エピソード85
目を覚ましたら、知っている天井が目に入ってきた。オペルームの天井であり、何度も見ている。
僕が目を覚ましたことに気付いて、プルンが枕元に飛び跳ねてくる。
ミニホもベッドの横に来て、頭をぐりぐりと僕の脇腹に押しつけてくる。ミニホの愛情表現は頭を押しつけることらしい。
今日も一日平温な日でありますように。
(一体何時平温だった日があったというのか。)
外に出るとそこには、昨日心臓が止まっていた女性、女騎士、老齢の男性が並んいた。
「初めまして。私はシャルロッテ=ゾディアック、この国の第一王女です。まずは御礼を。昨日のことはここにいるソフィアから聞きましたわ。もっとも聞いたのですが、要領を得なくて、死んでいたのに生き返ったとか、何を言っているのか分からないのですが、あなた様に命を救われたことは分かりますわ。まずは最大限の感謝を。」
え?今王女とか言った?貴族だとは思ってたけど、そうかー王女かー、聞かなかったことに出来ないかな。
「私はソフィア=ゲンズブール、近衛騎士団の団員で第一王女様の専属騎士を勤めております。このたびは王女様のお命を蘇らせるなど、神の奇跡をもって我等に加護を与えてくださった神の化身であるあなた様にどのように御礼を申し上げたらよいのか。」
「私は王家に使える家宰のセバスチャンと申します。お亡くなりになったとばかり思っていた姫様がソフィアに支えられて、出てきた時には、目の前の出来事が信じられず、思わず神に感謝を捧げました。あなた様こそ、女神アルテミアス様が現世に使わされた使徒であろうとこのセバスめは愚考致します。是非とも貴殿には王都にお越し頂いて、王にお会い頂きたい。」
それぞれの自己紹介を兼ねた御礼の言葉でした。
最後の人だけ不穏な発言をされていましたが。
「私の名前はケントと申します。怪我や病気の治療を生業としており、治癒師という職業です。なので、事前に了承は得てないですが、昨日の治療に対しては、代金をご請求致したく存じます。無償で治療したという話になると、面倒なことになるので。あと、とりあえず、王都に行くつもりはないので、お断りしますね。で、次に昨日治療した兵士さんたちは、まだ絶対安静ですので、僕の馬車でプロキオンまでは運びますが、その後は傷口がきちんとふさがるまで、プロキオンの町で療養してそこから目的地に行くようにしてください。」
「それは僥倖、私たちもプロキオンの町に行く途中でした。おじさまに会いに行くところでしたので。」
「そうですか。昨日手術した兵士三人は、揺れる馬車では傷口が開いてしまうので、こちらの馬車に乗せますね。王女様は護衛上の問題もあるでしょうし、ご自身の馬車で移動して頂くでしょうから。」
僕はそういってオペルームを収納し、自分の馬車に向かう。
すると、セバスチャンさんが「ケント様、お願いがあるのですが、我々の馬車の護衛としてケント様を雇うことは可能でしょうか。恥ずかしながら騎士達が全員負傷してしまい、プロキオンまであと僅かとはいえ、道中心許ない。報酬ははずませてもらうので、是非とも同行をお願いしたい。」
「別に構いませんが。」
「あと、姫様をそちらの馬車に乗せて頂くことは出来ないでしょうか。こちらの馬車には王家の紋章が入っており、王族が乗車していることは見ただけで分かるのです。この先も昨日の輩が襲ってくる危険性があるので。」
「済みません。それはお断りします。馬車には定員がありますが、何より私の馬車は急病人・重病人を搬送するためのものですので、お姫様はご自身の馬車で差し支えありませんので、そちらで移動して頂きたく存じます。」
僕の言葉を聞いた王女シャルロッテさんは、寂しそうな顔を見せるが、乗りたいから乗るなどという思いつきに応じている余裕はない。
オペルームを収納したことで改めて驚かれたが、マジックバッグですといつものように誤魔化しておく。それでもオペルームのような巨大なものを収納出来るマジックバッグは王家の財宝にも存在しないらしく、セバスチャンさんがそれとなく、王家に献上してもらえないかと言ってきたが、断った。所有者限定の機能が着いていると誤魔化す。本当は異次元ポケットという特殊技能であり、真相を伝えたら余計面倒なことになるからだった。
そこからもう一度途中で野営することになったが、その次の日にはプロキオンの町に着くことが出来た。
門番は、王女の乗っている馬車についていた王家の紋章を見て動揺し、王女の馬車はもちろん並ぶこともなく、素通りで門を通り抜けていく。
僕たちの馬車には当然そんな特権はないので、行列に並んで、順番待ちをしようとすると、セバスチャンさんが、門番と話を付け、僕たちまで貴族専用の出入り口から、町に入る事が許された。普段ならそういうのは大嫌いなんだけど、今は重傷の怪我人を抱えているので、一刻も早く安静にしてもらいたいから、使える特権は使わせてもらうことにした。
前世でも救急車がサイレンを鳴らして走れば、赤信号でも横断できるしね。
門のところで、公爵家への先触れを手配した関係で、僕たちはまっすぐ大通りを進み、正面にある公爵邸、つまり領主の館の前に馬車に乗ったまま横付け出来た。
玄関には公爵夫妻が出迎えに出ていて、さすが王族という扱いなのだろうが、シャルロッテ王女とパピー公爵が話をしていた。
どうやら、来訪の予定は最初からあったようで、予定の日程を過ぎていたため、公爵さんは心配していたらしい。
王女とその側近の女騎士と執事だけは公爵邸に宿泊し、お付きの騎士たち、兵士は騎士だった、は町の宿に泊まることになっていたらしいのだが、騎士の大半が重傷のために民間の宿に泊まるのは困難となり、公爵邸に住み込みで働く従業員の住居棟を急遽一部屋借りることになったそうだ。
「じゃあ、あとはよろしく。」
ぼくは単価を貸し出し、怪我人を運ぶときには、できるだけ患者の体を水平にすることで、心臓への負担が軽くなるように運んだ方がいいよと告げて、馬車でそのまま公爵邸を立ち去ろうとする。
「ケント殿、どうしてこちらに?」
うっ、そうなるよね。
公爵さんが僕に声を掛ける。
「おじさまはケント様をご存じなのですか?」
パピー公爵が、僕を呼び止めたことに、今度はシャルロッテさんが驚く。
「うむ、我が娘の命を救ってくれ、得体の知れない病気からこの町の人たちをも救ってくれた英雄なのだ。」
そんなたいそうなものじゃないのに。
何故だろう、こちらを振り向く王女さんの目がキラキラしている気がするよ。
「私の命も助けて頂いたのです、というか、死んだのを生き返らせてもらったのです。」
「シャルロッテよ、儂の聞き間違いか?今死んだけど生き返らせてもらったと言ったように聞こえたが?」
「叔父様、ご安心を、私も自分が何を言っているのか分からないのですが、分からないのですが、一部始終を見ていたというソフィアの報告によると、私は不審な襲撃者の魔法を受けて一度は死んだのですが、そこに居られるケント様によって生き返ることが出来たのです。」
「王女様、侯爵様、発言の許可を頂いてよろしいでしょうか。」シャルロッテさんの斜め後ろに居た女騎士さんが口を開く。
私どもの馬車はこのプロキオンに向かう途中で、顔を隠した黒ずくめの怪しい集団に襲われました。騎士達が応戦しましたが多勢で、相手の中には遠方から魔法を使う者もおり、近接戦闘の最中に死角から魔法で攻撃されるなど、不利な戦いを強いられ、一人また一人と討ち伏せられてしまい、馬車が取り囲まれると逃げ場がなくなると、騎士団長と示し合わせて馬車の中の王女様を逃がす段取りでおりましたところ、私が不甲斐ないばかりに、王女様の盾になりきれず、魔法攻撃の隙を与えてしまったのです。王女様が目の前で地面に横たわる姿は今思い出しても、胸をかきむしられる地獄の業火に焼かれる苦しみえdございました。ところが、どこからともなく、ケント様が現れ、王女様の胸に手を充てると、その手がみるみる光り、王女様が息を吹き返したのです。自分でも目の前で起こったことが、目に映る光景が信じられませんでした。ケント様は神の使いであると思われます。」
ずいぶんと盛ったなあ。手が光ったなんて嘘だよね。空気中を放電している訳じゃないんで、電気は見えないよね。それに言い方、たまたま通りかかっただけだし。心肺蘇生術なんて素人でも今日日やり方くらいは知っているよ。医学の知識があると、正確に心臓マッサージもできるし、人工呼吸も救急医療セットがあれば、マウスツーマウスよりも効果的に出来るし。
あと、そこ、「む、胸に・・・」とかいって顔を赤らめない。ただの医療行為
「では、」私はここで失礼します。」
僕はそういって、公爵邸を後にしようとした。
「いやいや、今日こそは、歓待させてもらえないか、ケント殿、貴殿は我が公爵家の恩人というだけでなく可愛い姪であり、この国の王女の命まで救って、このアレクサンダー=パピー、貴殿に十分な御礼もせずにこの町を後にされたのでは、面目が立たんのだ。」
「先日もお伝えしたと思うのですが、修道院の土地と建物を永久に修道院から取り上げないとお約束頂くだけで十分過ぎたるお願いをしたと思っております。」
「そのことは存じ上げませんが、私は命を救って頂きましたわ、それも一度は死んだのに生き返らせてもらったとのこと、この御礼は今の私の手持ちでは、不十分であることは承知しておりますが、王都に帰って必ず、その恩に報いますわ。」シャルロッテさんが胸の前で拳を握り、決意表明をする。
「いえ、私の治療費はそこまで高くないですけど。王女様の治療費が金貨1枚、腕を切り落とされちゃった騎士さんの腕をくっつける手術が金貨4枚、内蔵を抉られちゃった騎士さんの治療が金貨3枚、腹腔内で大出血した騎士の治療費が金貨7枚、切り傷の消毒と縫合は大銀貨1枚ずつかな。合計で金貨15枚と大銀貨2枚だけど、騎士の分は雇い主である王女様二請求させていただくのが筋かな。」
僕がそう伝えると、執事の人が突然怒り出した。
「いくら、姫様の恩人とはいえ、無礼にもほどがある。王女の命が金貨1枚とは何事か。騎士の命よりも安く見るとは、無礼にもほどがあろう。」
「セバス!口が過ぎます、下がりなさい。」
「ですが、姫様」
「私の言葉には従えないと?」
「わ、分かりました。」
「さて、ケント様、ここにいるセバスの無礼はお詫び致しますが、当家からの御礼がそのような些少なものでないことはご理解頂きたいのです。是非とも私どもと一緒に王都にお越し頂き、父ともお会い頂きたく存じます。その上で此度のご恩に報いる御礼を。」
「王女様、こちらにおいでになる侯爵様にお話を伺っていただいても構わないのですが、私の職業としての治癒、私のいた国ではその職業を医者と呼んでいましたが、医者の義務は怪我や病気の人を治すために努力することであって、決して治すと結果をお約束出来るものではないのです。もし、結果に対してお金を要求したら、それは結果をお約束することを仕事の内容とすることに他なりません。病気も怪我も個人差によって同じ病気同じ怪我でも回復する人もいれば、そのまま帰らぬ人となることもあるのです。自分煮え出来ることを全てやっても、最後の結果は人の能力の及ばないところで決まることもある、私に出来ることは、快方に向かう確立を1%でも引き上げるために最善の努力をすることです。その努力に対して私が頂く対価は、貴賤の区別なく、また結果にも左右されないものです。できればお金持ちだけでなく、万人に利用してもらえる金額でありたいと思うのですが、どうしても、廉価にしてしまうと、他の同業の方の支障になることもあるので、価格の設定にも限界があるのです。そちらのセバスさん?という方は憤られましたが、王女様の治療には10分も掛かっておりません。一方、騎士の方々の治療には重傷の方で短くても5時間、長い人は9時間を要しております。王女様の治療に要した時間だけでいえば、王女様の50倍以上請求させて頂く計算になりますが、治療の代金はそこまで単純なものでもありませんので。」
そう答えると、またしても、セバスさんが「貴様王女様に王都にお招き頂いたら黙って受けるのが、平民の義務であろう。王家にたてつくとは無礼にもほどがある。不敬であるのが分からんのか。」
「結局、治療費はお支払い頂けないということですか。私としてはご満足頂ける治療は行ったと思っていただけに残念です。私はこれで失礼致します。」
「あ、待たれよ、ケント殿」
公爵さんが慌てて引き留めようとするが、僕はもう立ち止まることはなかった。
(貴族ってやはり好きにはなれない。)
僕はそのまま公爵邸を後にした。
「セバス、恩人のケント様に向かってその口の聞き方は何ですか!」後ろでそんな言葉が聞こえてくるけど、もういいや。お金が欲しかった訳じゃなくて、治療に正当な対価を得ないと、この世界の治癒を生業とする人に迷惑が掛かるかなと思っただけだから。
僕は左肩に居るムートを撫でながら、右を歩くギンにも「なんか疲れたね。後味の悪い終わり方だったな。早く修道院に戻って、明日にはこの町を出ていこうか。」
ギンも「主殿が望むなら、今からでもあの者どもに制裁を与えてくるぞ。」
「ダメだからね。貴族には貴族の価値観と考え方があるのだろう。僕にはそれが理解出来ないだけで。」
馬車は収納して、ミニホも一緒に歩いて帰ることにした。
その日は少しだけ、ご飯が美味しくないと感じた。




