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天涯のリリィ  作者: 二親紀伊
出逢いであっても
6/8

御神渡り


1.


 あまりの非現実的な出来事に大笑していたアレルだが、ふと冷静さを取り戻すと、込み上げる恥ずかしさに独り言を漏らす。

 

 「いや、空から少女が降ってきたらテンションも上がるでしょう?」

 「って、誰に言い訳してるのか…」

 「まっ、言ってもしゃあなし。さて、どうするか」


 唐突に冬籠りから解放された彼は、集中力も途切れ緊張感をなくしていた。島の(へり)に座り込み、意味もなく足をブラつかせている。シダールたちが奮戦していることを知る由もない彼はおとなしく迎えを待つことにした。

 彼は視界の隅に映る未だ起きない少女を見る。

 自分と同じ年ごろの少女は、艶めいた黒髪を後ろで束ねており、その姿はどこか気品がある。目を閉じててもわかる長い睫毛に、赤子と見紛う程に調った肌は深窓の令嬢のように白い。身の丈は自分と同じくらいだろうか。

 御神渡りしてきた異世界人は、そのほとんどがこの世界より高度な文明を持っていることが多い。恵まれた環境で育った彼らは栄養状態が良く、教養も高い。この世界の上流階級でも及ばぬ体格、知識、気品を持ち合わせている。もっとも気品については見目に限り、中身の性格は庶民的なものが多いようだが。

 彼女は自分を変える()()なのだろうか。彼は、自分の運命がいま転換したという源泉の分からぬ確信を、まるで他人事のように感じていた。


 ふと空を見上げれば、重そうな雲が勢いよく流れている。

 「雪が降りそうだな」と、周囲を見渡したアレルは目を瞠った。遠くで湖面を奔る魔獣の群れがみえたのだ。まだ遠くではあるが明らかに向かってきている。

 さらに悪いことに、あれは森とは違う霊峰を縄張りとする凶暴な魔獣だ。カムイカムラと同じ大型で獰猛な脅威が群れを成して迫ってきていた。

 アレルは即座に行動を起こす。


 「冗談じゃない。あんなもの災害じゃないか」


 慌てて«身体強化»を掛けると、アレルは少女を抱えて島を駆け降りる。

 まだこれなら追いつかれる前にシダールのところまで行けるだろうと湖面まで降りたときアレルは気づいた。


 「えっ、なんで魔術が普通に使えてるんだ?もしかして魔力濃度が薄くなってる?」

 「だとしたら、魔獣も?」


 霊峰の魔獣は、同じ種のものでもカムイカムラのそれと違って魔術を使わない。それは霊峰の濃い魔力が魔術の使用を困難にしているからと思われていた。


 「本当にカムイカムラ並みってことか…」


 だとすると、シダールのところまで追いつかれない保証はない。いつもなら鈍重な魔獣も魔術を使えるなら別だ。カムイカムラは魔境だと、あのデネブが苦い顔をしていたのをアレルは思い出していた。

 しかし冷静に状況を考えるならば、御神渡りのときのあの地鳴りはシダールにも聞こえたはずだ。ならばこちらに向かってきてると考えるほうが自然であろう。

 島から、湖のほとりまでは六キロ弱。ただ、この真円の湖では目印もなく、船着き場の方向はざっくりとしか分からない。

 もし、シダールが向かってくる方向とこちらが十五度でも逸れたまま進めば、一キロ毎に二六〇メートル程逸れてしまう。信号弾もなく、声も探知魔術も届くか分からない。


 「しかも白装束じゃあ見逃しちゃうだろうなぁ」


 シダールがすでにこちらに向かっていれば、もう十分もしないうちに到着するだろう。最悪なのは魔獣の目的が自分もしくは少女で、すれ違ったまま合流できず一人で魔獣と相対すること。このままここにいれば会敵まで三分もかからないだろう。武器もなく少女を守りながら合流まで持ち堪えられるか。いや、無理だ。

 アレルは横目でちらりと黒髪の少女を見る。

 ならば…、少女を置いて一人で走るのであれば或いは…。


2.


 デネブたち四人はまるで死地に向かうような相貌(かお)で、中央島へ向かっていた。百戦錬磨のベテランといっても良い四人が揃って険しい顔をしている。それほどまでにウシュマ湖全体には不穏な気配が満ちていた。幸い狂乱した森の魔獣たちは追いかけてこないようだ。それを見てデネブは即座に指示を出す。


 「広がれ!アレル様がこちらに向かってる可能性がある。決して見逃すな!」


 四人はそれぞれ散会し探知魔術を展開した途端、その手応えに違和感を覚えた。ウシュマ湖の魔力濃度が低下し普通に魔術を扱えるようになっていたのだ。


 「ちっ、次々と」


 度重なる異常。明らかに漂う只ならぬ空気。正体の見えない危機にデネブは思わず舌打ちをする。

 四人はこの事態に呼応したように同時に«身体強化»を掛け、飛ぶように駆け出した。


 「なにか気持ちが悪いな」


 デネブの胸中には人為的な罠にかかってしまったような思いとどうしようもない運命に巻き込まれたような不運だという思いが同居し渦巻いていた。誰かの思惑にしては規模が大きすぎるし、不運にしては出来すぎている。そんな違和感をデネブは消せないでいた。

 

 その頃、デネブもアレルも知る由のない霊峰の北では、正体の見えぬ危機は夜を越えて、樹海の遥か上空で雄々しい翼を悠然と広げていた。()()は深い知性の宿る双眸で霊峰を(しっか)と見定めている。悠久を生きる神話時代の古龍。歴史上、人の世に殆ど現れることのなかった伝承の存在がウシュマ湖を目指していた。


 霊峰の魔獣たちは古龍の近づく気配にただ脅え、畏れ、そして狂乱したのだ。今ウシュマ湖で起きている異変は副作用に過ぎない。森の魔獣も、霊峰の魔獣もただ逃げ場を求めて抗っているだけだ。より安全な聖地へ、より安全なその中心へと。

 デネブもアレルも知る由はない。今最も危険なのはウシュマ湖であることを。ここ一帯の魔獣がそこに集結しようとしていることを。


 デネブたちが岸からある程度離れたのを見計らったように、森の魔獣も湖面に溢れ出してきた。四人はすぐに気付いたが、すでに戻って退路を確保するような事態ではなかった。基本的に大型個体を相手取る場合は三人で当たる。故にこの先、何かあると確信している四人は戻るという選択肢は選べなかった。三人で戦闘にあたり、一人はアレルを逃がさねばならない。サルリアンも本当にギリギリの戦力をよく用意したものだとデネブはひとり感心していた。


 「目標はジュネヴァの祠!アルゴルとリゲルは後方の牽制!私とシダールは前方の探知角最大。各自最速で祠まで向かえ!」


 祠まで十分。四人は己の出来る最大で祠を目指し駆け出していく。

 何もない湖面は視界は充分だったが、凍った湖面は眩しい上に広大な湖の上。見逃してなるものかと見開いた眼に、違和感を最初に覚えたのはシダールであった。


 「デネブ隊長!前方十一時の方向に隆起した氷が見えます!」


 一斉に目をやると、そこには高さ2メートルほど隆起した氷が続いている。アレルは少女が現れたから御神渡りと判断できたが、デネブたちには見当もつかない。ただ胸中に不安が走るばかりであった。

 四人はアレルの無事を各々に祈りながら湖面を最速で駆け抜けていく。


3.


 肩を揺らし白い息を吐きながらアレルは奔っていた。酸素の供給が足りず、こめかみに痛みが走る。両手に抱えた少女は未だ眠っていた。

 結局、少女を見捨てることはできなかった。包囲されれば打つ手がない島を離れ、アレルは合流に賭けた。氷脈の上を伝えば見つかりやすいと考えたからだが、それは魔物からも見つけやすいことを意味した。正に賭けだ。今、やるべきは只奔ること。シンプルな決断は、彼に蛮勇を与えた。

 魔獣はもう隣の氷脈まで迫っている。咆哮が近い。肺は酸素の欠乏を叫び、脳は身体に止まれと命じるのを無理矢理振り切りアレルは脚を動かし続けた。ボヤけてくる視界。激しくなる血流に身体が脈打っている。それでも両手は(しっか)りと少女を抱え、脚は湖面を駆け続けた。


 そして、彼は賭けに勝った。


 「右氷脈の上、アレル様です!」


 隣の氷脈を走るシダールの声にアレルは湖面まで一気に滑り降り、ようやく合流を果たした。


 「霊峰の魔獣が群れで来ている。もうすぐそこだ。デネブ、判断を仰ぎたい」


 少女に目をやりながら状況を確認するデネブ。

 人生でも類を見ない最悪の事態。


 「シダール、信号弾を打て。我々は中央島を目指す」


 重苦しい空気が流れる。デネブの決断は湖からの脱出ではなく篭城。逃げ切るのは不可能。それがデネブの判断だった。


 「走れ!氷脈から頭を出すなよ!」


 異を唱えるものはなく、一斉に皆中央島を目指す。

 それぞれの覚悟を胸中に秘めて。

 幸い氷脈がこちらの動きを隠してくれる。魔獣が踵を返すアレルらに気付くまでに少し間がある。その隙に中央島に辿りつけば可能性はまだある。デネブの読みでは絶望の一歩手前。正に一縷の望みに賭けた篭城戦であった。


 しかして、デネブの判断は正しい。

 森から溢れた魔獣は津波のように湖面に溢れていた。この中を突っ切ろうとすれば、あっという間に大型魔獣に囲まれてしまっていただろう。

 

 群れと相対してしまったら終わりだ。高さを利用し島への侵入を防ぎつづける。活路はそこしかない。先ほど上げた信号弾はオロークに届いたはず。ならば最速で半日。夜まで防ぎつづければ勝機はある。

 しかしデネブは言わなかった。最終手段として祠が使えるかもしれないことを。そして後見として一人残るなら自分だとデネブは腹を決めていた。 


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