3で割れますね、うふふ
我が家の三つ子姉妹のお話です。
愚作『三つ子姉妹の運動会』と重ねてお読み頂くと幸いです、
「あの~~たいへん不躾なお願いがあるのですが・・・」
ずいぶんと畏まった風情で、そう口にしたのは長女のアヤカ。
食事を終えて居間でくつろいでいた僕に向けての言葉である。
不躾なんて言葉、小学3年生が使うか、普通・・・
居間の入り口付近で、エミナとカナが、ちらちらとこちらの様子を覗っているようだ。
この配置から察するに、3姉妹を代表して長女のアヤカが、僕に声を掛けたとみるのが妥当だろう。(なになに?)と問う。
「大変恐縮なのですが、お正月にもらったお年玉の一部を、いま頂戴する訳にはいかないでしょうか?大変に恐縮なのですが・・・」
アヤカの、この小学生とは思えない言葉使いは、小学1年時の担当女性教師の話し方の真似らしい。家庭訪問や授業参観で、僕も何度かこの教師とは会ったことがあるが、確かにそんな話し方だった。それでも、普通学校で生徒に対して、こんな話し方する?まあ、いい。
「でっ、いくら位?何に使うの?」
親戚から娘たちが貰ったお年玉は、娘たちのものである。僕たちが保管しているだけのことだ。拒否するつもりは毛頭ないが、それでも使い道くらいは聞いておくのが親というものだろう。
「じつはですね・・・」
アヤカがゆっくり、おっとり、10分以上の時間をかけて語ったお年玉の使い道について、要約するとこうだ。
今日の放課後、友達と近所の公園で遊んでいた時、敷地内に植えられていた薔薇の棘に、ジャージの肘の部分をエミナが引っ掛けて、そこが破れてしまったというのだ。
この破れたピンク色のジャージはエミナのお気に入りで、ひどく落ち込んでいるエミナを哀れに思い、アヤカが自分のお年玉で、新しいジャージを買って上げたいとのことだった。
何とも心温まる長女の優しさであるが、ここで一つ疑問がある。
なぜアヤカのお年玉なのか?その疑問をストレートに僕は問う。
「実は・・・運動会の時にですね・・・」
またまたアヤカが拙く、おっとりと話した内容は次の通り。
クラス対応リレーの選手に選ばれたアヤカであるが、アヤカの脚は出場選手の中では速い方ではなかった。むしろ遅かった。
そこでエミナが、メーカは忘れたが、“俊足”だか“高速”だか、子供たちの間でえらく人気の超軽量の運動靴を、アヤカにプレゼントしたらしいのだ。お金はエミナが自分のお年玉から出したようだ。
「そのお返しをアヤカはしたいのです~ダメですかね?」
ダメな訳があるか。こんな姉妹愛を見せられて、ダメっていう父親がどこに存在する。
「カナのお年玉も使ってもいいよ~」
居間の入り口付近で立っている色白のカナがダメを押す。
「でっ、その新しいジャージはおいくら位するの?」
「近くの〇マムラに行ってみたら、3000円くらいでした。お高い買い物で恐縮なのですが~~~」
高いものか。さすがは〇マムラだ。それよりも、こんな素晴らしい姉妹愛、何十万円払っても見られるものか!
ほとんど涙ぐみながら、ハンガーに掛けてあった背広から、僕は財布を抜き出す。
「お年玉は使わなくっていいよ、可愛い可愛い3姉妹へのお小遣い。はい」
僕はサイフの中から、比較的きれいな一万円札を取り出して、代表でアヤカに手渡した。
「これはこれは、このご恩は一生忘れません~~」
アヤカが丁重に頭を下げる。
「魔物ぅ~ありがとうな~」
補足が必要だろう。次女のエミナは、なぜか僕の事を“魔物”と呼ぶのだ。
所以はまるで心当たりがない。
そろって僕に礼の言葉を残して、3人は子供部屋へ帰って行った。
20分後、3人は居間に戻ってきた。アヤカが先頭でエミナとカナは入口付近。
最前と同じ配置。
「重ね重ね申し訳ないのですが、もう一つお願いが・・・」
実に申し訳なさそうなアヤカの表情。なになに?お金が足らない?
「さきほど頂いた一万円ですが、9999円にして頂けないでしょうか?3人では割れません」
さすが三つ子だ。可愛すぎる三つ子だ。そして緩む。僕の財布の紐がつい。
「じゃあ、これなら大丈夫?はい、追加で5000円」
「一万五千円なら、3で割れますね。うふふ」
アヤカが笑った。
後日談・・・
「あの~~今月のお小遣いがちょっと・・・」と僕。
「ダメ!」一刀両断の女房。
「魔物ぅ~何か困り事か?」
真新しいピンク色のジャージ姿のエミナが、うなだれる僕に声をかけてくれた。