エピソード70
修道院を訪れて、ペストの蔓延を知ってから、数日が経過した。
貧民街はポイントオブオリジンだったこともあり、多くの人が感染し、決して少なくない割合で亡くなっていった人たちもいたが、その病気の恐ろしさが日に日に理解されていくにつれ、僕の説明が正しいことが伝わっていき、外出を避け、体調がおかしくなったらすぐに修道院に来てもらえるようになった。
うち何人かはペストではなく、二日酔いや生理不順だった人もいたけど、気になったら足を運んでもらえるという事実が病気の早期発見につながり、失われなくて済む命がそれだけ増えると思えば、無駄と思うこともなく、診察にも力が入った。
そしてようやく真剣に僕の言葉を受け止めるようになった冒険者ギルドにも、病気の感染が広がる原因としての媒体であると思われるネズミ、どういう動物かの僕の説明を聞いた冒険者ギルドによると町の浄化槽や排水溝などに棲息する「ドンブラット」という、脅威度等級9級の魔物らしい。そのドンブラットの駆除に乗り出すことになった。
ギルドが領主と話をして領主からの依頼という形で期間限定で常設の依頼としてドンブラットの駆除と排水溝などドンブラット棲息区域の清掃と消毒がギルドに張り出された。
範囲が広いため、報酬額は低く設定されている代わりにギルドへの貢献ポイントが多めに設定され、冒険者等級の昇格には有利に働くように考慮された。
討伐証明部位については、通常はドンブラットの尻尾がそれに該当するらしいのだが、解体作業は病原菌をまき散らすおそれがあるとの僕の指摘により、死体丸ごとをギルドが特設で儲けた貧民街の空き地に持参し、そこで数量を確認した上で焼却処分という方法が採られた。
また消毒の担当冒険者には、僕がアンタレスの街の修道院に委託製造してもらっているエタノールを製造原価だけで提供することを申し出た。
なお、消毒液が「お酒」であることから、ドワーフは消毒担当の冒険者から外されることになった。これについては、当初人種差別だという抗議の声が主にドワーフから出されたが、報告を誤魔化さずに、受け持ち区域で消毒作業が出来るのか、報告を誤魔化して消毒液を「お酒」として飲むような真似は絶対にしないと誓えるか。報告時に真贋の水晶を用いるのだぞと、問い質されて、黙ってしまったことが決め手になった。
そうか、仕事なんだから、そんなことするはずないだろうと即答出来ないのか・・・
こうして、病気への対策は一応の枠組みが出来た。
最初は半信半疑だった町の人たちも、日数の経過と共に、病室に隔離した患者が、発症から死亡までの平均日数を超えて生きてることを知って、治療方法として正しいことを理解し始め、外出しないこと、うがい手洗いを習慣にすることを守り始めると、少しずつ感染が落ち着いてきた。
ところが、そんな折りに、大きな問題が一つ持ち上がった。
領主のパピー公爵の次女がペストに罹患したのだ。
幼少のため抵抗力も弱く、病気に罹患したのだろうが、公爵の邸内には使用人も含めてそれなりの人数がいるため、全部を隔離することが物理的に不可能であると同時に、罹患した次女については、幼少で体力も少ないことから重篤化が懸念された。
その報せは領主の私設騎士団の騎士によって、修道院にいる僕への出頭命令という形式で騎士よりもたらされたが、頭ごなしの命令口調に僕が反発し、騎士との間で一触即発となった。
教会の聖騎士と呼ばれる人たちも大概横柄だったが、目の前の騎士、僕からみたら何が違うのか分からないが、この世界の人たちにとっては領主の騎士団と教会の聖騎士団は全く別のものらしい、知らんけど、も似たり寄ったりだった。
僕にはなぜ、自分にはどうも出来ない出生の違いによってそこまで差別出来るのかというのが全く理解できないのだが、逆に無効は理解出来ない僕が理解できないらしい。これはどこまでいっても平行線を辿るしかない。
と、そこに慌てた様子で冒険謝ギルド野間スターが走ってきて、領主は丁重にお迎えしろと指示していたにもかかわらず、僕を平民と侮った騎士が命令に変えたことを知った。
今、町全体で足並みを揃えて、病気の感染拡大を押さえ込んでいるのは、領主の指導力によるところが大きいので、ギルドとしても、権力におもねるというのではなく、尊敬出来る領主の頼みとして、是非とも領主邸に同行してくれないかとの依頼だった。
僕は一つだけ、信念に外れる行為を要求された場合には、たとえ領主だろうが貴族だろうが、断ることになる、そのとき不敬だの平民ごときが、などという話になるなら、そのままギンとムートには、防御のために一切の制限なしに出来ることをしてもらうことになるとギルドマスターに釘を刺した。
マスターはそれでも構わないと即答し、このやりとりに「平民ごときが・・・」と遣いの騎士が気色ばむが、ギルドマスターは見なかったことにして、「領主が馬車を用意しているので、乗ってくれ。」と急かそうとするので、「急ぎなのは分かるが、ちょっと待ってもらえないか。ここにいる患者に必要な治療をしてからすぐに行く。」
起きあがって自分で食事を取ることの出来る患者には、抗生物質の注射で済むが、起きあがれないほど弱っている患者には抗生物質と栄養剤を点滴しないといけない。
点滴は2時間掛けて行われるので、ローテーションで、使い回ししないといけないのだ。
修道院のシスターやボランティアで患者の世話をしてもらっている、患者の家族などに、食事の指示を出して、スープの鍋を丸ごと修道院に置いておく。
ギンには、主に修道院から心労拠点を動かせない理由である点滴パックを警護する目的で、点滴用患者の病室を警護してもらう。病室はギンも入れるように大きめに作られているが、ムートと違って体の大きさを変えることの出来ないギンには貴族の屋敷やギルドの建物は小さすぎて入れないし、入場を拒否されることも想定されてしまうため、不必要な軋轢を生じないよう、主にムートが町中で同行してくれる。
また、主に診察の対象が小さな女の子ということもあって、井田さんとタラちゃんもギンと一緒にお留守番になった。
プルンとセルパは治療に必要な要員として、そして万一の救急馬車の走行のため、ミニホは同行することになった。
さすがに馬を馬車に乗せるのはいろんな意味でおかしいので、ミニホは馬車と併走することになった。
サイズ的には乗れなくもないが、僕がいろいろ気を回して。先行してミニホにお願いした。
必要な治療を終えると、すぐにギルドマスターに同行して領主の馬車に乗り込んだ。
公爵というのは結構位の高い貴族らしく、その権威を見せつけるように馬車は内装外装ともに豪華だった。
ギルドマスター曰く、金のかかった馬車で、町中を走っている辻馬車とは乗り心地が違うとの話だった。
確かに以前乗った馬車とは違いが分かる程度には違うのだろうが、僕の救急馬車見た目質素でも、振動を押さえ、中の患者に負担を掛けないというその一点の目的を達するために、驚くような金額を投じて製作されたもので、僕の救急馬車に比べたら悪いけど乗り心地がよいなどとはとてもお世辞にも言えないもんだったが、そこは大人の対応で黙っておく。
おしりを突き上げる振動を我慢すること十五分くらいだろうか、町をどのように走ったのかも見て折らず、馬車を降りると、ばかでかいお屋敷の前に居た。
ギンでも楽にくぐれそうな大きな扉の前に初老の白ひげのタキシードを着た男性が居た。
執事というやつだろう。ということは名前はきっとセバスチャンと言うのだろう。
そんなことを考えながらギルドマスターの後ろに続いて邸の中に入っていく。
執事のセバスチャンさん?がロビーの真正面にある階段に向かって右にある部屋に僕たちを案内する。
部屋の中には40代のいかつい男性が見るからに高そうな服を着て座っていた。
部屋の扉の前に2人、部屋にはいると応接間のソファの奥にその男性が腰掛けており、その両脇に騎士が一人ずつ警護にあたっていた。
「旦那様、冒険者ギルドのマスターと、例の冒険者をお連れしました。」
「ご苦労、セバス下がってよいぞ、それと『例の冒険者』ではなくケント殿だこちらからお願いに上がるのだ、礼を欠くようなことがあってはならぬ。」
「ですが、旦那様、一介の冒険者に過ぎない者にあまり丁重な態度を示すと増長するのでは。」
(本人前にしてする会話かな?それとやっぱりセバスチャンらしい。ビンゴ!)
「口答えは許さぬ!もうよい下がれ」目の前の男性の声が大きくなった。セバスと呼ばれた執事は。慌てて謝罪の言葉を領主に向けて、つまり僕の存在は空気として扱われ、部屋を出て行った。
「さて、ケント殿、大まかな内容はそこのギルドマスターから聞いていると思うが、私の娘がどうやらこの町で流行っている病気に掛かったようなのだ。町の人たちに効果的な治療をしているという貴殿に是非とも、娘の治療をお願いしたいのだが。」
「時間が惜しいので失礼ながら、速やかに要件に入らせて頂きます。今すぐ、娘さんを診ることは可能でしょうか。あと、領主様が遣いに出した騎士の対応については、後ほどこちらの冒険者ギルドのマスターに聞いて下さい。ギルドマスターのとりなしが亡ければ、私がここに来ることはなかったと思います。」
僕の言葉を聞き、領主の眉間にしわが寄る。
「何かあったのか。」領主がギルドマスターに問い質そうとするが、そのやりとりを待っているだけの余裕はない。失礼でも話を遮り、本題に話を戻す。
「その話は後でも出来ると思いますので、まずは病気かもしれないというその方の診察を。」
その言葉にはっとした領主は部屋の外で待機していたセバスチャンを呼び、僕たちを病気の娘が寝ている寝室に案内される。
部屋の前には、涙の後がくっきり残る女性が僕の顔を見ると、再び泣くのかという勢いで、「どうかお願いします。娘を助けて下さい。」と懇願してきた。
「済みません。まだ診ていないので、何とも申し上げることは出来ません。」
一応言葉が不躾にならないように、かといって不用意な約束をしないように、前世で培った対人スキルと社会人の応対で、当たり障りおない受け答えを目指す。
「おまえ、貴族の出身じゃないよな。その丁寧な言葉遣いどこで覚えたんだ。」ギルドマスターが驚いて尋ねてくるが、茶化されているようにしか聞こえない。今はそんな場合ではない。
「ここからは、私だけで入ります。もしペストなら感染のおそれがありますので、あなた方はここでお待ち下さい。もし警護の方が同室されるのであれば、出来るだけ離れてであれば監視頂いて構いませんが、病気の感染しても責任は持てません。あと同じ病気かどうかについては、娘さんの腕から少量の血液を採取して、その内容を検査することになります。危害を加えようとしたと勘違いされて、攻撃されるのは歓迎しませんので先に申し上げておきます。」と主に室内に同行して僕の行動を監視しようとしている腰脇に大きな剣をぶら下げた女性に向かって説明する。
母親と思われる女性の了承を得て、僕は入室する。
念のためムートも室内に同行する女性騎士?の行動を監視してもらうために同行する。
幼体とはいえ、真従が入室するのは、と女性騎士?が反対するが、僕単独で剣をもった人間と密室で過ごしたいとは思わない。別のシチュエーションで別の環境なら歓迎する場面なのかもしれないけど。
条件がのめないなら話はここまでと僕が言い切ると、「くっ」と小さく呻きながらも、それで構わないというこの騎士の主と思われる女性の同意に女性騎士も従うしかなかった。
僕達は室内に入ると真正面の天蓋付きの大きなベッドに小さな女の子が寝ていた、子お灸は浅く短く、発熱もあることは、遠目にも確認出来た。
念のためセルパと感覚共有してみると、高熱が原因でうなされているのが判明した。
事前の説明のとおり、僕は女の子に近づき、右腕から採血をして、血液検査器で採血したばかりの血液を検査する。
まあ、見た目にも肌の色がくすんできており、十中八九間違いなくペストに罹患していると思われた。幼少の子供のため、抵抗力も弱い、危険な状態であることは間違いない。
血液検査もその診断を裏付けるものでしかなかった。白血球の数値が以上に増えており、細菌感染は明らかで、体表に現れた指標と併せてペストへの罹患と結論づけた。
僕は速やかに、点滴針をセットし、栄養駅と抗生物質の混合液野天的を開始する。
発熱による体への負担を取り除くため、医療魔法の「冷却」を右手に発動して女の子の額に充てる。
ジューと音を立てて水蒸気が立ち上るのではないかというくらい、女の子の額は熱くなっていたが、そこにひんやりした僕の手が当てられたことで、急速に熱が奪われ、女の子の呼吸が少し楽になったらしい。
それを見た女性騎士の態度がようやく少し軟化した。




