エピソード61
「3,2,1」静かに指を折りながら、突入のカウントダウンを行い「0!」で、僕が入り口のドアを勢いよく開けて、中を覗き込む。
物音のする入り口を1階の野盗達が一斉に振り向き、僕と目が合う。
「てめえ、何者だ。」すぐに罵声が飛び交うが、その瞬間、入り口とは反対側の窓を蹴破ってギンが部屋の中に飛び込み、あっという間に野盗達を吹き飛ばして行く。勢いよく壁にたたきつけられた野盗はそのまま意識を刈り取られ、床に伏していく。
まあ、小屋の入り口が狭すぎてギンが入れなかったので、急遽この陽動作戦を思いついたんだけどね。
それを片っ端からタラちゃんが縛り上げて邪魔にならないよう、ギンが前足で部屋の隅に転がしていく。
僕は1階が制圧されるのを入り口の扉の外で待って、終わった後屋内に入っていく。我ながら、荒事は全部従魔任せで、物語の主人公にはなれないキャラだなと重いながら、それでも自分がやるべきことは、別にあると、井田さんの偵察で地下室がありそうだった付近の床を調べると、やはり、そこだけ床の色が変わっており、色の変わっている床の縁をよく調べていくと、一カ所指を差し込むことの出来るくぼみがあり、そこに指をかけて、床にあった隠し扉を開ける。
そこには階段があったが、真っ暗だったので、僕は医療魔法の「灯り」を発動させる。
灯りは文字通り暗闇を照らす魔法で、部屋全体を明るくすることも。手術中に手元だけを明るくすることも消費魔力の量の調整で自由自在に出来る魔法である。
地下室全体を照らすと、そこには街道を通行する旅人から奪い取ったと思われる財産と一緒に、隅っこで震えている女性が4人居た。
「あれ?」3人じゃなかった?」ついつい言葉に出してしまったが、僕の声を聞いて一層おびえ出す女性たちに、「あ、ごめんなさい。怖いですよね。一応僕は、野盗じゃなくて冒険者です。さっき、すぐそこの野営場で、ここを拠点にしている野盗の集団に襲われたので、返り討ちにして、ついでにここの場所を聞き出して、あなた方が捕らえられているって聞いたので、助けに来ました。」
「えっ?」女性の一人が、この男は何を言っているのだろうという目で、こちらをおびえながら見つめる。
「えーと、あまり長居したい場所じゃないんで、落ち着いて下さいね。助けに来たので、今からあなた方を縛っている縄をほどきますんで、じっとしていて下さいね。変なことしませんって約束しますんで。」
うーん、変なことしませんって口に出すほうが胡散臭いと思うけどなあ。
そう思いながらも、言わずにいきなり接近するとやっぱり怖いだろうし、パニックになられて、予想もつかない行動に出られると困っちゃうので、一応、怪しさ満点だなと思いながらも説明しながら接近していく。
こういうのは、一番おとなしい人から解放するのが、トラブルになりにくい。
ということで、見渡すとなぜか、小さな女の子が一人、あれ女性3人て聞いてたけど、子供だから自分の性欲の対象に入らず、女性どころか、人質としてもカウントしてなかったのかと得心がいった。
女の子から解放し、次にその女の子を庇うようにしていた女性、そして見た目から冒険者と思われる女性二人を次々に後ろ手に縛られたロープと足首を縛っていたロープをナイフで切除する。
そこでようやく、僕が敵ではないということを理解してもらえたようで、女性冒険者からは御礼を言われるが、まだ小屋を脱出出来てないし、僕が地下室に向かった時点で2階の野盗共はまだそのままのはずだったので一応油断は出来ない。
まあギンにかなうはずもないのだが。
それより、女の子は縛られて地下室に閉じこめられていた恐怖が、解放されたことでようやく自分の気持ちを表示出来るようになったのか、ものすごい勢いで泣き出してしまった。
一緒に居たと思われる女性が必死に宥めているが、泣きやみそうになかった。
僕は、野盗が奪い取った財物を全部収納に入れると、泣きじゃくる女の子のところに行き、しゃがみ込んで、目線を合わせると、「怖かったね。お兄ちゃんが来たから、一緒にここから出ようね。」と出来るだけ優しさが声にでるように女の子に話しかける。
女の子は急に知らない人に声をかけられたのでびくっと震えると、おそるおそる「おじちゃん、誰?」と聞いてきた。
「お、おじちゃん?お兄さんと呼んでくれないかな。」僕は口端を引きつらせながら、女の子になおも優しく話しかける。何故だろう、一緒にいる女性の背中が小刻みに波打っている。どう見ても笑いをこらえているように見えるのは気のせいだろうか。
無邪気な子供の一言って悪気がないだけに心を抉るよね。
「お、お兄ちゃん?」疑問形なのがクリティカルにヒットする。もはや、付き添いの女性は笑っていることも隠そうとしない。
僕はため息をつきながら、付き添いの女性に断り、女の子を抱えると、地下室の階段を上がっていく。
目の前には、ギンによって意識を刈り取られた上、タラちゃんにぐるぐる巻きにされた野盗の山が積み上がっていた。
「お疲れ。」僕はそういってタラちゃんとギンを撫でながら労う。「う、うむ、もう少し歯応えが欲しかったがの」と言いながらも、尻尾が揺れており、うれしさを隠し切れていなかった。タラちゃんも頭の上二手を置くと、下からこすりつけるように押し上げて、嬉しさを表現していた。
活躍の場がなかった、プルンが頭の上に載って抗議するようにぴょんぴょん飛び跳ねるので、「プルンもお疲れ。何かあった場合に備えて居てくれるだけで安心なんだよ。」と説明して、決してプルン花にもしてない訳じゃないと説明すると、すぐに機嫌が直った。
「えーと皆さん、この近くに僕の仲間が僕たちを待っているので、そこまで移動してもらっていいですか。どこか怪我されて、歩くのに支障がある人とか居ますか。」と尋ねる。
女性冒険者の一人が急にその場に崩れ落ちて泣き出した。
僕は慌てて理由を聞こうとするが、その女性冒険者の仲間のもう一人の女性が、理由を説明してくれた。その冒険者達は、野盗に殺された男性冒険者2名と四名でパーティーを君でいたが、野営場で突然大人数に取り囲まれて男性冒険者はその場で殺され、自分たちは口にも出せない辱めを受けたのだという。
「ごめんね。つらい思いをしたよね。もう少し早く助けることが出来れば、つらい思いをしなくて済んだのにね。」僕がそういうと、それでも助けてもらったことで、何度も辱めを受けた挙げ句に奴隷として売り飛ばされる未来を回避することが出来た。命の恩人だと話してくれた。
とりあえず、馬車のあるところまで戻ることにした。12人居た野盗はタラちゃんの糸でぐるぐる巻きにした状態で糸の端っこをギンが加えて馬車までまとめて引きずっていった。
森の中で至るところに木の根が張りだしてきており、市中引き回しの刑よりもダメージは多そうだが、とらわれの女性にした仕打ちを考えれば同情する気は毛頭ない。
幌馬車まで戻る直前で、断りを入れて、僕だけ先に戻り、収納から自分たちの馬車も出しておく。見ず知らずの人たちの前で取り出すのは説明が面倒だし、噂にされても平穏とはほど遠い未来しか想像できない。
ムートと井田さんとミニホからの熱烈歓迎を受けた。特にムートは自分の活躍がなく僕に良いところを見せられなかったと落ち込んでいたので、終わったら一緒に遊ぶ約束を待ち遠しく思いながらおとなしく馬車で待っていたと告げてきた。
そこに女性達が合流し、ギンだけでなくドラゴンのムートを見てさらに驚く。実際のムートの大きさを見ると驚くどころか気絶してしまうだろうが、ちっちゃな幼体の状態で出会ったのは幸いなのかもしれない。
「で、君たちお腹すいてない?」ずっと地下室に閉じこめられていたのだ。満足な食事が与えられていたとは想像しにくい。
僕の問いかけに呼応するように、女の子のお腹が「キュル~」と鳴った。
女の子は顔を真っ赤にして俯いた。
暗がりで分からなかったけど、女の子の耳が人の耳より遙かに細く斜め上にとがっていた。
ルフィーネさんと同じ特徴を持つその耳は女の子がエルフであることを示していた。
女の子は僕が女の子の耳を見てエルフだということに気付いたことを悟り、慌ててローブのフードを頭からすっぽりかぶると、おびえたように付き添いの女性の後ろに隠れた。
よく見れば、一緒に居た付き添いの女性もエルフだった。
その女性は女の子を庇いながら、「私たちがエルフであると知ったことで、私たちをどうするつもりですか?」と非難するような口調で僕に詰め寄った。
「えーと、質問の意味がよく分からないんですが、あなた方がエルフであることで、私が対応を変えなければならない理由って何かあります?」普通にそのような反応をされたことが分からなかったので、純粋に尋ねてしまった。
「私たちがエルフだと知って、高く売れると考えたのでしょう。」なおも責めるような言葉を続ける女性に、「今までつらい目にあったことは想像出来るし、初対面の僕を信じられないというのであれば、それでも構わないけど。でも、僕は医者として、目の前で衰弱している患者が居るのを黙って見過ごすつもりはないから。」そういって、僕は収納から、旅の食事用に大量に作り置きしている、ミノタウロスのハラミをとろとろになるまでブランデー製造の後のアルコールの抜けたワインで煮込んだ料理を全員に出す。
装飾のミニホ以外の全員が大好物の一品だ。ミニホにはにんじんを刻んで飼い葉と混ぜ合わせた特製飼料を飼い葉桶一杯に与えた。
僕たちは度重なる野盗討伐に夜明け目前だということも忘れて、一心不乱に食べ出した。
それを見て女性達もおそるおそる口を付けるが、一口すすった後は、僕たち以上に夢中になって食べ出した。
全員がお変わりを希望したけど、医者としては、空腹時に突然暴飲暴食をするのはかえって弱り果てた胃に過度な負担をかけることになり、余計に体力を消耗して、衰弱することから、そのように説明して、時間をおいて、少量ずつ食べるように、しばらくしたらまた食事を提供すると伝えた。