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天涯のリリィ  作者: 二親紀伊
出逢いであっても
5/8

三度目の冬籠り その2


1.


 真夜中。霊峰から(いなな)くような(おろし)が吹き荒れ、雪で重くなった木々が大きく揺れている。暗闇のなか、不穏な気配に騒ぎ立てる獣たちが逃げ惑う。

 しかし、()()()逃げていいのかわからない。闇雲に吠え立てたるもの、木の洞に身を潜め縮こまるもの、そのどれもが怯えている。

 鋭敏に危機だけは感じるが、何が危険なのか、何処が危険なのかわからない。にもかかわらず、どこもかしこも危険に満ちていて獣たちは狂乱の様相を呈していた。


 折しも満月の夜。霊峰の遥か北では天に満ちる月が樹海に巨大な影を落としている。

 誰もが寝静まる中、不気味な夜は刻々と過ぎゆく。

 誰一人気付かぬ中、巨大な影は着々とウシュマ湖に近づいていた。


 そうして不穏な夜は過ぎゆき、密やかな狂乱の夜が明ける。

 太陽は世界を照らす。異変を抱えたままの世界を。

 そして()()は、ウシュマ湖で始まった。


 暁天に響き渡る氷の軋む音。

 氷結したウシュマ湖の湖面は悲鳴を上げている。

 そして軋みが臨界点を迎えた、その刹那、轟音を立てながら凍った湖面が走るように隆起していき中央の島へとぶつかった。

 『御神渡り』である。

 有明けの湖に、まるで山並みを模したような六つの氷脈が顕れた。


 と、同時に青く輝きだす祠。天まで届くような青い光は遠く教会まで届いた。

 朝稽古に出ていた教主サルリアンは、「ついにきたか」と誰にも届かぬ声でそう零した。


2.


 アレルは地鳴りのような轟音に飛び起きたが、途端、祠を照らす眩い光に目をやられる。

 三日ぶりに浴びる強い光に、少しづつ慣れてくると中空に浮く光る少女が見えた。

 アレルは混乱する頭で、必死に考えを整理する。

 シダールはいない。光があるから外かと思ったが、まだ祠の中らしい。耳鳴りはするが、体に異常はない。

 取り留めもなく状況を確認していると、少女の発光がだんだんと弱まっていき、少しづつ浮力も落ちてくる。少女が落ちないよう下で構えるアレル。その瞬間、唐突に光が消え、落ちてきた少女を慌てて抱き止めた。

 呆然とするアレルの手に伝わる重みと温もりは、少女が生きていることを告げていた。


 「«灯り»」


 魔術で明かりをつける。

 どうやら少女は眠っているだけのようだ。

 見掛けは至って普通の少女に見える。ジュネヴァの使いのような、思わず敬服してしまう神聖さも感じられない。

 人間なのか?

 アレルは答えも出せず、じっと少女を見つめていた。


 『そこにいるのは誰か』


 『使い』の声が唐突に響くと、いつのまにかアレルは少女を抱いたまま外に出ていた。


 「えっ?」


 戸惑うアレルに再度告げる声。


 『そこにいるのは誰か』


 慌てて少女を寝かせ、傅くアレル。


 「地鳴りのような音とともに現れた少女にございます。」


 『……い………の……か』


 不明瞭な音の羅列に意味を読み取れなくなるアレル。困惑するなかで、この場から消え去った神聖さが、『使い』がもういないことだけを告げていた。


 「いやいや、どーすんのこれ」


 未だシダールが迎えに来ないところを見ると予定よりも早く祠を出たのだろうとアレルは考えていた。太陽の位置からするに、まだ朝のようである。

 迎えは昼のはず。となれば待つべきか。

 まずは情報をと、アレルは島の縁から湖を見渡すと、そこには案の定凍った湖面。そして放射状に伸びた六本の隆起した氷脈。


 「御神渡り…」


 アレルは少女の正体に思い当たった。異世界の少女だ。


 「でも、このジュネヴァの聖地で?」


 世界には主神と五柱の神を祀る聖地が六つある。

 主神オデッシアの白丘(オーブ)。慈神ミュロスの赤壁(トレーン)。軍神へリオンの翠冠(ローレル)。匠神ギロの黒棺(キャスケット)。廻神エルデンギュヌスの橙窟(ランタン)。そして理神ジュネヴァの蒼杯(ゴブレット)

 御神渡り自体は珍しくない。各聖地で起こってはいたが、このジュネヴァの地で起こるのは初めてのことであった。


 未だ眠る少女。アレルは頭の整理がつかないままではあったが、ひとつ確信できることがあった。それは自分の未来はもうまるで予測できるものではなくなったということだ。

 大人びたというには枯れすぎているこの少年は自分の未来は予測可能な範疇におさまるものと考えていた。青春を馬鹿にし、夢を見ず、自分の才覚など微塵も信じていない。それでも現実に折り合いをつけることを良しとしないという先送り主義的な浪費癖。必死にならず、本気になれず、ただ自らを観測するだけでも、そこそこ充実した人生を送れることだろうと、そう信じた諦観はいま、見事に消し飛んだ。

 アレルは笑った。

 いつ失ったかわからない、感情をありのままに発するという快感。感情と表情に隔たりはなく、発露までの時間差もない。これほどの快感をいつの間に失っていたのだろう。

 アレルは運命を予感し、いま何かが始まったのを知った。

 刺すように寒い冬の早暁、重たい雲が押し寄せる曇天のもとで。

 

3.


 デネブは吠えた。


 「総員、遅れるな!」


 先ほど聞こえた地鳴りとともに見えた青い光。あれはジュネヴァの聖印の光だ。いままでの冬籠りで初めての現象…、それがデネブの焦燥を駆り立てた。


 遡ることアレルの冬籠り初日。飛文(ひぶみ)を受け取った教主サルリアンは過剰戦力ともいえる精鋭三人を選出し、即時ウシュマ湖に遣わせた。直ぐ様に出発した三人は、二日目の朝には湖のほとりでシダールと合流する。冬籠りの終わる朝まで待機というところで、その前夜、問題が起こった。

 森にいる動物も魔獣も一斉に錯乱したかのように暴れだしたのだ。凍った湖面に立ち入ろうとはしなかったが、デネブたち三人とシダールは正気を失った魔獣の対処に夜通し費やすこととなった。

 暗闇での戦闘であったが、元々このあたりの魔獣は小型のものが多く、錯乱して普段の狡猾さも皆無なため対処自体は楽だった。むしろ骨が折れたのは魔力の濃いウシュマ湖での戦闘自体だ。魔術精度がどうしても荒くなってしまい無駄打ちも多くなっていた。長期戦を想定しているデネブには頭の痛い事態だ。

 それでも、この四人は明らかに過剰戦力だった。普段、カムイカムラ山脈の魔獣を相手にしているデネブ、アルゴル、リゲルからすれば、この辺りの小型魔獣など相手ではない。シダールも元とはいえデネブたちの隊に所属していた身である。どう考えても過剰なのだが、デネブが気になるのはサルリアンの采配だ。

 確かにサルリアンは「死んではつまらん」と、余裕を持った采配を振るうことが多い。だが、あの人の本質はそこではない。「死んではつまらん」の本質は死ぬことも仕事の内だということに他ならない。武人の本懐といったほうが近いであろうサルリアンの本質。それは神に奉じた人生と相反する忠義。彼は領民のために戦い、そして死にたかった。ただそれは忠義のためだ。己のなかに定めた領民を守るという誓いはサルリアンの中で、守るべきものを自身の上に置き、忠義立てるという逆転が起こっていた。そしてそれは決して殉教などではなかった。

 しかし、ノートンの血がそれを赦さない。彼が死ぬのは殉教でなければならなかった。その諦めからくる言葉が「死んではつまらん」だ。

 思えば、アレルの諦観はこれを受け継いだに過ぎないのかもしれない。

 ともあれ、死ぬことも想定内のサルリアンは過剰戦力まで注込むのを良しとしない。ならば、今の事態は前哨に過ぎないのではないか?

 そうデネブが考えたのは自然なことであった。 

 

 考えが纏まらないまま、戦闘は夜通し続いた。そして東の空が白んできたころ、それは起こった。

 突然鳴り響く地鳴りと天を衝く青い光。四人は一斉に湖面へ躍り出た。


 「総員、遅れるな!」


 デネブの危機感は、カムイカムラと同等なものを感じ取り、思わず部隊のつもりで命令を出していた。が、それに気付くものがいないほど状況は緊迫していた。自身の死の匂いを嗅ぎとった四人は一気に湖面を駆け出した。最も死臭漂うウシュマ湖中央の島へと。

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