いつか、感情がないという自分を疎んでいたノア。

今の彼女を見て誰がそんなことを言えるだろうか。


そして、彼らは手を取った。

その四つの目が私の、私たちを通る──




「………すごい」



───それを、見た時。

私はただ心から呆然としたのだ。

その美しい天上からの光に、ただ見惚れて何もすることができなくなってしまった。ただ惚けるだけの幸福に身を浸してしまって。

それは、劇のカーテンコールを見た時のような。それが終えても、放心して座席にゆっくり座っている幸福感。



圧倒的優位からの、急な、逆転。

それに理不尽や怒りを抱きはしなかった。

ただあったのは、そんなようなぼうっとした幸福と、そして心に浮かぶのはちょっとした諦めた納得。



(君たちの光は、こんなにもきれいなんだ)



光色としか言えないような、色の魔法。

ノアと、シエルのその身体から放たれた光は彼の握ったレイピアを通して、曇天の空を、雲を貫いて日の光を露わにした。


その光は、周りにさあと広がって。

それに触った死体達はそのまま、砂のように消えていく。元々そうあるべきだったと言わんばかりに。ただ、そう動かしてた闇が打ち消されただけ、というように。




「……ああ……」


は、と正気に戻った時には私たちの前に相対する二人。

先までの曇天は、もうない。

空からの光が彼らをスポットライトのように照らしあげていた。



『……ゴ、ロナ、ツ……』



『あなた』は、まだ動けそうなところを見ると、なるほどこれは闇魔術を消し去っただけ。身体を継ぎ合わせて反魂を無理矢理にして、現世に留めているこのひとにはいまいち効果がないらしい。


闇魔力を消しているということは、つまり。

この光は、君たちだけが持つ力というのは光。

勇者としての資格を持つものだけが使えるという、魔力だ。邪を打ち払って、正しきを通す真なる勇者だけが、使える。


まさに、主人公の力だ。

そしてなるほど、私たちは邪な存在か。

全くもってその通りだろう。



「…不利になったから、やめ、なんて言うつもりもない。それに言ったところでやめるつもりもないでしょ?だから、最後までやろう。最後までだよ。始めちゃったんだからさ」



「……正真正銘、最後のアドバイスだよ少年。

救いようのない悪人は、徹底的にやりなさい」





……




いいなあ。どうして私たちは君たちのようになれなかったのだろう。


どの時代においても、愛や悲哀、悲恋のエピソードには人気がある。皆が同情し、可哀想だと口に出して憐れみを顔に出して評価して、涙ぐんで。

なのに何故私たちだけは認められないんだろう。何故私たちはこの物語の主役になれないんだろう。

 

その答えは自分の中で、きっとわかっている。

 

わたしが世界にとって、害を及ぼすからだ。

わたしが、穢れ切っているからだ。



そうして彼が放つ白い光に目を細めた。


…一つ思い出したのは、雨の日の彼の独白。

私に、決別の挨拶をした時。

あの時の彼の目には、唯一光はなかった。


その目から一瞬光を消したのは私だったという事実が、凄く、凄く嫌で。何より気持ち悪くてそして。



ほんの少しでも優越感がある事が。

自分の汚らしさを表しているようで、一番嫌だった。


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