乙女の秘密の武器
「すごい!まるで高級な織物みたい…!」
「本当だ、こりゃ凄いね。私も試してみたいよ。」
「"しゃんぷー"って気持ち良いね!綺麗になるだけじゃなくてとても良い香りだよ…!シスターたちも使ってみなよ…!」
しばらくしてシャンプーの試作品が完成し、実験台もとい日頃の感謝を込めて皆にシャンプーを使うことにした。泡立てて使うタイプのシャンプーではないため、使い方に工夫が必要なのが難点だが、どうやら効果としては上々のようだ。
「では、次はシスター。もう一度手順を説明しながら行いますね。」
「うふふ、楽しみだわ。」
ここまで上機嫌なシスターを見るのは初めてだ。これは販売した時の反響も良さそうだ。
「まず、予洗いを行います。桶に触っても熱くない程度のお湯を張り、髪の毛だけでなく頭皮まで浸してください。」
「あ~この時点で気持ち良いわ~…このまま寝てしまいそう…。」
「寝るのは後にしてくださいね。予洗いが終わったら水気を軽く切り、もうひとつ用意しておいた桶に髪の毛を浸します。」
「この桶には既に“しゃんぷー”が入っているのね!いい香りがするわ~…。」
「そうです。二つ用意する手間はありますが、予洗いで多くの汚れを落とすことが出来るので、お湯やシャンプーの量も多くは要りません。この桶で頭皮まで浸し、髪を撫でるように優しく解していきます。頭皮はゆっくりと薬液を染み込ませるように…。」
「あぁ………なんてきもちよさなの…まるでお貴族様になった気持ちよ…。」
「ふふふ、良かったです。最後に蒸した布で髪の毛を拭き取り、乾いた布で髪の毛を乾かしてください。」
「すごいわ…。もう既に髪の毛に艶を感じる…。」
「この手順を紙に書いて売り込めば誰でも使えると思うのです。販売価格は1つ大体5ゴルくらいを想定しているのですがいかがでしょうか。」
「んー、まず第一に文字を読める人が少ないわ。聖書の内容だって私たちが読み聞かせをしているくらいですもの。」
「そうだね。ただ、価格は妥当なんじゃないかね。これほどのものなのに、むしろ安いように思えるが…。5ゴルというのは固定なのかい?」
そうか、識字率の低さについては考えが及ばなかった。実演販売をするには準備が大変だ…。
さて、どうしようか。
「誰でも5ゴルさえ持っていれば販売するという固定価格による販売方法を取ろうと思っています。やすいと思うのは効果の程を理解したからだと思うので、未経験者に販売するにはちょうど良いかもしれませんね。使い方については販売初期段階では体験販売に切り替えます。使用方法の普及が急務であるという理由もありますが、二人の反応を見るに"人の手"により洗浄してもらうというのは存外気持ちの良いものらしいので…。」
「うん!とっても気持ちよかったよ!病みつきになりそう!」
あとは小分けにして売る方法だが、どうしたものだろうか。
「シスター、一般家庭に瓶や陶器はあるかな。シャンプーの主成分は油だから浸透しない容器が良いのだけれど…。」
「そうねぇ、瓶は高級品なので皆もっていないと思うわ。陶器なら余っているものもあるはずだから、しゃんぷーが欲しい人に持ってきてもらえばいいと思うわ。」
なるほど、豆腐屋さんのように鍋やボウルを持参する方式にすればよいのか。
「ありがとうございます。色々と見えてきました。今度開催される聖書の読み聞かせ後に教会前で販売しても良いですか?」
「あぁ、やってみるといいよ。販売の名目を孤児院への寄付にすりゃいいさ。」
柔軟な思想を持つ院長で助かる。孤児院の子たちによる奉仕と寄付のお願いとして活動すれば、営利目的として受け止められずに済むだろう。
「それよりも、次は私だよ。コウノスケ、私にもしゃんぷーを使っておくれ!」
顔にはあまり出ていなかったが院長の我慢が限界のようだ。販売方法や場所、価格について概ね方針が決まったので院長を労ることにした。
「おおぉ…これは…すごいねぇ…」
惚けてゆく院長の顔はまるで乙女のそれであった。
販売に向けて準備を進めて三日が経った。
実演用スペースの準備、お湯の手配、洗髪係に任命したノアとグリムの技術的な教育、そして広告塔のナディラとアエラに接客のいろはを教えてきた。このあたりはここに来る前の知識と経験が役に立った。
「そろそろお客様がお見えになります。皆さん、頑張りましょ~!」
「「「「お~!」」」」
やる気も十分。あとはお客様の目を引く準備だ。
天気が味方してくれたおかげでナディラとアエラの髪が美しく靡く。
すると読み聞かせを聞き終えた方々が一斉に注目した。
「孤児院から皆様に奉仕と寄附のお願いです。」
「こちらにあるシャンプーを使って皆様の髪の毛を洗わせてください!」
ナディラとアエラの二人がそう呼びかけると、女性が何人か近寄ってきた。
「ねえねえ、そのしゃんぷーというものを使うとあなた達のように綺麗な髪になるの?」
「なんだか良い香りもするわね、それもしゃんぷーのおかげなのかしら?」
矢継ぎ早に質問が来る。ナディラとアエラは呼び込み後のことを伝えていなかったのでフォローに入る。
「ここにいる全員にシャンプーを試しております。効果の程は恐らくご想像の通りかと。皆様は今でも魅力的なお姉様方ですが、シャンプーを使うことで髪本来の美しさを際立たせ、より魅力的な女性になることをお約束いたします。また、こちらのシャンプーには匂いを付けているため、意中の異性を振り向かせるための秘密の武器にも成り得るでしょう。」
ペラペラと口からこぼれ落ちる歯の浮くような台詞も、シャンプーがもたらした綺麗な髪の前では最強の宣伝文句になるのだ。
「わ、わたしも使ってみたいわ!どうしたら良いのかしら!」
「5ゴルって書いてあるけど、それがお値段?」
「寄付は一律5ゴルでお願いしております。今回は皆様に使い方を覚えていただくため、奥の洗髪スペースで係の者が洗髪の奉仕をさせていただければと考えております。ご希望の方はどうぞこちらへ。」
興味を持ってくれた数人が洗髪スペースへ流れ、実演販売が始まった。
「もしお客様がよろしければ、これから実演する様子を他の方に見ていただいてもよいでしょうか。もちろん代金は頂きませんし、お土産として次回無料で一回分をお渡しする券をプレゼントいたします。」
最初に来ていただいたお客様の二人にコッソリと耳打ちしたところ、了承を頂けた。
恥ずかしくないように顔を適温に蒸した布で多い、よりリラックス効果を高めた。
布にもシャンプーと同じ匂いがほのかにするようにしてある。
「もし待ちきれない方は実演しておりますので使用方法をご確認後、油の染み込まない容器をお持ちいただければ5ゴルでお譲りもしております。」
すると人が一斉に群がり始めた。
気持ちよさそうにする様子
しっかりと汚れが落ちて艶が出た髪
仕上がった髪から香る良い匂い
これらを見せつけられた人は我先にと家へと戻り、数分後にはシャンプーの販売に長蛇の列が出来ていた。
実演販売との両立によりシャンプーの在庫は底をつき、販売できなかった方々には次回割引されるクーポン券を手渡した。日本語で「割引券」と書かれた木の板を不思議そうに見つめる人が大半であったが、皆一様に嬉しそうであった。
「とりあえず、みんなお疲れ様でした!」
寄附金額は42人に販売できて、210ゴルであった。
これで暫くは皆で良いご飯が食べられるだろう。
シスターたちも結果を受けて嬉しそうであった。
その日の夕飯では僕が来てから初めてのお肉が出てきた。
反応を見るに皆も殆ど食べてこなかったらしい。
皆で今日の成功を分かち合いつつ、それぞれ床についた。
僕はベッドで横たわりながら今後のことについて考えていた。
とりあえず噂の種は撒いた。
あとは運次第。
販売はゴールではない。
むしろこれがスタートなのだ。
「あぁ、神よ。僕に力をお貸しください。」
そう言い聞かせ、強く願うと自然と神に祈っていた。