エピソード68
病人を隔離した部屋と、他の子供達に居てもらう部屋の療法を医療魔法の「浄化」で殺菌し、念のため、部屋をつなぐ廊下の部分に結界を張ってもらう。医療魔法しか使えない僕にとって、ギンの持つ防御魔法の「結界」というのは仕組みが全く分からないし、科学的にも銅説明するのかさっぱり理解できないが、単純にうらやましいと思った。
力づくで修道院の一画を病室として隔離することに成功すると、僕は病気でない子供達に食事を与えることにした。
修道院で使っている食器は念のため、殺菌しておく。
作り置き出来るものは基本的にスープが多いので、再びスープだけど、種類と味は変えて、飽きられないように工夫する。
免疫力を高めるには、野菜やキノコをたくさん食べてもらう必要がある。
野菜やキノコと言えば子供の嫌いな食材の定番だけど、修道院の子供達は、普段から日々の食事に感謝して残さず食べるという習慣はついていたので、キノコ多めのスープも喜んで食べてくれる。
あの泣きわめいてわがままだった子供も、文句言わずに食べているので、ちょっとほっとした。
そこにシスターが役人ぽい人を連れて戻ってきた。
シスター曰く、「言われたとおり説明したつもりですが、この人が直接お話がしたいと」
僕はシスターと一緒に居た男性に自己紹介をする。
「僕はケントと言います。冒険者ですが、ギルドからも主に怪我や病気の治療の依頼を受けることが多いです。」
するとその男性が「これは、ご丁寧に。私はプロキオンの役所で文官を務めているアストンといいます。確かに最近、今までに聞いたこともない病気の報告が上がってきています。なんでもこちらにおられるケントさんは、病気についての情報も、また薬もお持ちだとか。そこで、こうして、私がお話を伺いに来たのです。」
見たところそれほど権限のある役職にも見えないけど、話が伝わらないよりマシかと思い、病気の説明をする。
極めて感染力の強い病気であり、早めに対策を講じないと、町の人口が激減すること、死体も感染源になるので、病気で亡くなった人は必ず火葬したうえで埋葬すること、病気に感染した人は、それ以外の健常な人と隔離し、とにかく感染を封じ込めること、薬と呼べるものは特になくて、この病気は人の体内にとても小さな細菌と呼ばれる者が入り込むことによって生じるもので、体内には元々その細菌に対抗する機能があるが、その機能が追いつかないくらいに細菌が増えてしまい、体が耐えられなくなって、死に至ること、その統計的な確率は、感染した場合二人に一人が死に至ると言われていることなどを伝える。
特に致死率が50%という部分に驚いて、真剣に話を聞いてくれた。
「病気を治す薬は本当にないのですか。」
「病気を治す薬というのは存在しなくて、体の中で病気の元が増えないようにする薬を投与しながら、体が、病気の元を死滅させるのを待つこと、そのために栄養のある食事をしながら、病気の元を減らしていくのを手助けするというのが治療の内容となります。」
「その病気の元を増やさない薬というのはどのくらいの量があるのですか、またその薬は増産できるのですか。」
「薬はこの病気に遭遇するまでは次の材料を採取するまで十分間に合う量があると思っていましたが、この病気にまさか遭遇するとは思っていませんでした。この病気の感染力は極めて強く、適切な措置を早期に執らなければこの町の人口の半分以上が感染する右でしょう。そうなってしまえば、薬はとても足りません。また増産出来るかという質問ですが、僕の持っている薬の材料は晩夏から秋にしか採取できません。昨シーズンに運良くたくさん入手出来たのですが、他の怪我や病気の治療にも使えるので、消費量もそれなりに多いのです。他の材料からも作れることは作れるのですが、作り方が分からないというのと、他に唯一知っている方法は青カビに含まれているものを利用するのですが、カビには体に有害な成分も多く含まれているので、この病気の治療には向きません。」
「たとえば、薬が全員に行き渡らない場合、領主に全て一旦収めて領主が薬の管理をするということは可能ですか。」
「それはお断りします。この病気への薬の投与の方法は、直接血管で体内を循環させ、体中に散らばって増殖する病気の元をこれ以上増やさないようにすることです。血管内に直接薬を送り込む方法を僕は今までに他の誰かがやっているところを見たことがありません。僕の持つ技術と機器でなければ無理だと思います。」
アストンさんは、僕の答えに不満があるようだったが、手をこまねいて患者を増やしてしまえば本当に足りなくなる。
速やかに患者の選別と隔離の必要性を伝えて、必要な措置をとるように依頼する。
僕は抗生物質の原材料を全て、血液内投与剤として精製していく。
本当は破傷風の予防のために軟膏の形の抗生物質も少しはストックしておきたかったが、手持ちの原材料でも足りなくなるかもしれない。
なお、残念ながら抗生物質を増やすことはプルンには出来なかった。エピネフリンも量を増やすことも無理だった。
プルンは僕の希望を叶えられないと落ち込んだが、そもそも血液を増殖させることが出来ること、抗体を増やすことが出来るだけで、科学では説明出来ない、質量保存の法則を無視した何かを可能にしているのである。エピネフリンも抗生物質もというのは単なる僕の欲張りに過ぎないので、気にすることなどないのだが、その都度落ち込むプルンを慰めるのはちょっと大変だった。
プルンを抱きかかえてしばらく撫でてあげる必要があったが、義もムートも我「僕」も撫でてと寄ってくるので、結局従魔みんなを順に撫でていくとちょっとした重労働になった。
で、あるなしクイズのように、血液と抗体は増殖可能で、エピネフリンと抗生物質は不可能と比較して、おそらく正解にたどり着いたと思うのだが、増殖出来るのは細胞組織だということである。
そう、プルンの「分裂」に合わせて増殖するためにはプルンと一緒に細胞分裂する必要があり、化学薬品であるエピネフリンや抗生物質は分裂により同じ者が増えていくという構造になっていなかったのだ。
この法則が判明しただけでも大きな成果だし、不必要にプルンを落ち込ませなくて済む。
次に問題になるのは、患者の数が分からないものの、出来る限り隔離して収容出来る場所である。
僕は礼拝堂に行き、女神像の前で祈りをささげ、先ほどのカルマ10万点突破のご褒美に、屋外で利用出来る病室を希望した。
野外用のオペルームに比べたら、体積こそ大きいものの、高さを変更できる手術台や、仮眠用ベッド、麻酔や点滴のホールドなど、いろいろオプションも豊富なオペルームよりベッドとパーティション用のカーテンだけで構成されるいわゆる大部屋の病室を30人分(一部屋6床×5部屋)の病室をお願いした。
目の前にせっぱ詰まった状況で必要なものをお願いすると、その状況でだけ必要になっても、その後使い道がないということも起きるかもしれないが、病室なら極めて汎用性が高い。この先も重宝すると考えられる。
こうして久しぶりにアルテミアス様への礼拝によってカルマ値が大きくプラスに蓄積され、順調にこの世界での目的を果たしていることも確認出来て、便利な医療機器も揃えていくことが出来ている。
まあ、正直CTとかMRIとお願い出来たら今の治療環境が劇的に改善するのだが、放射線や磁力線の概念がなく、放射線や磁力線に方位を指定して照射する技術などこの世界にはないので、そういうのはこの世界の理を崩すことになるから不可能なんだそうだ。
まあ、CTやMRIは治療のための機器ではなく、検査のための機器で、その意味では血液検査器も検査機器だが、磁力線や放射線を使わないで、血液中の特定の物質の濃度に着目して、その数値を記すだけなので、この世界に現存する技術だけで構成できないことはないらしい。
僕は血液検査器と屋外用病室を携えて、修道院の敷地内の病室を設置出来そうなスペースに屋外用病室を設置した。
すぐに、シスターや文官などが手分けして、町の人たちに呼びかけ、体調のだるい人、いつもより熱があるなあと感じる人に集まってもらった。
また、自己申告だけだと、治療にお金がかかると考えて、躊躇する人が出てくるので、身内の人間から見て、体調がおかしいなと思う人はすぐに指摘し、かつ下手に治療を拒否していると家族にも感染し、弱い子供と老人から死ぬ確率が高くなると説明した。
本当は、治療費を請求したいところなのだが、これについては文官が領主に掛け合ってなんとかするとのことなので、あまり期待せずに待っていることにする。
お金が欲しいというより、治療がタダだと言う間違った先入観をもたれるとこの先、怪我や病気の治療にあたる仕事の人が迷惑するので、本来掛かる手間や薬の代金は後々のことも考えてトラブルにならないようはっきりさせておく必要があるのだが。




