エピソード78
プロキオンの町に戻ると、井田さんとミニホとセルパの安全を確保しながら、オペルームの警備をしてくれていたギンを労った後は、みんなで天ぷらを食べた。
やはり摘み立ての山菜を目にして、頭の中は天ぷら以外に何も思い浮かばない。
修道院の人たちも誘って庭で天ぷらを揚げていると、公衆浴場帰りの人が、屋台と間違えて並び出す。
僕は慌てて、売り物じゃないと伝える。
それでも、天ぷらはこの世界にない調理法だったらしく、物珍しさに加えて、揚げたてを子供達と従魔が美味しそうに食べた挙げ句に子供達が「美味しい」と声を上げてしまったことで、入浴客達が騒ぎ出してしまった。
正直山菜は売るほど採取していない。そんなことをしたら、すぐに無くなってしまい、僕の楽しみも無くなってしまう。
仕方ないので、公衆浴場に来た客達に、「では準備するので、1時間後に販売を開始します。もともと屋台の経営者ではないのですが、あなた方が騒ぐから特別に今日だけ販売します。」
せっかく盛り上がっていたのに、天ぷらパーティーは終わりになってしまい、そこから僕はひたすらにんじんとタマネギとジャガイモを千切りにしていった。
そう野菜のかき揚げ一種類だけをひたすら仕込んでいった。
そして1時間後、野菜のかき揚げ1個大銅貨1枚、エール1杯大銅貨3枚の合計大銅貨4枚のセットとかき揚げ単品なら大銅貨1枚と銅貨3枚の販売を開始した。
いわゆるドリンクセットというやつだが、元々ほっといたって、湯上がりに冷えたエールは定番だし、野菜のかき揚げなんてほぼビールのつまみだ。合わない訳がない。
修道院も元雄と公衆浴場利用者に向けて煮込みとエールのセットを販売していたので、その屋台に向けて援護射撃のようなものである。
洋の東西を問わず、どの世界を問わず?人は本日「限定」の言葉に弱い。食べる前から並びだし、回転と同時に注文が殺到した。既に並んでいるので、回転前から、どんどんかき揚げを油の中に投入していく。
揚げたてサクサクを二本の指でやけどしながらつまみ、そこにエールを流し込む。
行列の長さを見て、全員に行き渡らないと修羅場になると考え、一人2個までの限定販売とした。本日限定の上に一人2個限定である。
かき揚げもエールも飛ぶように売れ、あっという間に仕込みは尽きてしまった。
元々、店売りするつもりはなかったのだから、さらに評判を聞いて並ぼうとしたものの買えなかった人の苦情に答えるつもりはない。
最初から売り切れ閉店であることは伝えていた。
ここまで来たのにと不満そうな人たちは、手ぶらでは帰れぬと、煮込みとエールのセットを買っていったため、煮込みの屋台も、串焼きの屋台も普段の売上の倍近くだったそうだ。
そしてめざとい商人が、一段落して、後かたづけをしている僕に近づいてきて、料理のレシピを買い取りたいと持ちかけてきたが、もちろん断った。
これ以上悪目立ちするつもりはない。
かき揚げくらい、すぐに作り方など分かるだろう。そのとき、自分以外にもレシピを二重売買したなどと難癖つけられる未来しか想像できない。
それより、エールとの相性は悪くないというか、これほど相性の良い組み合わせも考えにくいので、正式に屋台展開していくよう修道院に提案した。
串焼きも煮込みも火を使うが、天ぷらは高温の油を使うという意味においては火災の危険が他の料理よりも格段に高かったため、小さな子供には近寄らせないという条件で、作り方を教えた。
孤児院の子供のうち、火の番をするのは13歳以上、10歳からは下ごしらえの手伝いのみである。
8歳以上の子供は風呂場の清掃を担当し、それ以下の子供は、それぞれの仕事を見て覚えるのが仕事という振り分けにした。
公衆浴場だけなら、収益はゼロに近いが、これは公衆衛生上、多くの人に利用してもらうために料金を低く抑えるという理由があった。そこで、公衆浴場に人が集まることを利用しての飲食店展開で修道院としての収益を得ようとする計画は無事に軌道に乗った。
全天候型の屋台くらいしか初期投資にお金がかかっていないので、今回はアンタレスの街のときのような巨大な設備投資はしていなかった。
プロキオンの町の近隣には、辺境の町だけあって、国教の山や深い渓谷などがあり、そしておなじみのダンジョンも町からそう遠く離れていないところにあった。
そして、ダンジョンが近くにあるということはプロキオンの町がダンジョン攻略の基地となるということで、この町を拠点としてダンジョンに挑む冒険者は元々結構な数がいた。正体不明の感染症が蔓延したことで、一時期激減した冒険者も、病気が沈静化したことで、少しずつ戻ってくるようになった。
そして、ダンジョンが近くにあるということは、ダンジョンに挑んで大けがして、教会の神官では治せないような臓器損傷や四肢の切断という状況で治療を求める冒険者が出てくることを意味していた。
そして、冒険者ギルドは、僕がアンタレスの街でギルドの依頼を受けて、定期的に診療をしていたことを知っていた。僕に無断で僕の情報を筒抜けにしていたことにちょっとした不快感を持つものの、怪我人と病人の治療は、僕のこの世界での使命でもある。
もとより断る理由などなかった。
ただ、四肢の切断は、神経や血管が切れてから、長時間が経過すると、特に血液が遮断されたほうの細胞が壊死して、接合不可能になるのだが、なぜかこの世界には、僕の異次元ポケットのような時間停止のマジックバッグなるものが存在しており、その中にちぎれた腕を入れて戻ってくると、ダンジョンから半日、一日掛けて戻ってきたのに、手足がちぎれた時のままの状態ということも普通に存在していた。まあ、そういうものがないと、僕が鞄から取り出すフリをして暖かい料理を出していることの説明が付かないので、マジックバッグなるものが科学を無視していることは、とりあえず都合良く見なかったことにしている。
けれど、そういったマジックバッグは当然作る方法など存在せず、なぜかダンジョンの中で偶然宝箱の中に入っているという形で入手するものらしく、自然、売りに出るもの目が飛び出るほどに高額である。
つまりほとんどの冒険者は大けがしないようにダンジョンの低層で活動することで脅威となる魔物に遭遇しないようにするか、あるいはダメもとでちぎれた腕を拾って、急いで町に戻って来るかの二択だった。
そこでギルドは、この怪我をしてから治療に駆け込むまでの時間を短縮するため、ダンジョンの入り口に臨時の仮説診療所を設置して、僕にそこでの勤務を求めて来た。
ギルドアンタレス支部と同じ要求のため既に一度受けている僕としては断る口実もないので、別に依頼を受けるのは構わないのだが、昨年から、入院野手術の患者があまりにも多く、余裕で1年どころか数年分はありそうと高をくくっていた朝顔の種が尽きそうになっていた。
もうすぐ黒の森の群生地で朝顔が花を付ける頃だろう。昨年種を採取した日付は覚えている。そのころまた黒の森の群生地を訪れる予定にしていたから。
また、その後しばらくしたら、もう一度黒の森にヘラキューズビートルの幼虫を尋ねる必要がある。
抗生物質はもうほとんどストックがなくなってしまった。
ペストの感染爆発は全くの想定外で、むしろ血清が間に合わなければ、抗生物質すら切らしてしまい、死亡者がどこまで増加したか想像も付かなかった。
この二つの予定はマストであり、ダンジョン前仮説診療所での勤務は、僕の予定を妨げない範囲でしか出来ないことは予めギルドには伝えてある。
元々、勤務そのものが義務ではなく依頼を受けるかどうかの問題でしかないので、そういう形でしか依頼を出さないと受けないと伝えておいた。
殿様っぽく聞こえるかもしれないが、結局治療に必要な諸々の薬品も自分で調達し、製造しなければならないのである。