ノートン家の食卓
1.
アレルが市街から邸宅へ戻ると、すでに夕餉の時間であった。
食堂には祖父であるサルリアン、父カルロ、母パメラが席に着いている。離れて暮らす両親がともに集まるのは珍しいことだが、母の目が吊り上がっているのを見るに、すでにもう冬籠りのことは聞き及んでいるようだ。
アレルは目を合わさぬよう静かに着席した。
「今日はお前の好きなものを用意させたぞ」
サルリアンがそう言うと、食卓に皿が並ぶ。
まずは蕪のソテー。酢とオリーブオイル、それに岩塩とハーブで味付けされている。トッピングされた細切れセロリの苦みが癖になる一品だ。スープは定番であるジャガイモのポタージュ。肉料理は牛ほほ肉の煮込み。じっくり火を入れた牛ほほ肉にバターを溶かし、トマトとハーブやたっぷりの野菜をベースにしたスープで煮込んだものだ。サワークリームをたっぷり入れて食べるのがアレルの好みである。あとはチーズとパン。デザートにはソルベも用意してある。いつになく豪勢な食卓である。いや、言わずもがな、冬籠りを控えたアレルの最後の晩餐である。
赤ワインを片手にサルリアンはアレルを見やる。母が醸し出す緊張感に耐えかねてか、目立たぬよう音を潜めて牛ほほ肉にたっぷりサワークリームをつけている。まさしくそれは子供らしい振る舞いであったが、そこには、ある種のわざとらしさがあった。こういうとき子供はこうするものだという偽物の振る舞いをサルリアンは感じ取っていた。
食事は進み、カトラリーの音だけが響くなか、パメラは軽く息をつくと
「お義父様、いくらなんでもアレルに厳しすぎではありませんか」
よくよく考えれば、アレルのしたことは剣の習練に身が入っていなかっただけだ。それで冬籠りとは罰としてあまりに見合っていない。家長の威光も届かぬ、いや、感じ取れぬ母パメラは率直に問い質した。
矛先が自分に向いたサルリアンは髭を触りながら目を細める。
「いや、ついな」
思うに、あれは、あの仕合は冒涜的であった。凡才を許さぬ天才の所業であった。齢七十を超えるサルリアンとて見たことのない才能の萌芽と凡才の否定であった。さりとて、アレルに邪気があったわけではない。「できるからやった」単にそれだけであろう。それ故、扱いが難しい。また褐色の少年ワードも才がないわけではなかった。これを潰しかねない事態も避けねばならぬ。サルリアンとて苦渋の選択であった。「それに」そう思ったと同時にカルロが口を開く。
「まぁ、いいじゃん」
寡黙な見た目に反し、カルロの言葉はいつも軽い。辺境の一家らしく自由な食卓の中、一人完璧なマナーで夕食をすすめる伏し目がちなこの男の言動はいつも軽かった。愁を帯びた長い睫毛。薄い唇。きっちりと横分けにした髪型。およそ醸し出す雰囲気とはかけ離れた言動だ。
「おやじにも考えがあるんでしょ?」
「それよりも、ジルベルトだよ、ジルベルト。どうにも堅物でいけないよ。未だに浮いた話の一つもないじゃん」
恋愛脳のカルロ。息子としてはあまり嬉しくないことだとアレルは密かに嘆息する。兄ジルベルトもそんな父を反面教師にしたから、あんなに堅物になったのだ。いや、そんなカルロもまた父サルリアンを見てこうなったのだろうから、これはノートン一族の宿命なのかもしれない。それほどに一族には極端な人間が多い。とはいえ、アレルとしては話題が逸れて助かったところである。
「そうね、私たちの頃はもう少し家のことを考えたものだけれども」
父と母の「私たちの頃」の話は長い。ジルベルトの学院生活と比べて、ああでもない、こうでもないとアレルとしては聞き飽きた話が展開される。いつものように聞き流しながら食べ進めるサルリアンとアレル。恋愛脳夫婦は、黙々とデザートのソルベまで平らげ部屋に戻った二人に気づくこともなく、思い出話に花を咲かせていた。
2.
先ほどの料理はどれも異世界のものだ。
この世界では度々異世界からの来訪者が現れる。彼らはこの世界に様々な変革を起こした。その皮切りとなったのが料理の知識であろう。多様な専門知識を有する者も多く来訪したが、設備や前提となる技術の土壌ができておらず、科学の普及は遅々として進まなかった。そこで料理である。ほとんどの来訪者に知識があり、さらにはその味を求める姿は貪欲で、至るところでレシピが広まり、あっという間に市民権を得たのだ。
料理の普及から異世界知識の忌避感は薄れ、今では様々な文化や技術が根付いている。
さて、アレルは異世界マニアであった。様々な異世界に関することを蒐集している。異世界品は一つしか持っていないが、文化芸術の情報はかなり集めていた。地理歴史から漫画アニメまで、とにかく異世界のこととなると異常な執着をみせる。その一つに「異世界についての謎」がある。
まず、最初の渡来はいつどこで起きたのかわかっていない。最初にこの世界に来た異世界人の記録は残っていないのだ。だが、どんな古文書にも異世界人の描写が散見されることから、相当昔から世界を渡ってきているのだろうと云われている。古来から数多の人々がこの世界を訪れ、そのおかげで今では多様な異世界の歴史や地理・文化までも纏められている。
次に、どんな異世界にも魔物はいなかった。魔法もなかった。これだけはこの世界だけの特別なものであった。
この世界に蔓延る魔物。この対処法を持っている世界はない。故に異世界の知識がこれだけ入って来ていながら、この世界の発展は進んでいない。魔物に生存圏を分断されている人類では十全に異世界の知識を活かせていなかった。
三つの大陸のうち、まともに生存できているのは一つだけ。他は魔物が蔓延り、海域もまともに使えない。分断を産んだ魔物とは何か、それに対抗する魔法とは何か、なぜ異世界にはそれらがないのか。これも異世界謎の一つである。
さりとてアレルは、それらを解き明かそうと思っているわけではない。ただ、純粋に知りたいだけである。取り止めのない身に余るほど大きな謎を前に思考停止するように寝返りを打った。
アレルは唯一持っている異世界品を手に取りながら、先ほどの母の疑問を思い返す。
「確かに、おれだけ毎年なんだよなぁ」
アレルは他の子に比べて、むしろ真面目で落ち着いている方だ。まるで毎年行くことが決定していて、後付けの理由で冬籠りを命じられてる気さえしてくる。
最初は教主一族だからかとも思ったが、兄ジルベルトはそんなこともなかった。
まぁ分からないことに思索を深めても栓なしと、アレルは手に持った異世界品であるワンドを振り回す。
このワンドは、巡礼の際に立ち寄った雑貨屋で見つけたものだ。店主曰く、道端に落ちていたもののようだ。店主は誰かの落とし物かと思い、ギルドの武器登録に当たってみたが誰の持ち物でもなかった。一通り調べた結果、ギルドも恐らく異世界品だろうというので、店主は店に並べることにしたそうだ。
ごく稀に起こる『人間』の異世界転移に比べて、『物品』の異世界転移は頻繁に起こる。それほど珍しいことではないのだが、異世界マニアは存外に多く中々手に入らない。
アレルは一も二もなく購入し、喜び勇んで巡礼に身が入らないほどであった。
魔法のない異世界のワンド。どこの異世界かは分からない。しかし、アレルは密かにこのワンドは世紀の大発見なのではと僅かながらに期待していた。いつか秘めたる力が目覚めるのを内心に期待し、夜な夜なワンドを振り回すアレルであった。
3.
「オヤジ、話がある」
皆が寝静まった深夜、カルロはサルリアンの部屋を訪ねた。
「今年なのか?」
カルロは無表情のままであったが、其処は彼となく覇気を感じる。
「分からぬ」
サルリアンもまた無表情である。夜空を見上げると流星が一つ落ちていた。
「だが、今年かもしれぬ。オデッシア教が動いたという話だ」
「そうか」
しばらく無言が続いたのち、サルリアンは棚から空のグラスを持ち出した。
「寝しなに一杯どうだ」
サルリアンは秘蔵の酒を片手に満面の笑みを浮かべた。今夜は長かろうと、カルロもまた父に付き合うことにした。




