エピソード67
血液検査の結果、体温が高いと思われた二人は白血球の数値が尋常ではないくらいに跳ね上がっていた。
細菌が血液中に増殖しているサインである。
そして血液検査をしたことによって院長先生も白血球の数が年齢野割に水準値を大きく上回っていることが確認出来た、高齢の人は抵抗力が弱まっているので、悪化するまで兆候として見えにくいこともあり、検査により早めに病状の兆候を見つけることが重要になってくる。
状況を説明し、判明した3名は、他の人と隔離して生活してもらうことにする。
抗生物質を処方し、点滴で血液内に直接抗生物質を投与する。
他の人もまだ、感染していないとは断言できないため、注意して観察する必要があることを伝えた。何より規則正しく栄養のある食事を摂取し、うがいと手洗いを習慣づける必要があった。
住環境も喪荷台だった。どこの町でもそうなのかもしれないが、この町の修道院も、財政難で廃墟寸前で、衛生状況も決して良いとは言えなかった。
ペストはネズミが感染媒体になるが、ネズミについているノミも副次的に感染媒体となることがある。
地べたに直接寝ないことも感染防止の有効な手段であるが、修道院の子供達一人一人にベッドを用意出来るほど、修道院は裕福ではなかった。
せめてもの応急措置として、僕は毎日浄化を修道院中に掛けることにする。
あとは、修道院への寄付だからと説明して、食事を栄養価の高い具だくさんのスープを一日三食提供する。
従魔の食事もどうせ作るのだからついでにと、。
これ以上の被害者が出ないようにと、応急処置の段取りを付けたその日、病状が進行しすぎたあの少年は、静かに息を引き取った。
修道院中が悲しみに包まれ、子供達は一晩中泣き明かした。
院長は心労がたたり、急激に体力が落ちたことで、一時危ない状態になったが、抗生物質と一緒に栄養剤も点滴した。
子供達の縋るような眼差しが院長先生の気持ちを奮い立たせることが出来たらしく、夜明け前には持ち直し、その後は呼吸も安定した。
院長先生の承諾を得て、昨晩亡くなった少年の遺体を荼毘に付し、修道院の庭の隅にお墓を作った。
こちらの世界に来て、初めて失った患者だった。
一人の死者を看取ることもない医者などいようはずもない。人の生き死にに向き合う、精神的な苦痛を伴う職業だと覚悟の上でなったはずの医師という職業であったが、それでも何度経験しても決して患者の死に慣れることはない。慣れたいとも思わないけど。
修道院の人たちは、一人の犠牲によって蔓延している恐ろしい病気の存在に早く気付くことが出来たため、これ以上の犠牲は出さずに済みそうだったが、これが氷山の一角であることは言うまでもない。
こういうとき、この町の人たちに話が出来る院長先生が感染してしまったのは辛い。
冒険者ギルドは先ほど受付の女性にセルパを馬鹿にされたばかりで、足を運ぶ気にはなれない。そもそも発熱というペストの比較的初期の段階の症状を見分けるのに、セルパが居なければ話にならない。一人ずつ血液検査をしている余裕などないのだ。
僕は年齢的にも役職としても、院長の次に権限を持っていると思われるシスターに、蔓延しているペスト(黒死病)の恐ろしさを伝え、その感染力と致死率の高さから、多くの人の命が危険にさらされている事実を伝える。
本来は病気についての知識がおそらく一番あると思われる僕がしかるべき役職の人に伝えるべきなのだが、よそ者であることはきっと障害になると思われるから、しかるべき人を通じて、この町の責任者に伝えて欲しいと依頼する。
一応説明のために、シスターも見ていたとおり、この病気の特徴は末期の患者の体中が黒ずんでくることで、色が濃いほど、重篤で、そうなるともう手の施しようがなくなること、初期症状は発熱や頭痛くらいしかないので、気が付きにくいけど、既にこの病気に感染している人がこの町にいる以上、この時期の発熱はこの病気を疑う必要があること。この病気に有効な薬は多少の量はあるけど、爆発的な感染、パンでミックを起こされると、薬が足りなくなること、今はまだ春先で、晩夏から秋にならないと、この薬の材料が手に入らないため、この時期の感染爆発は薬が不足する可能性が極めて高いこと、病気に感染すると早い段階で適切な治療を行わない場合、健康な人でも、二人に一人は死ぬほどの致死性を持っていること、まして貧民街の栄養不足で体力の落ちている人達だと、この致死率がさらに上がることを説明し、一刻の猶予もないことを説明した。
シスターは真剣な顔をして、僕の話を聞き、柔道院を飛び出していった。
病気の院長先生を僕に託すだけの信用はどうやら得られたようだ。
抗生物質に即効性はないので、この病気が快方に向かっているかどうあかは、熱が引くこと、血液中の白血球が正常値に戻っていくことくらいしか判断材料がない。
免疫力を高めるために栄養価の高い食事をすること、ベータグルカン豊富なキノコ類を食事に多く取り入れよう。
シスターが偉い人に説明に行ったことで、修道院には僕と今のところ発症の傾向の見られない子供達が残った。
僕は子供達に、院長先生や友達が心配なのは分かるけど、同じ部屋にいると、咳やくしゃみから病気が感染ることがあるから、別の部屋で待っててくれるかな、とお願いする。
ところが見知らぬ僕の言葉を聞くこともなく、自分たちは院長先生の傍にいると駄々をこねる。
僕はしゃがんで子供達の目線に合わせながら、ゆっくりと説明する。
「院長先生とお友達にあげている薬は、それほどたくさん有るわけじゃないんだよ。
もし、君たちがこの部屋に残って院長先生と同じ病気になったら、薬が足りなくなって君たちも院長先生も死んでしまうかもしれないんだよ。今のところ君たちは病気に感染している傾向が見られないけど、このまま同じ場所にいると、感染するかもしれない。それは自分たちの命を危険にさらすだけじゃなくて、友達も、院長先生も殺すことになるけど、それでいいのかな。」
意識的にショッキングな言葉を使っていることは自覚しているけど、どれだけ危険なことをしているのかを自覚してもらわないと、取り返しが付かないことになってしまう。
子供達は、僕の厳しい言葉に泣き出してしまうが、泣かれた方が死なれるよりもずっといい。
目の前で救えずに手のひらからこぼれ落ちていった小さな命、あんな思いは二度としたくない。
心を鬼にして、さらに続ける。「今すぐこの部屋を出て行かないのなら、院長先生の治療も子供達の治療も辞めて僕は出て行く。病気を増やして、助けられるかもしれない命を粗末にする人たちのことなんか気に掛けない。」
そういうと子供達はびくっと動きが止まり、さらに激しく泣き出す。僕は子供達を隣の部屋に誘導する。
多くの子供達は泣きじゃくりながらも指示に従ってくれたのだが、一人だけ、頑として雨後好意としない子供がいた。
僕が近寄って頼み込んでも、抵抗する。
「このまま院長先生にお薬上げるの止めてもいいのかな?」そういうと激しく泣きながらも、動こうとしない。
「あ、そう、じゃあ僕はもう行くね。後はどうなっても知らないからね。」
そういって部屋から出ようとすると、さらに火がついたように激しく泣き出す。
気持ちは分からなくもないけど、他の子供が身を引き裂かれる思いで、指示に従って部屋を出たのに、一人だけ駄々こねてそれが通れば、きっと感染者が増える。
僕は深呼吸をすると、その子供に近づき、いきなり頬をはり倒した。
暴力に訴えるのが良くないことも子供に手を挙げるなんてとも思うけど。
「この部屋にいて病原菌に感染されたら、院長先生始め周りにどれだけ悲しむ人が出るのか分からないのか!泣きわめけば自分の思い通りになるとでも思っているのか!」
僕は大声で怒鳴りつける。泣いていた子供は、怯えて泣いていたのも止んだが、いずれまた同じことの繰り返しだろう。
僕は他の子達が居る部屋にその子を引きずっていき、他の子に、この子が自分勝手な行動をしないように見張っていて欲しいとお願いする。
院長先生達の病気が悪化したら、その子のせいだと告げる。
その子供は怯えて声も出せなくなったが、自分勝手な行動を言葉で説得して辞めさせるだけの時間も心も余裕がない。
早くシスターさんが戻ってきてくれることを願うばかりだ。




