エピソード8
翌朝、夜明けと共に起床した僕は、宿屋の庭にある井戸で顔を洗うために1階に降りて、庭に通じる扉を開ける。
黒い影が視野の片隅を横切ったかと思うと、その巨大な物体にはねとばされてしまい、僕は地面を転がされた。
痛みよりも不意打ちを受けたことへの驚きで声も出なかったが、その巨大な物体は、そのまま地面に転がった僕の上に襲いかかってくる。
町中で?!と思ったのもつかの間、その大きな動物は、そのまま僕にまたがると、頭を僕の旨にこすりつけてくる。
端から見れば、巨大な魔物に襲われているようにしか見えないが、その物体の招待はギンだった。
「ワフーーー」と鳴いた後、「さみしかったーーーー」と頭をこすりつけるギンは、サイズが何かと間違っているものの、行動は子犬のそれであった。
尻尾がものすごい勢いで揺れているのだが、サイズ感の謝りが半端な苦、ちょっとした脅威になってしまっている。
建物に当たったら、建物が倒壊思想である。
このままだと尋常でない被害が出そうなので、僕は寝転がったままギンの頬をわしゃわしゃして、「落ち着け」と言い聞かせる。
10分くらいぐりぐりは続いたが、ようやく落ち着いたらしく、後ずさりして離れてくれたので、立ち上がることが出来た。
宿は朝ご飯付きなので、一端中に入って食事をしてくるので、待っていてくれと伝えたところ、落ち着いたようで、素直に応じてくれた。
宿を出るとき、今晩からの宿泊について聞かれたが、ギンが悲しそうな声を出すので、他の選択肢がないか今日一日掛けて探すことにした。
テント村で生活するにしても、ギンやムートの存在が騒ぎになりそうなので、すぐにそちらという選択も出来なかった。
とりあえず、この世界の食糧事情や医療についての情報を得るべく、今日は市内をいろいろと見て回ることにした。昨日ギルドに買い取ってもらった猪の代金の受け取りは、昼過ぎに行くことになっている。
まず、市場に足を向けようと宿を出たところで、ギンに「先に修道院に行きたい」と懇願された。
女神アルテミアス様の眷属であるフェンリルたるギンはアルテミアス様に何か伝えたいことがあるのだそうで、僕もカルマ値の確認をしておきたいとは考えていたので、町にいる間に立ち寄る予定ではあったから異論はない。
一端宿屋に戻り、女将さんに修道院の場所を尋ねて、修道院に向かった。
道中でもギンの巨体は通りかかる人をおびえさせたが、従魔の証である腕輪を足につけているので、取りたてて大騒ぎになったり、衛兵に取り囲まれるなどのトラブルには発展しない。
修道院は、町のメインゲートと正反対の、どちらかというと寂れた雰囲気の区画にあった。
教会が町の中心の商業区域にあるのと対照的だった。
僕はシスターさんに女神への礼拝の希望を伝えると、シスターさんは嬉しそうに、「是非女神様にお祈りを捧げていって下さい」と奥の聖堂にある女神像の前まで案内してくれた。
僕は目の前に立っている女神像をじーっと見る。
アルテミアス様?さん?にあって、この世界に来てからはまだ1ヶ月も経ってない。
青のよく分からない空間であったアルテミアス様は、目の前の女神像よりもっと、快活だったというか、行動的というか、いろいろ振り切れていた気がするけど・・・おっと誰か来たようだ。
僕は目を閉じて祈る不利をしながら、「情報開示」と呟いてみる。
すると、頭の中に最初の時にみた一覧表が浮かび上がる。
蔵久クラヒサ 健斗ケント
25歳 男性 種族 人
HP 100
MP 999999
STR 50
VIT 20
AGI 35
INT 120
DEX 150
CARMA 11940
技能 全言語理解
異次元ポケット
医療鑑定
医療魔法
医療従魔術
所持金 193,445,600G
えっ?
ゴシゴシ
・・・
何これ?
MPが999999とか。
所持金が193,445,600Gとか。
何よりカルマ値が1万1940になっていた。
所持金が増えたのはヴィルさんにもらった金貨銀貨が理由だろう。
もはや完全に勝ち組、働かなくても一生生きていけそうな金額である。
しかも異次元ポケットの収納品言い欄には宝石と貴金属とか指輪とか腕輪とか宝剣とか別に記載されているということは、カウントしていないで、純粋に貨幣だけの数字ということだ。
普通に犯罪に巻き込まれる額じゃね?
頭の中にはてなマークを浮かべ続けていると、目の前の女神像の前にすーっとアルテミアスさんが現れた。
「ケント君、さっそく修道院に来てくれたのね。ありがとう。信心深い子は好きよ。」
うわっ
ホログラム?
目の前に立体映像のようにアルテミアス様が現れたので、カルマ値が急激に増えている理由を尋ねた。
竜種の上位種である古龍、炎竜、水竜、風竜、地竜のトップのウィルス感染から救い、結果、それぞれの種を是滅から救ったことが高く評価されたらしい。
そのために、めまいが死そうな金額の財宝をもらってしまったことについても、いくらなんでももらいすぎでは?と相談したのだが、「いいのよいいのよ、どうせドラゴンが持ってたところで使えないんだから」という軽いのりの回答が来た。
「それより、今兄早くカルマ値がたまるとは思わなかったわ。1万ポイントたまるごとに何か欲しいものを上げるようにするから。修道院でお祈りしたときに頼んで見てね。」
「で、とりあえず、今日は一回目の特典、何が欲しいかしら?」
「えーといきなり言われても、特に何が欲しいというのもありませんが・・・あ、そうだ。手術の縫合用の糸が無くなってしまうので、糸もらえないですか?昨日この世界で売っている絹のような糸を買ったのですが、あれではちょっと太すぎて血管やリンパの縫合が出来ないので。」
「うーん、そうういのじゃなくてね。もっとこうなんか麻植が欲しいとか、従魔を増やしたいとか、魔法を覚えたいとか、そういうのないかしら。後、糸はこの世界に生育している小さな蜘蛛の糸が使えるわよ。せっかく魔物を仲間にする能力があるんだから、それにしなさい。ということで、今回はどこでも簡単に手術室を上げるわね。大きさは結構自由に調整できるから、外部からの干渉は一切無効に出来るし、外からは見えないように出来るし、気になるなら内側から外も見えないように出来るし、手術室としての利用はもちろんのこと、野外で寝るときも手術ベッドがそのまま使えるわよ。ってまあ、さっきあっちのフェンリルに頼まれちゃったのよ。あの子、自分が大きすぎて夜あなたと一緒に寝られないって悲しそうにしてたの。今晩からは一緒に寝てあげてね。じゃあ、また。この調子でたくさんの命を救って、カルマ値を増やしていってね。」
そういって女神様は消えていった。
お布施を渡そうと、先ほど案内してくれたシスターさんを探そうと辺りを見回したら、礼拝堂の入り口で、シスターさんが年配の女性と一緒にぽかーんと口を開けたまま固まっていた。
女神様の姿は見えていないようだったが、僕の体がお祈りの間ずっと光っていたそうで、神々しい気配が礼拝堂を満たしていたのだたそうだ。
頬を伝う涙をぬぐうことも忘れ、立ちつくしていたんだそうだ。
「えーと感動しているところを恐縮ですが、何かの間違いかと。僕は冒険者で罅危険と隣り合わせなので、女神様に道中の安全をお祈りしていただけですので。」
面倒な予感しかしないので、とりあえず有り体の嘘で誤魔化した。
「それでお布施なんですが、金貨1枚で足ります?」
僕はそう良いって懐からお金を取り出すフリをして、異次元ポケットから金貨を1枚取り出す。
この世界では家族4人が1ヶ月生活できるくらいの金額だが、女神様と想像神様の加護その他運命に翻弄された結果、この世界で数週間過ごしただけの僕はすでに一生生活出来そうな財産を持ってしまっていて、金貨1枚が誤差くらいにしかなっていない。
「・・・・はっ、え、そんな大金を、もしかしてあなた様は貴族様ですか?」
「いえ、通りすがりのただの10級冒険者です。」
「いやいやいや。」
何の冗談か、みたいにつっこみが入った。
それでも修道院の維持・管理、孤児への食事など、どれだけたくさんあってもお金が足りない環境にあって、領主からの補助金も年々減額になっているのだそうだ。
世知辛い上に、やはりどこの世界も最後は弱者にしわ寄せが行くのかと思うと、前世での自分の境遇を思い出し、とても他人事とは思えなかった。
「あの、今日ギルドで解体してもらうタイラントボアって猪の肉を受け取るので、少し寄付させて頂けませんか?」
僕としては気前よく提案したつもりだった。
「それはおやめ下さい!」
院長宣誓が鋭い声で、断ったので、僕は予想しなかった答えに驚いてたじろいだ。
「済みません。善意からのお申し出であることは重々承知しているのですが、普段から満足に食事も取らない子供たちに、そのような貴重品の味を覚えてもらうと、孤児院での生活が難しくなるのです。お申し出はお気持ちだけ頂戴致します。」
院長宣誓の悲しそうな言葉を聞いて、僕は自分が情けなく恥ずかしく思った。
結局施しをすることで自分が恵まれた環境にいることを確認したかっただけじゃないのか、そう考えると、穴があったら入りたいという心境はまさにこういうことかと項垂れるしかなかった。
「済みませんこちらこそ、浅はかでした。しばらくこの町に滞在する予定ですので、またお祈りに来させて頂いてよろしいでしょうか。また機会が有れば、もう少し普通の食べ物を寄贈させて頂ければと。先ほどは五期分を害される発言をしてしまったこと、ご容赦下さい。」」
僕はいたたまれなくなったものの、ころころから野謝罪は必須だと考えて頭を下げた。
「いえ、滅相もありません。せっかくのお申し出を素直に受けられない私どもに非があるのです。どうぞお気になさらずに。」院長宣誓は微笑みながら、優しくそう答えてくださったので、少しだけ救われた気持ちになり、僕は修道院を後にすることにした。