エピソード66
「へっ」
思わず変な声出た。
お金が、お金がおかしなことになっている。
金貨1000枚とかもう珍しくなくなってきたけどさ。
結構使ったよ?修道院なおしたりとか、救急馬車を特注で作ったりとか。
アルテミアス様がいうには、アンタレスの街でスタンピードを未然に防いだことでカルマ値?というのが一気に増えたそうだ。スタンピードが起きていれば失われたであろう命を救ったことで、街の人たちの感謝が、修道院ひいてはアルテミアス様とアストレアス様への信仰心に結びついたのだという。
「なので、カルマ値が5万を超えたご褒美と10万を超えたご褒美、二つ希望の品をカタログから選んでね。」
「え?カタログ?」
「ごめんなさい、言ってみたかっただけ。」
ずいぶんと今日はご機嫌さんだなあ。
と、当然、アルテミアス様がしょげ込んだ。
(あれ?)
「えーと、アルテミアス様、僕が何か失礼なことを申し上げたでしょうか。」
「あ、違うの、ケント君のせいじゃなくて、久々に会ったからはしゃいじゃったけど、今、ここの孤児院の子供が原因不明の病気で苦しんで居るの。」
「っ、そういうことは早く言って下さい。」
僕は礼拝を中断し、シスターに向き直る。
「ここの孤児院の子供の一人が病気で苦しんでいるとか、そこに案内してもらえませんか。」
僕がそう伝えると、シスターは驚きで両目が大きく開いた。
「なぜ、それを。もしやあなた様は女神様の神託を受けて。まあ、女神様の使徒様が。女神様が使徒様をお遣いになられた。院長ー」
「ちょ、ちょっと待って。」
呼び止めるのもむなしく、シスターは駆け足で扉の奥に消えていった。
「なぜ、こうなった。」
僕がオタオタしていると、しばらくしてシスターが年配の女性と一緒に戻ってきた。
「シスターメアリから聞いたのですが、なぜ、貴方は孤児の一人が病気だということをご存じに?」
正直に話しても信じてもらえる内容ではないのだが・・・
「礼拝中に、アルテミアス様とお離ししていまして、そこでアルテミアス様より、ここの孤児の一人が原因不明の病気だと聞きました。私は病気や怪我を治すことを職業としている者ですので、疑われているとは思いますが、一度その子供を診せて頂く訳にはいかないでしょうか。」
僕はそう伝える。
院長先生はじっと僕の目を見て真剣に何か考えているようだ。そりゃ見ず知らずの人間にそのように言われてもとは思うが。
僕は院長先生の次の言葉を待って、僕はじっと院長先生の顔を見つめる。
院長先生は眉間にしわを寄せて、僕の顔を見ながら品定めをしているようだ。そりゃ、初対面のどこの誰か分からない人間をいきなり信用しろというのが無理だろう。
と、院長先生が一つ大きく深呼吸をすると、おもむろに口を開いた。
「分かりました。貴方からは人を騙そうという気配のようなものは感じられません。まだ貴方を全面的に信用している訳ではありませんが、もし貴方が悪人なら、そこにいる貴方の従魔達が貴方に付き従うこともないでしょう。どうぞこちらへ。」
僕はとりあえず、信用してもらえたことにほっとして院長先生の後に続く。
奥の部屋に、その子供は寝かされていた。
高熱にうなされて、体も大分弱っているようだが・・・
しかし、この体の色は・・・
目の前でうなされている少年は体中の皮膚がどす黒く変化していた。
僕は思わず息をのむ。
僕はこの病気が何かに心当たりはある。しかし、臨床経験など内、有るはずもない。遠い昔に、それも日本ではない国で起きた大流行、たくさんの死者を出し、黒い死に神と呼ばれたペスト、目の前の少年の症状は本でしか読んだことのないその病気である嫁げていた。
しかし、これは。
目の前の少年はもはや助からないだろう。
プルンがいて、なお、体内で増殖した病原菌はもはや臓器を機能不全にまで追い込んでしまっていた。
体色がどす黒いのは、皮膚細胞ももはや壊死していると思われるからである。
その色故に呼ばれた黒死病。
しかし、感染源は一体・・・
この町の環境からして感染媒体になっているのは間違いなくネズミだろう。
しかし、なぜこの少年が、
ここまで症状が進行してしまったら、僕に出来ることなど、もはや何もない。少なくとも治す方法としては。
僕は院長に向き直り、この病気が黒死病と呼ばれる極めて恐ろしい感染症であることを伝える。
空気感染はしないが、感染者と同じ食事同じ飲料水を利用していれば、他の者にも感染するおそれがあることを伝える。
元々、ペスト致死率は50%前後であり、感染すれば適切な治療をしない限り、二人に一人が亡くなってしまう。
もう少し早ければ、抗生物質による治療が奏功したかもしれない。
けど、ここまで病状が進行してしまえば、もう彼の内臓は機能を取り戻すのは無理だと思われる。
もはやこの段階になって僕に出来るのは、苦痛だけを取り除いて、安らかに最後を看取ることしかできない、と
院長はその場に崩れ落ちて泣き出してしまった。
子供達はそんな院長先生に、おびえて、泣き出していた。
こんなとき、自分の無力さを痛感する。この仕事を志したのは、他人の命を救うためだ、ここで何も出来ずに目の前で失われていく命を黙って見ていることしかできないなんて。
僕は、そっと少年に、朝顔の種から精製した麻酔剤を、痛み止めとして投与する。
もって今日一日というところだろう。せめて痛みに苦しまない最期を。
せめてもう少し早く、抗生物質に反応を示すくらいに治療が開始できれば。
言い出せばきりがないが、それでも悔やまれる。
保護者代わりの院長先生に、少年の現状、今夜が峠であること、苦痛だけでも取り除く方法があることを説明し、処置へと至る。
ただ、ペストは、目の前の少年一人だけが突然病気になって終わるというものではない。一緒に生活していた人はほぼ間違いなく感染しているはずである。
中世ヨーロッパの大流行のときは人口が5分の1も減少したとも言われている。
僕はいたたまれない気持ちを振り切って、他の人も同じ病気に感染している可能性があること、自覚症状が出る前に、感染の有無を確認し、適切な治療を開始しなければならないことを説明する。
院長先生は驚きながらも、これ以上の擬制を出さないために、僕の言葉を信用してくれた。
僕は、修道院の人全員に集まってもらう。
テイマーの「感覚共有」という技能により、セルパの熱感知によって、体温が著しく上昇している人を見つけようというのだ。
セルパは、自身が弱い生き物で周りが天敵だらけの環境で生き残ってきたので、獲物を見つけ、敵から逃げるための唯一の武器であるピットでの熱感知の能力に優れていた。
草原蛇全体に見られる能力なのだろうが、弱い生き物が生き残るためには、何か一つでも圧倒的に他の生物よりも突出した能力を備えていることがある。その能力故に弱肉強食の世界をなんとか渡っていくのだ。
セルパと熱感知の感覚を共有した僕の目には、部屋にいる人たちが、温度によって色分けされるサーモグラフィーの画面のように見えていた。
画面をのぞき込むのと違い、自分の目に直接その光景が映るのは、日常の感覚と違うため、吐きそうになるが、なんとか堪えて、発熱の兆候が見られる子供2人を特定した。
感染していると断言するには検査機器がなさ過ぎる。
僕はそこではたと思いついて、礼拝堂に戻る。
突然の僕の行動に院長先生も不安になり、あとを付いてくる。子供達も。
僕は礼拝堂で再びお祈りを始め、アルテミアス様にカルマ値5000-天突破のご褒美に前世の血液検査機器をお願いする。
ポータブルで卓上で使用できるタイプのものでも科学の発展した前世では、精度の高い検査結果が期待できる僕も使っていたやつだった。
なぜかこちらの世界に持ち込むと動力源が魔石になるが、細かいことは気にしないことにした。
野外オペルームの有用性を考えれば、この血液検査器もきっとたくさんの人の命を救ってくれるはずである。
院長先生と子供達は、女神に祈りを捧げる僕の体が光り出し、光が収まると僕が見たこともない機械を手にしているのを見て、神の奇跡と蛇穴だしたが、口外しないようお願いして、さっきの部屋に戻る。
特に体温が高かった子供二人から、血液検査を始める。
子供に注射はハードルが高いはずなのだが、この世界の子供達は、痛みに慣れすぎていた。
そのこともまた僕の心を締め付けるのだった。




