エピソード58
僕は、見張りのポジションの確認をするフリをして、4人組の冒険者のリーダーと思われる剣士のところに歩いていく。
地面に野営場の馬車の位置を書き記しながら、あいつらには聞こえないくらいに声を潜めて、「時間がないので手短に言う。聞き返さないこと、大声尾を出さないこと、もう一組の冒険者のフリをしている男達に聞かれたら、大変なことになる。分かった?」と話しかける。
剣士は驚いて目を見張ったことで、もう一組の男達が、「何の話をしているんだ、見張りの段取りなら俺たちも話に加わらせろとこちらに近づいてきた。正直舌打ちしたい気分だが、僕は地面に馬車の位置を書き取りながら、剣士に「あんたは素人か。二度と言わない。近づいてくる男達は野盗だと思う。気を抜くな。襲撃が始まったら自分の護衛対象の商人達を守ることに徹しろ。俺たちの邪魔はするな。もうすぐあの男に声が聞こえてしまう。いいか、絶対聞き返すな、死にたくなければ気取られるな。」
僕は捲したてたあと、近づいてくる男に、僕らは自分たちの馬車がこの位置にあるので、野営場の外から襲ってくる魔物を警戒するなら、この方向を担当しようと思う。あんたらは、馬車がこの位置にあるし、人数も多いのえ、少し広い角度で、こちらの方向を受け持ってもらいたいんだ。構わないか?この剣士には、護衛対象の商人が居るから、商人が寝ているテントを野営場の中のほうに持ってきて、外側を冒険者のテントで囲むように見張りをしてくれとお願いしていたところだ。」
「いいか、今晩のこの野営場の見張りのリーダーは俺だ。俺に無断で勝手に話を進めるんじゃねえ。」その男は怒鳴り声で、僕に向かってそういった。
「いや、そんなつもりはないよ。3組の見張りが出るんだ。分担を決めた方が負担も軽くて済むだろう。別にあんたに考えがあるなら、それでもいいが、せっかく見張りを分担するんだ。無駄のないように配置してくれ。」
「おまえは一人だから、自分の馬車のある方向で構わんが、そっちのおまえ、商人の荷物を積んだ馬車は、外から来る野盗から遠ざける意味もあるので、内側に置いておけ。その方が護衛しやすい。経験豊富な俺様の助言だ。はっはっは。」
男はそういって戻っていった。俺たちの話の内容が自分たちの計画の邪魔になるものではないと知って安心したようである。油断しまくりで、自分たちのテントに戻っていった。
僕は冷たい目で剣士を睨み付けると、「邪魔はするなよ。何かあったら自分の身は自分で守ることになる。俺はソロだし、あんたらの護衛の手助けまでは出来ないし、出来てもしない。」そういって、僕は自分の馬車に戻った。
ギンが「さっきの話はなしだ。護衛の依頼を受けるには冒険者等級5以上でなければなrなかったはずだ。本当にそんな実力があるのか。まるっきり素人だった。」
僕は「危険を冒して情報を共有しようとしたんだけど、分かってなかったようだし。大丈夫なのかな。冒険者はともかく、護衛を依頼した商人は、冒険者の能力不足で命を危険にさらされるのは可哀想な気がするけど。」
「主殿、この世界は主殿が元居た世界とは違うぞ。人の命など紙のように薄くて軽い。あまり、他人の人生まで背負い込むことのないようにな。」そういって、ギンは馬車の屋根に飛び乗り、あくびをしながらその場にうずくまり、寝たふりを始めた。
あの野盗どもが、ギンを警戒するあまり、行動に移らないと、何時までも緊張感を持続しなければならない羽目になる、そちらの方が精神的に負担が重い。
そこで、ギンは、何も起こるはずがないとばかりに隙を見せ、僕は丸腰のままたき火にあたって、うとうとと眠り始めるようなフリをした。
薄目を開けながら、商隊の方を見ると、男女2人ずつのパーティーはパーティー内でもペアになっているのか、男女一人ずつで見張りを担当していた。
(これがリア充ってやつか・・・)
「うらやましくなんてないんだからね。」ひとりごちて、僕はたき火の火を消し、馬車の中に戻って寝るふりを始めた。
早めに襲ってきてもらわないことには、夜通し起きていなければならなくなる。まあ夜勤日勤連続で3日間続けて太陽が黄色に見えた日も珍しくない僕にとって、日中に仮眠もとっており、こんなのは残業のうちにも入らない。
馬車の中に入った僕は、そのまま馭者台に抜けだし、馬車の屋根にいたギンとひそひそ話をする。
「どう、動いた?」
ムートも配置について、翼を振って薬をまく準備をしている。
「主殿、あいつらの一人が、こちらの死角となる馬車の影から街道をそれて走っていったぞ。その先には何人かいるのう。見事なまでにこちらに敵意をもっているようだ。」
ギンは まるで、明日も晴れるかのう、みたいな口調で淡々と話す。
どうやらギンの嗅覚を警戒して、風下から接近してくるようだ。そのくらいの知恵はあるらしい。
風下なら、ちょうどいい。「ムート頼むよ。」
僕はスコポロミンの粉を取り出し、ムートの前に差し出す。
ムートは翼をゆっくりと動かし、そよ風を生み出すと、僕の手のひらに載っていた粉は、舞い上がり、風に乗って、こちらに向かってくる集団にめがけて飛んでいく。
比較的効き目の早い幻覚剤であるから、少しずつ効いていくように、少量ずつ飛ばしていく。
徐々に動きが鈍っているのだが、獲物を前にして、金のことしか頭にない野盗は、自分たちの動きが鈍っていることにも、間隔が少しずつ麻痺していることにも気付かない。
そして、辺りが暗くなっても野営場から、接近する集団が視認出来る距離に来たとき、その集団は奇声を上げてこちらに走りだそうとし、それに呼応するかのように、野営場にいた、あの男達7人も銘々に武器を手に持ち、襲いかかってくる。
野営場にいた方には麻酔薬を吹きかける機会がなかったので、ハンデなしの戦いになるが、所詮は野盗、すぐに援軍が来ると思っているから、何の考えもなしに突っ込んでくる。
そこに、ギンの肉球パンチがカウンターで入り、吹っ飛んだ野盗達は地面を転がり、そのまま意識を刈り取られる。
僕は御者台から降りて、タラちゃんに、倒れた男を縛り上げてもらう。
7人のうち、僕の方に3名、商隊には4名の野盗が向かっていった。
すぐに援軍が合流することを計算にいれて、冒険者と同じ数でも、見張りに出ているのは半分の2人、すぐに制圧し、残りの2人がテントから出てくる頃には、さらに倍の数で制圧出来ると判断したのであろう。
僕は野盗を縛り上げてから、そっちを見ると、あの剣士が野盗二人を相手に一進一退の攻防を繰り広げていた。
接近戦で自分より多い人数を相手にするのはよほどの実力がないと難しい。ちょっと頼りない感じではあったが、護衛を間か去られるだけあって、実力はそこそこあるのだろう。
僕は先ほどの残念なリアクションも、野盗に気付かれずに済んだのだから、まあいいかと、考え、先に合流しようとしていた野党の集団を片付けにいく。
うーん、こういうと、僕がものすごい実力者のように聞こえるけど、要するにギンとムートにお願いするだけなんだよね。
「じゃあ、ギンとムートは周りに居る野盗たちの相手をよろしく。くれぐれも殺さないようにね。」「引き受けた。」「りょーかい」ギンとムートがそれぞれ二つ返事で引き受けて闇の向こうに消えていく。すぐに何かが激しくぶつかる音が聞こえだし、そして再び静寂が戻った。
1分も経たないうちに、ギンとムートがたき火に照らされた野営場に戻ってくる。
「主殿、終わったぞ。」準備体操にもならなかった、みたいなノリでギンが戻ってくる。
僕はタラちゃんを連れて野盗の群れが転がっているところまで行き、一人ずつ縛り上げて、ギンにすでに縛り上げた3人と同じ場所に運んでもらう。
全部で10人も居た。
「この数を瞬殺かー、ギンとムートの強さは底が知れないなあ。」
ついついため息をつきながら、芋虫になった野盗の山を見つめる。
「おい、」手を貸してくれてもいいだろ!」
背中の方から声が聞こえたので振り向くと、あの剣士がまだ、野党を相手に戦っていた。左腕の上腕を怪我しており、やや不利な状況にあるようだ。もう一人の女性冒険者は魔法使いらしく、援護しようとしているのだが、剣士と野盗の距離が近すぎて、フレンドリーファイアが気になり、うまく攻撃できないらしい。
そんなことをしている間に、剣士が腕に傷を負ったことで、余計にパニックになってしまい、うまく前衛と後衛が機能しなくなったようだ。
それでも、致命傷を負うことなく、野盗を商人達のテントに近づけさせなかったのは、まあ等級5級以上の冒険者というところだろうか。
物音を聞きつけた残りの冒険者もテントから出てきて応戦に加わったことで、一時の数字的不利は解消できたようだが、それでも野盗もそこそこの実力はあるようで、序盤二千四が怪我をして、そのパフォーマンスを大きく後退させたことが響き、戦いは拮抗していた。
(まあ、このまま誰かが死んでも寝覚め悪いし。)
冒険者にはルールがあり、他の冒険者が戦闘中は、その戦闘に横から手を出さないというものがある。
どんなに劣勢に見えようと、助けを求められない限り、手を出せば獲物を横取りしようとしたと、後から非難されかねないのである。
「救援を求めるという理解でいいんだな。」僕は念のため剣士に確認する。
「っ・・・そうだ」剣士は何故か悔しそうに声を絞り出す。
当然冒険者のルールに従って、そんことを確認しただけなのに、何故か悔しそうだ。
後で助けを求めてないとかいうのかな?
取り分で揉めるとか、正直うんざりする。別にお金にそこまでの執着心はないのだが。
僕はギンに「頼んでいい・・・」とぽつりと呟く。
「主が良ければ我は構わないのだが、少々礼儀に欠けるのではないか、あの男」
ギンも少し怒っているらしい。
「まあ、商人たちには何の罪もないので。」僕はあきらめたようにギンに伝える。
「主殿は、人が良すぎるな。だが、その優しさに我もムートも助けられた。主の頼みであれば是非もない。」
ギンはそういうと、目の前に残像を残して消え、次の瞬間にはまた僕の目の前に戻っていた。
「あれ、どうしたの?忘れ物?」僕がギンに尋ねる。
「主殿、何を言っておるのだ。我は物を持つ訳でないのだから、忘れ物などそもそも出来る訳もない。あと、終わったぞ。」
「えっ」ギンが終わったと言い出すので、慌ててさっきまで野盗がいた場所を振り返って見る。そこには呆然と口を半開きにする冒険者のパーティーとその足元に転がって意識を失っている野盗が居た。
うん、終わったらしい。