エピソード59
テントの物陰からこっそり除いていたらしい、商人が満面の笑顔で外に出てきて、こちらに向かってくる。
「ありがとうございました。あなた様が折られなければ私どもは、ここで命を落としていたでしょう。商人としては、この恩に報いなければなりません。何でもおっしゃって下さい。」商人の中でも一番年配の者がそのように口を開く。「あと、申し遅れましたが、私は、この先、プロキオンの町でエルネスト商会を営む、ジョージア・エルネストと言います。こちらは息子のモンタナ・エルネストです。親子共々ここで命を落とすことになれば、我が商会もおしまいでした。この恩義は必ずお換えしせねば、商人の沽券に関わります。」
「えと、ちょっと待ってもらっていいかな。」僕はそういうと、ジョージアさんを押しのけて、後ろで血を流している剣士のところに向かう。
仲間が一生懸命ポーションを振りかけているが、傷が思ったより深く、血が止まらないらしい。仲間は取り乱していた。
僕は近づくと、「傷口を見せてくれ。」そういって、場所を譲ってもらい、剣士の男の上腕を確認する。
傷は動脈にまで達しているらしく、鮮血があふれ出してくる。剣士の顔も蒼くなっており、このままで出血多量で死ぬだろう。
「プルン、おいで。」僕は大きな声で、自分の馬車に向かってプルンを呼ぶ。
すぐにプルンがピョンピョン跳ねて僕のところまでやってくる。
「この人治療するから、流れ出した血を集めて、綺麗にして、増血してくれる?」
僕がプルンに頼むと「ご主人、わかったー。」とすぐに、血が流れ出した地面に覆い被さり、地面が血を吸収してしまわないうちに、血液を体内に取り込みだした。
僕は、こっそり収納から鉗子を取り出すと、断裂して出血の原因になっている動脈を出血点の手前で遮断して止血する。
上腕部を走る動脈は、左手全体に血液を送る、重要な動脈であり、下手をすればこのまま一生左手が使い物にならなくなr、そうなってしまえば、冒険者生命は終わる。
それでも、その前に言っておかなければならないことがある。
「今からあんたの腕の治療をするが、仕事としてやる以上はお金がかかる。切れた血管をつなぎ合わせて、失った血液を体の中に戻し、傷口を縫い合わせるというのがその内容だ。これには金貨で4枚頂くことになる。払うなら続けよう。」
「っ」剣士は驚きで声も出ないようだ。ポーションなら大銀貨で1枚というのが相場だ。その40倍の金額であり、おそらくは護衛料よりも高いはず。このままでは赤字になってしまう、躊躇するのも分からないではない。
「ためらうのは分かるが、このままだとあんたの左腕は使い物にならなくなる。血を止め続ければ左腕が腐り落ちるし、止血を辞めると出血多量で死んでしまう。そこの野盗の報奨金は4人でもう少しあるだろう。護衛料と合わせて全くの赤字という訳でもないだろう。」
「やってもらおう。リーダーの腕には代えられない。金貨4枚は確かに私たちには大きな金額だけど、私たちやっと5級に昇格して、護衛の仕事も出来るようになってようやくお金を貯められる仕事が出来るようになったんだもの、これから冒険者を続けていけば、治療の代金だってすぐに取り戻せるよ。」剣士と一緒にいたローブ姿の魔法使いの女性がパーティーメンバーを説得する。
「ローズマリー、けどいくら何でも足元見過ぎだろう。」剣士はまだ納得いかないらしい。
「リーダー、そんなこと言って死んでしまったら元も子もないんだぞ。」もう一人の大きな盾をもった男性冒険者が、リーダーが喰ってかかるのを制止する。
「そうよ、今はリーダーが冒険者を続けられることの方が重要だわ。そこの貴方、お願いします。リーダーの治療をして下さい。」
(頼りないと思うが、少なくとも仲間の人望はあるらしい。)
僕は目の前の血を流して地面に座っている剣士を見ながら、治療を開始する。
この世界に来てもう何度もやってきた施術である。この世界の冒険者という職業は、組合を作って健康保険制度を創設すべきだろう。けど、ここまで怪我が多いと健康保険制度も維持できないか。
そんなことを考えながら、プルンが血液を集めて浄化し、増血が済んだところで、野外オペルームを取り出す。
突然何もないところから、部屋一つ分が出てきたことに、冒険者も商人も声を失ったが、相手にしている時間的余裕はないので、担架を取り出して、横に置き、剣士のパーティー仲間の男性に、剣士の足を持ち、僕が傷口近くの脇を持って、担架に乗せる。その片方を持って、今取り出した天幕の中に運び込むことを指示する。
オペルームの中の手術台に剣士を乗せると、そこからは時間との戦いである、血流を止めてから15分で血流を再開しないと、血液が回らなくなった細胞の壊死が不可逆的に失われ、再生できなくなる。そうなれば、血流が戻っても細かな左手の機能が失われるかもしれない。
つまらないやりとりで、貴重な時間を失った僕は、すぐに左手患部の傷口をエタノールであらって、開口部をさらに広げるためメスで切り開く。。
プルンが助手を務めてくれ、術部の視野を広げるように、切り開いた筋肉信分を左右に開いて確保してくれる。こと、治療の場面でプルンは万能である。
僕は術部を広くとったことでさらに切断部から離れたところにもう一度鉗子で止血部分を長くとると、切断部分を切りそろえ、縫合の準備をする。
井田さんが血管縫合と神経縫合のための細番手の糸をたくさん用意してくれていたので、目の前の剣士については、神経もきちんとつなぐことが出来るだろう。
順序としては、血管縫合を先のタイムリミット内に完了して、血流を戻し、ついで神経縫合である。
どちらも時間をかけて良い内容ではないが、雑にしたらそれこそ取り返しがつかない。縫合の水準を満たした上での時間との戦いである。
とはいえ、前世の手術では自家輸血なんて、よほど施設が整った場所でなければ出来るはずもない施術である。血管の止血にしたって、縫合の間だけで足りる。それ以外はプルンが血管のバイパスになってくれるのである。
それはまるで人工心肺を腕の切断の治療のために、患部に対してだけ部分的に使用するという「自分で言っていても何を言っているのか分からない」贅沢さである。そもそも人工心肺は心臓を止めるために、一時的に心臓と肺の代わりを果たす高額医療機器である。
それを心臓を稼働させながら、心臓の補助的な役割を果たすよう、失った血液を体内に戻しながら、血圧を調整して循環を確保する生体医療機器がプルンなのである。
うんやっぱり自分で言ってて何を言っているのか分からない。
手術は今までの最短を記録した。切れていた動脈が一本だけなのも幸いした。
神経縫合まで含めて、タイムリミットで終わらせ、血流を回復したときに、左腕に赤みが戻っていったことで、血流の回復が視認も出来た。
麻酔は使ってないので、剣士も血流の回復とともに、左腕の先端に暖かさが戻っていくことを体感し、治療の効果を確認出来たのだろう。目に涙が浮かんでいた。
「ありがとう。」剣士はそう呟くように御礼をいった。
「左腕を動かしてみてくれ。」僕はそう伝える。神経縫合の効果を確認したかった。剣士は僕の指示にしたがって、左腕に意識を集中していた。左の肘が僅かに動く。神経がつながっていることは確認出来た。神経が切れたときにシナプスの伝達が悪くなるのはままあることである。リハビリが必要にはなるらしい。
「tぎは左手の指を動かしてみてくれ。」
同じように剣士は左手に集中する。左手が少し内側に向かって縮む。
「見てもらったように神経はつながっている。一度切れた神経は、先端に動かすための信号を送るのが不自由になることがまま見られる。何度も動かす動作を繰り返すことで、その信号が円滑に伝わるよう、この先繰り返して行う必要がある。これをリハビリというのだが、再び同じように左手を動かしたければ、その作業は怠らないで欲しい。」
そう告げて、手術を終了した。
どうやら一人の冒険者の人生を大きく変えずに済んだらしい。




