エピソード73
感染騒ぎが終息した後、僕はアンタレスの街の時と同じように、院長先生に、修道院の居住用建物の改築をもって寄付とさせて頂きたいと提案した。
院長先生は、恐ろしい病気の治療をしてもらった上に、建物のような高額の寄付まではとても申し訳なくて受けられないと断ってきたが、ペストはともかく、廃屋のような建物に居住していると、いろいろな病原菌を媒介する虫やネズミの脅威にさらされることになるので、と説明し、了承にこぎ着けた。
正直、先日礼拝中に確認した僕の所持金がとんでもないことになっていたので、できるだけ多くの人のために還元していかなければならない。
僕は修道院の建て替えに際して、公衆衛生上の重要な拠点となるある施設の建設をも提案していた。
それが公衆浴場の設置であった。
修道院はなぜかどこの町でも貧民街にあるのだが、その敷地は広く、その余った土地をもてあましていることが多かった。
ただ、アンタレスの街での教訓もあり、土地の所有者が誰なのかを予め尋ねておくことを今度は忘れなかった。
院長先生によれば、土地は侯爵様の所有で、無償で借り受けているとのことだった。
また修道院の運営についても公爵家からお金が出ているらしい。
貴族の割にはいい人なのかもしれない。
まあそういうことであれば、いきなり敷地に建てたもの取り上げようと画策したりはしないだろう。
僕は院長先生の了解を得ることが出来たので、建築ギルドに足を運ぶ。
今回はアンタレスの修道院と違って、建物の大事な部分は大丈夫で床の張り替えと壁の穴の修繕がメインのため、建て替えではなく、リフォーム程度で済む。
仮設住宅を建てる必要まではなかったが、居住しながらではなく空き家にしてしまったほうが、効率よく作業が出来るということだったので、工期の間、野外用病室に寝泊まりしてもらうことにした。
食事は、春から夏に季節が向かっていくこともあって、雨の降らない日は朝と昼だけは屋外で、寄るは室内で取ることにした。
修道院の工事を始めてまもなく、修道院に冒険者ギルドからの遣いが来た。
ギルドマスターが話をしたいとのことだった。
面倒ごとの予感しかしないが、領主邸への訪問やペストの集団感染ではいろいろ面倒ごとを押しつけた自覚はあるので、顔を出す義理くらいはあるかと考え、遣いの人に「差し支えなければ今すぐに」と言われたこともあって、昼食を食べたら伺うと返答した。
そして、今はギルドマスターの部屋にいる。
「その節は、ケント殿にはこの町のみんなが世話になった。領主も自分の娘だけでなく、領民の命を救ってくれたケント殿に改めて礼がしたいそうだ。ということで本日来てもらったのは他でもない。領主様からの呼出に応じてもらおうと思ってな。」
「断っていいですか?」
「いや、なんでだよ。」
「別に領主のためにやったことじゃないです。」
「そうはいうなよ。報奨金も出るぞ。」
「不遜な物言いになるかもしれませんが、別にお金に困ってないです。今のところ。」
「まあ、ミノタウロス1000頭の討伐とか、討伐報償だけでもとんでもない額だっただろうな。」
「まあ、そんなところです。」
「それでもだな。ケント殿は領主の娘の命を救ったのだ。領主としては直接御礼を言いたいというのも不思議はなかろう。」
「それでしたら、もう御礼を言ってもらってますし。それに、治療で遣った薬の代金は貧民街の人の分については、領主がお金を出してます、それ以外にも訪問診療に呼びつけられた人からは多めに治療費腹ってもらってますし。抗生物質は一日分で銀貨3枚、血清は大銀貨1枚を、呼びつけた鼻持ちならない貴族その他に対しては、往診費用は大銀貨1枚と血清が金貨1枚を請求していた。」正直血清はプルンによっていくらでも増産出来るので、ぼったくりといえばぼったくりだが、お金のない貧民街の住人の分は領主が出すというので、材料の採取の人件費も含めた原価だけにしておいた。これでも人件費分が回収されるので、損はない。
「報償は要らないです。」
「だから過ぎたる謙遜は嫌みにしかならんぞ。」
「勘違いしているかも知れないですが、報償を拒むのは謙遜ではなくて、僕たちは、治療が効果を得ずに亡くなっても、治療をした分のお金は請求するのです。つまり結果が出たからとお金を受け取れば、結果を約束したと判断されかねない。治療の結果、それがうまくいって治癒したのであれば、それは何より喜ばしいですが、だからといってその事実に対しお金を請求すると思われるのは、かえって治療をしにくくする原因になるのです。」
僕が決して、お金に困っていないとか、そんな不遜な理由で申し出を拒絶しているのではなく、うまくいったことに御礼をしようとしているから、そういうお金を受け取ることが治療そのものをしにくくするんだと説明する。
ギルドマスターは大きくため息をつくと、「あのなあ、ここの領主は公爵、つまり貴族第1位の爵位を持つ相手だぞ、今度こそ不敬で処刑されてしまうかもしれんのだぞ。甲、もう少し世渡りというのをだな、考えたほうがいいぞ。」
「だから、そういうのが嫌なので、行きたくないと言っている訳だし、それが通らないのであれば、一日も早く隣国へ向かったほうが良いということですよね。ギルドマスターから僕はもうこの町を出て、隣国に向かったと伝えておいて下さい。」
「いや、ちょっと待った。ケント殿はこの町を拠点とする予定はないのか。」
「全くありませんが、何か。」
「そ、そうか・・・」ギルドマスターは目に見えて落ち込んだ。
「ギルドとしてはだな、優秀な人材の流出は何が何でも避けたいと思うものなのだ。」
そういわれても、こちらにも都合があるので、他人の思惑に振り回されるつもりはない。
「そちらの都合に振り回されるつもりはないですよ。」一応釘を刺しておく。これは早めに町を出ることになりそうな気がする。
「ともかく、」
領主と会うだけは会ってもらえないか、例の少女も起きあがれるようになって、直接御礼が言いたいそうだ。」
「それだけなら、別に構わないのです。ただ、これまでの経験上、貴族という人種は、自分の思うとおりにならないと、癇癪を起こして相手に危害を加えようとする。面と向かって報酬は要りませんと受け答えする場面になったら、メンツを潰されたとか言うのでは。」
「どうして貴殿はそこまで拒むのだ。御礼を言ってもらって置けば済む話だろう。」
「さっきも言いましたよね。私の仕事は、結果に対してお金をもらうことじゃないんです。怪我や病気なんて、人智の及ぶところじゃない。結果が出なければお金は払わないと言われ、結果が出たら、多額の報酬を受け取るようになれば、その分報酬を払うから結果は必ず出せと言われるようになる。どっちも仕事をしにくくするだけだ。」
「あー分かった。領主には前もって伝えておく。それでも何かしら渡そうとしてくると思うぞ。」
「なら行かないのが無難ですね。ギルドマスター一人で行って下さい。」
「あー、どうしてそうなるかな。もういい、領主には、ケント殿に嫌われたくなければ、報酬の話はするなと伝えておく。追って、領主邸に行く日は知らせるので、予定は空けておいて欲しい。」




