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エピローグ/とある刑事の憂鬱

 息子に鋼和市での土産話を聴かせて寝かし付けた頃には、午前零時を回っていた。

 ダイニングテーブルを挟み、妻と向き合うように座った清水は嘆息する。

「もうこんな時間か。小学生には少しきつかったかな」

「そんなことありませんよ。あの子、とても楽しそうでしたよ」

 妻はそう言って、グラスに酒を注ぐ。

 夫婦二人っきりの晩酌。とても懐かしく、愛おしく感じる。

「それは良いが、あんまりあいつの影響は受けないで欲しいものだ。教育に悪い」

「お話を聴く限りだと、確かに色々過激なことをしていたようですね。でも、その探偵さんは決して悪い人ではないですよ」

「……会ったこともないのに解るのか?」

 口に運ぼうとしたグラスを下ろす。

「ええ。とても誇らしげに語る、あなたの顔を見れば解ります」

「……そう、か?」

「はい」

 困惑して空いた手で口元を覆う清水を、妻は穏やかに見つめる。

「刑事なのに、そんなに顔に出ていたか?」

「楽しいことや嬉しいことは、自然と顔に滲み出るものですよ。刑事とか関係なく、誰だってそうでしょう?」

「……俺が、あいつを誇らしく思っているって?」

 妻には悪いが、流石にそれは無いと思う。

「ええ。その探偵さんとは良いお付き合いをしているようで」

「そうかぁ? いっつもあいつに振り回されてるぞ。いつの間にか厄介事に首突っ込んで、そのシワ寄せで毎回ヒドイ目に遭うわ、報告書や始末書が増えるわ、散々だ」

「それは大変でしたね。でも、充実していたようで何よりです」

「充実って……おいおい、笑い事じゃない」

 あら、と弧を描いていた口元を手で隠す妻の仕草は、どこか上品すら感じる。

「ごめんなさい。でもあなたこそ、文句を言う割には顔が笑っていましたよ?」

「……嘘だろ?」

「本当です」

 しかめっ面を浮かべて、清水はパシッと自身の頬を叩いた。

「鋼和市は、本土こちらよりも都会なのでしょう?」

「ああ、小さな島ひとつが丸ごと万博博覧会の会場みたいな所だよ」

「オートマタにサイボーグ……本当にSF映画のような街なのですね」

「現実になればSFじゃなくなる。本土もいずれはそうなるさ」

「そんな所であなたは、私が想像だにしない事件や犯人と戦っているのでしょう?」

「……少し大袈裟に聞こえるが、まぁそうだな」

「時には怪我もしたり?」

 心底心配する妻に、ばつが悪い表情を浮かべる清水。

「少しくらいなら怪我もするさ」

「…………」

「……ごめんなさい」

「よろしい」

 まるで母親に悪戯が見付かってしまった子供のようだ。

 単身赴任(仕事の都合)で息子共々置いて行ってしまった手前、妻には頭が上がらない。

「お話を聞く限り、どんなに危険な状況でも、探偵さんと一緒に乗り越えられた節がありますし、鋼和市にお戻りになる際は何かお礼の品を持って行かれてはどうでしょう?」

「お礼ねぇ。まぁ、世話になっているのは確かだがな」

 時に手柄を譲って貰ったお陰で、今日日きょうび流行らない一匹狼の中年刑事もそれなりの地位と信用が得られている。

「少し、妬けますね」

「何がだ?」

「いえ、鋼和市のことを語るあなたの顔は本当に楽しそうで……怪我をするような時があっても、探偵さんと過ごす日々が充実しているようにも見えて羨ましいな、と」

「実際に会ったら、きっと幻滅するぞ」

 それだけははっきり言える。

「その時が来たら、ちゃんとお礼を言いませんとね。私の大事な人を助けてくれたのですから」

「……知っていたが、人が好いんだな、お前は」

 本当にお人好しな妻だ。

 優し過ぎて気立てが良くて、本当に自分には勿体ない。

 会ったことのない、あのトラブルメーカーにそこまで感謝の念を抱けるものだろうか。

「お人好し、か……」

 息子も妻に似て優しい性分だ。

 だからこそ、妻も息子もあいつに関する話に共感できるのかもしれない。あいつもまたお人好しで、必死で、誰かの為にどんな無茶もやってのける。そして限度というものを知らないが故にトラブルを招き、その尻拭いを清水が行う羽目になるのだ。

 ……ちょっとムカついて来た。

「困ったな、鋼和市に戻りたくない……」

「駄目ですよ。家族を養い守るためにも、お仕事は頑張らないと」

 笑顔で励ます妻。

 夫の心を見透かした上で、あえてそう言っているのだ。

 結婚して、もう十三年。お互いにそれくらいのことは解る。

「そうだな……頑張って仕事して、お土産持って帰って来るよ」

「はい」

 チン、と夫婦は互いのグラスを合わせる。


 ――最愛の妻と久しぶりに飲んだ酒は、どこかほろ苦かった。

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