エピソード79
プロキオンの町近郊にあるダンジョンは、町の南、さらに国教に近い山の中にある。隣国へと続く街道は、国境にある関所を挟んでその先、隣国へと続くが、その関所は、国境上を連なる大きな山塊の鞍部、そこだけ標高が低くなっていて、都市部からの馬車が走ることの出来る程度の傾斜で収まっている、その峠にある。
そして、ダンジョンは関所へのの緩やかな長い上り坂を中腹まで進んだ後、左手に脇道があり、その脇道を、森の中へと入っていってすぐのところにある洞窟が「ダンジョンの入り口となっていた。
つまり、ダンジョンは国境にある山塊の中に存在していたが、ダンジョンの入り口が、王国側にあるため、国の管理下にあるダンジョンをその最寄りの町プロキオンを領都とするパピー公爵が国に代わり管理を行っている。
国にとってダンジョンは尽きることのない資源をもたらす、重要な財産であり、ダンジョン一つがあれば、その規模にもよるが、子爵以上の爵位に与える領地としての価値を持つ。
アンタレス近郊のダンジョンも侯爵の領地内にあった。プロキオンの国境ダンジョンはその所在地が国境付近ということもあり、国防の要所でもあることから、公爵領としての付加価値がついているのである。
そしてダンジョンを直接領地内に治め、国に代わり直接統治する者の爵位によってダンジョンから得られる収益から国に治める割合は爵位が上がるほど、率が下がることで、莫大な費用の掛かる領地の経費を賄っている。また爵位に見合う収入もそれによって得ることが出来る。
ただ、ダンジョンから得られる収益というのは、主に探索と採取を行う冒険者と呼ばれる職業人が居てこそであり、彼らが活動しやすいような環境整備をすることで、冒険者が多く集まり、ダンジョン資源を持ち帰ることで町の経済も活性化し、領主の懐も暖かくなる。その対冒険者環境整備のうち最重要課題とも言えるのか、冒険者の怪我対策である。
たとえ、一攫千金を夢見る冒険者であっても、無謀な探索は則死亡につながる職業である。たとえ一命を取り留めても、引退を余儀なくされるような大けがをすればそのまま廃業となる。
優秀な冒険者ほど、無謀な探索をせず、撤退の機を見誤ることは少ないが、それでいてなお、冒険者の死亡率が最も高いのはダンジョン探索中である。
ダンジョン内では死体も残らないため、実数を計測することは難しいが、冒険者の7割を超える死亡原因はダンジョン内でのなんらかの事故である。なんらかというのもパーティー内での生存者が極端に少なく、詳細な事実を報告出来るものが少ないからである。
そこに来て、先日のアンタレスでの一斉捜索である。
不運としか言い様のないダンジョンの異変とスタンピードにもかかわらず、ほとんど死者を出さなかったギルドによるダンジョン一斉探索、それ以外にも、腕がちぎれる、内臓破裂など、冒険者引退どころか、人生まで引退しなければならないはずの大けがから復帰し、中には依頼が限定されるものの、冒険者復帰を果たす者まで存在する奇跡、その全ての原因となった一人の治癒師がプロキオンに居るのである。
ギルドとしては出来るだけこき使う・・・じゃなかった、活躍してもらいたいと考えるのも当然だろう。
幸いにして、この奇跡の体現者・・・ケント殿は自分の能力を出し惜しみせず、冒険者の治療にあたってくれるらしい。聞いた話では種族への差別発言をする冒険者に対しては治療も拒否する冷酷さも持ち合わせているらしいが、内陸と違って、国境に接するこの町は、多くの種族が交易のために立ち寄る場所でもあり、冒険者の偏見は少なめである。
ないといえないのがもどかしいが。
あとは、教会との折り合いが悪いくらいか、本当に神官のやつらは、たいした回復も出来ないのにカネ、カネ、二言目にはカネだからな。
ケント殿が金に執着しないこともあって、教会との関係は醜悪なものとなっている。
それでもダンジョン前の診療所は教会も既得権益だと考えているため、いきなり蔑ろにも出来ない。
ダンジョンマスターはつい先ほどギルドからの依頼を快諾した一人の黒髪の冒険者のことを机の前で一人考えていた。
ケントへの事実上の指名依頼は、ギルドが依頼主の体裁を取っているが、実際は領主であるパピー公爵によるもので、報酬も破格である。
これは自分の娘の命を助けてもらったケント殿が、公爵からの報酬を頑として受け取らなかったため、何とかその恩に報いようとする公爵のいわば自己満足が上乗せされているのだが、事実上依頼を受けられるのはケントしかいないので、ケントには相場が分からないことも幸いなのだろう。本当の理由と相場を知ったらケントは断るかな。
ダンジョン前の診療所へは、3日に1回、それ以外に町中で市民向けの診療所を開いた。
もっともペスト以降は公衆浴場により、温浴効果で免疫力も高まり、風邪など季節ごとに流行する疾患は大分件数が減ったらしい。
大工の切り傷や鍛冶師の火傷などは、大概ポーションで治すらしいので、ケントのところに来るのはよほど大きなミスで生じた深い傷や骨折などである。
教会の枢機卿以上が使えるミドルヒールなる「奇跡の魔法」(棒)は金貨5枚からの治療費で、一般の市民にはおよそ出せるものではない。ケントの治療では、プレートを固定する場合で、大銀貨3枚、添え板と包帯での固定なら骨接ぎ込みで銀貨8枚である。
即時に完治して、明日から元通りとはいかないまでも、安静にしてさえいれば、1ヶ月から1ヶ月半で再び元通りであり、金貨5枚など、多くの市民にとって、3ヶ月から5ヶ月の収入と同じため、およそ割に合わないのである。
元々この辺の所得層は教会も歯牙にも掛けないので、教会が目くじらを立てることはないのだが、先のペストのように、教会には病気の知識も治療方法もない病気に、得意先の貴族も含めて治療を独占されるのが面白くない教会に、ケントは親の敵のように憎まれていた。
隙あらば葬ろうとする程度には。
本人はつゆ知らずという教会の憎悪に対しても、ケントの従魔は敏感である。ギンやムートなど一部の強者を除いて、みな人の悪意には敏感な生存競争を勝ち残って来た。フィールドにおいて危険をいち早く察知するというのは、生存の根幹を成す部分である。
ケントは、そろそろ朝顔の種が得られる頃と、その時はまとめて休みを取る関係で、連日のシフトを組み、同時に休業の告知もしていった。
手術用の麻酔はまだ在庫が残っているとはいえ、抗生物質はもう底を尽きようとしていた。
抗生物質は日常でも、特にダンジョン探索で足を怪我する冒険者への破傷風防止の治療に欠かせないため、無くなると非常に不便である。
抗生物質は今のところ、ヘラキューズビートルの幼虫に依存するしかなく、その季節はまだ当分先のことである。
診療所に詰め、時折修道院の炊き出しを手伝っていれば、すぐに朝顔の種の季節はやってきた。
黒の森まで、採取に出かけるのだが、今回は、ギンもミニホも同行を譲らないので、プロキオンの町を長期不在にして、一足早い夏期休暇とすることにした。
今回は街道を通らず、直線で黒の森に向かうことにしたので、途中の野営も街道の通行人を機にすることもなく、屋外オペルームで寝泊まりすることにした。
救急馬車も快適ではあるのだが、内部の広さはやはりオペルームに分があり、したがって快適で、ストレスになりにくい。
セルパも加わった今、寝返りで押しつぶされるリスクは少ない方がいい。




