オーバーチュア
「……なんで……」
棺桶を運び語りかけながら、理解していた。
自らたちが主役になれないことを。
それでも、その死の旅路を止められない。
それでも、その舞台から降りられない。
「なんで、貴女が、こんなことを」
そしてその頭の中には疑問がいつもある。
「なんで、って…分かっていた事でしょう?少年」
この劇の主役に成れる者はどんなものだろう。
この劇はいつ、終わらせてくれるのだろう。
私は『それ』に関わることができるだろうか。
その答えが今、目の前にある。
「私は初めから、こういう人間だったんだよ」
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昔から劇が好きだった、というわけではない。ただいつからかそれを見始めるきっかけがあって、うだつのあがらず、大した美貌もない私はその作り物のきらきらと輝く主役にどうしようもなく惹かれたものだった。
ずるる、ずる。ずるる、ずる。
引き摺る音はいつからか私の日常になり、それを引っ張る身体の負担と、腰や肩の痛みも気が付けば慣れていた。だがそれが、日々の苦痛を紛らす理由になるというわけでもない。
「はぁっ、はぁっ…
ねぇ、あなた。いい加減、自分で歩いてよ」
しん、と全くない反応。
それに溜息を吐いてまた歩き出す。何を言っても変わらないなら、そうするしかない。
「全く。わがままだ、こと」
側から見れば、私の姿はただの狂人だ。観ている観客に説明をするかのようなその姿は。
ただ一人、巨大な棺桶に喋りかける姿は。
もしくは狂人のふりをしたくてたまらない馬鹿だろうか。どちらにせよ、大路を歩いている時点で変わらないのだろうけど。そんな事ももう慣れてしまえばいいのに、眼鏡を正しながら、それでも恥ずかしくはある。
「…はぁ。休憩、しよ」
舗装されている道が有るのだけは幸いだったかもしれない。がたがたと石にひっかかりながらの山道程辛いものもないから。だけどそれは、あくまでましと言うだけで結局、つらいことに変わらない。いっそ誰か代わりに運んでくれないだろうかとも思っていた。
(……ん)
そんな心を、まるで読まれたかのように、後ろからは荷馬車の音が聞こえてくる。
ああ、心優しい人達だったなら、ついでに運んでもらえるかもしれない。
そんな期待をしたけど、その荒々しい振動とそれに揺れる棺桶の音でそんな期待はため息に変わった。
(それならそれで、丁度いいや)
棺桶に繋げた紐を再び肩にかけ、敢えてそれを道の真ん中に置く。その走り抜けんとした馬車の、邪魔になるように。
遠目にもわかるキャラバンについた血痕と荒々しい馬のいななきは、起きたイレギュラーを教えてくれる。だからこうして私はまた、準備をする。
「すみません。大切な人を運んでいたのですが、途中でくたびれてしまって…すぐ、退かしますね」
白々しく言う私をどう思うか?それは不安だったけれど、結果的には何も変わらなかったよう。
馬車の中から出てきたのは、明らかに商人ではない見た目の男たち。服についた少しの血は当人たちのものではない。惨劇が、あったのだろう。
その男たちが何を言ったかまでは覚えてない。ただ私の胸元を掴んで口を塞がれたのは覚えている。
だからきっと、『ちょうどいいしこいつも売り捌いてやろうぜ』とか、そんなのだったんじゃないかな。
ああ、だから、やっぱりちょうどいい。
…
……
どの時代においても、愛や悲哀、悲恋のエピソードには人気がある。皆が同情し、可哀想だと口に出して憐れみを顔に出して評価して、涙ぐんで。
なのに何故私たちだけは認められないんだろう。何故私たちはこの物語の主役になれないんだろう。
その答えは自分の中で、きっとわかっている。
私たちが世界にとって、害を及ぼすからだ。
…
……
ばきり。
背後で棺桶が壊れる音がした。
賊たちが一斉にそっちを向いた。確か、五人くらいいたはずだった。その内の二人の首から上が消し飛んだ。
私はため息をつく。ああ。
また棺桶の蓋を直さなきゃいけないじゃない。
化け物。
化け物、化け物、化け物。
さっきまでの下卑た快楽はとうに消え失せ、代わりに恐怖と共に口々にそう言っていたのを覚えてる。失礼じゃないか。私の好きな人をそんな呼ばわりするなんて。
確かに見てくれは、ちょっと恐ろしいものだけど。
私はそっと、話しかける。
さっきまでは歩くのを嫌がって無視したくせに。
「『あなた』ね、もう少しゆっくり起きて。
それにそんなに慌てなくても私は大丈夫だよ」
『…ロ、ス』
太い腕と、つぎはぎだらけの身体はやはりまだまだ醜い。顔もまだまともに成形できてないから、人の見た目はあまりしていない。本当はいつか、もっと早くそうしてあげたいけど、その為には必要なものが多すぎる。
『ロス、ロス、ロスロス、ウ゛ううう…
ロス…コロス、コロ、コロコロ殺ス!』
「だめ。殺しちゃ」
へたり込んで動けなくなってる賊たちに手を挙げ、殺そうとしてしまう彼を必死に止める。
だめだ、殺してしまっては。心配してくれる気持ちは嬉しいのだけれど、でも。
「…うん、やっぱり。この人の足、あなたの新しいパーツにちょうどいいかもしれない。何度も言ってるけどね。まだ生きている内に取らないと、意味がないの」
怪物を止めた私に向ける安堵から、引き攣った笑みに変わったそれの喉を軽く切り裂く。うるさい悲鳴を、まともに上げられなくなるように。
そして手に、のこぎりを取り出して持つ。
すっかり錆びたこれも暫くで替え時だろう。
「……あ。あなた。
そこの人たちも逃げないようにしておいて。
見たところ手とか顔とかは合わないけど、中身のパーツもちゃんと見ておきたいから」
『こ゛、ロサナイ?』
「うん、殺さないで」
こりこり、ごりごり、めち。
……ああ。
嫌な音にもいつからか慣れてしまって。
ああ、ろくでもないことだ。
「……駄目ね。
あなたの足にするには少し骨の厚みが足りない。中身も見てみたけど、代えられるものはなさそう」
『カエ゛ナ』
「うん。代えられない。あなた、図体が大きいから合うものがほんっと無いのよね…」
ぽい、といらなくなったものを投げ捨てる。
すっかり時間も遅くなってしまったというのに、得られるものは何一つ無かった、ということだ。
残念と息を吐いて、から。
ふと思い出してばさりと、馬車の中を見る。そこには布を噛ませられて、手足を縛られた人。さっきまでの賊に売られかけてた、ということだろうか。
がちがちと怯えて震える姿をじっと見る。
そしてまた、ため息をついてしまう。
「なんだ、女の子か。
なら、パーツにはならなそう」
びぐり、とその言葉に怯えていたがそれももう知ったことではない。放っておけば通りがかる親切な人が助けてくれるだろう。
ならばもう、興味はない。私はただ、そのまま棺桶の中にあなたを入れる。いつまた、あなたを治すパーツが手に入るかな。遠い、遠い事になりそうだ。
そうして壊れた棺桶の蓋を見て、面倒臭いと布を被せた。こうでもしないと、見られた時が面倒だから。
「……ほんっと、あなた。蓋壊さないでって。
それで毎回直すの私なんだけど」
『………』
しん。全くない反応。
都合が悪くなると、すぐこれだ。
仕方ない。歩いていくしか、ない。
目的地までは、とても近い。だけど、疲れもあって、とてもとても遠く感じられるようだった。
私の次の目的地は、近くの繁華街。
最近、自分から魔王を名乗る気合の入った阿呆がでたらしい。そしてまた、それを討伐する勇士を求めてると。
そこには、沢山の人が集まるはずだ。
一攫千金、勇者の名を求めて様々な人が。
人が集まる場所。都合が良い、と。
私の目的の、近道になってくれる。
(………はあ……)
そこまで、考えてから、羨んだ。
魔王を討伐するために、身を上げる為、正義の為。どんな理由であっても、その元気さを羨むものだ。
私には、この棺桶を引き摺る体力すらもう、今日はやっとだというのに。
ずるる、ずる。ずるる、ずる。
また、棺桶を引きずって歩く。
歩いて、いく。