エピソード57
それは、アンタレスの街を出て、半月は経っただろうか。
野草を摘みながら、のんびり旅をする僕たちのペースではまだプロキオンの街よりアンタレスの街の方が近いだろうと思われた街道脇の野営広場に、いつものようにたどり着き、今夜はここで野営することに決めた。
街道を通行する馬車の邪魔にならないように出来るだけ端に寄せて馬車を収納から取り出し、今のうちにと仮眠しておく。
従魔は居るものの、野営上の見張りの持ち回りは、各団体ごとに一人は出すことになる。
もちろん、冒険者の人数で頭割りして、大体2シフトか3シフトで組むのが通常とのこと(ギルドに置いてある冒険者の心得に記述がある。)なので、不文律として存在する。
今までにも何度か野営場で、見張りを担当したが、僕はソロなので、一晩中起きていると告げると、僕より従魔の雰囲気に圧倒され、これまでは特にもめ事も起きなかった。
しかし、この日はいつもと違うと感じさせる何かがあった。
早めに野営場についた僕は徹夜の見張りに備えて、馬車の中で寝ていた。暖かくなったとはいえ、春先である。屋外の夜はまだまだ肌寒い。
ギンのふかふかの毛に包まれ、ミニホも体をすり寄せてきて、降雨座席を倒した厩舎の空間に接するように壁から折りたたみのベッドを開くとギンやミニホと一緒に寝ることが出来る空間に早変わりする。
井田さんとタラちゃんはギンの寝返りで押しつぶされないように、馬車の前の座席から馭者台へ抜ける入り口付近に陣取って、自主的に見張りを担当していた。僕らが歩いている間、鞄の中で寝ているので、僕らが逆に寝ている間に、起きていて見張りをしてくれるのだ。
毎日歩きづめなので、横になるとすぐに寝ることが出来た。屋外用のオペルームは体がずれないように手術台は体の形状に合わせているため、隅のベンチで寝ることになるのだが、有給馬車のベッドはその上での治療よりもむしろ安静に患者を輸送することに主眼があるので、沈み込むように体を支える構造になっている。野外で寝るなら、断然オペルームではなく馬車なのである。
と、辺りが騒がしくなってきたので、目を覚ます。
馬車の外に出ると、日も沈みかけており、夜を野営場で過ごす旅人の集団が僕たち以外に二組居た。
一つはどこかの商人の集団で、馬車三台に商人が各馬車に二人ずつ、護衛の冒険者は4人のパーティーのようだった。
ところが、違和感があるのはもう一組で幌馬車が一台に馭者が一人、乗客の冒険者風の男達が6人の集団だった。
隣にいたギンが「ふむ」と小さく呟いた。
漠然とした違和感の原因を一生懸命考えながらもギンのつぶやきが何となく気になり、理由を尋ねようとしたところで、その怪しさ満点の男が、もう一組の冒険者のパーティーと僕を呼んだ。
今晩の野営場の見張りのシフトを決める会議らしい。
その男は夜の見張りを3シフトに分けようとしていた。
もう一組の商隊の護衛をしている冒険者は4人なので、シフトを2交代制にして二人ずつ拠出することを提案した。
その男は自分たちが6人居るので、二人ずつでも3シフト組める。商人の護衛パーティーは一番最初と一番最後を受け持つことで、まとまった睡眠も取ることができる。一人だけの僕は、3シフトのうちの一つだけを、自分たちのうちの二人と組むことで、後はゆっくり寝られる。その分真ん中の一番きついシフトになってもらうがと、もう一組の冒険者パーティーの提案を無視したまま、当たり前のように決めようとした。
そこで、僕は「申し出はありがたいですが、僕は一晩中起きていることも苦にならないので、お気になさらずに。見張りの人員を多く提供できるそちらは二人ずつ3交代制で見張りを出し、そちらのパーティーは2交代制で二人ずつ見張りを出せばよいと思います。それぞれのパーティーで最低二人ずつ見張りを出すことで、不公平感はなくなるでしょう。その場合、じゃあ僕はどうなんだ、という話しになりやすいですが、僕には従魔が居ますので、従魔と一緒に一晩中見張りをしていますのでお気遣いなく。僕自身は魔物に襲われても野盗に襲われても、大して役に立たないと思いますが、従魔は野盗の100人や1000人くらいは脅威と感じないくらいの力があるので、安心して下さい。」
僕がこういうと、その場を仕切ろうとしていた男は、頬をひくつかせながら、「お、おう」と言ってそのまま自分たちの幌馬車に戻っていった。
商人の隊列の護衛をしている冒険者も自分たちの護衛する商人の馬車に戻り、銘々がテントを設営し、野営の準備に入っていった。
僕たちも、一旦馬車に戻り、馬車の中で、食事にすることにした。
と、ここで先ほどの漠然とした違和感に気付いた。この街道はアンタレスとプロキオンの間に中継となる町や村が存在しない、馬車で10日間もかかるルートのあれだけの人数分の食料が幌馬車に見あたらなかったのだ。まさか僕のように尋常ではない量の食料を収納できる訳でもあるまい。
マジックバッグなる、見た目以上に中に物の入る鞄が存在するというが、馬車一台分の容量を入れる鞄ですら金貨1000枚以上する代物であるという。あの身なりの冒険者風の男達にそんな高級品を準備できるとは思えなかった。
そう考えて、ならこの違和感が示すのは何かと、さらに思考を巡らせていると、ギンが、「主殿、先ほどの男だが、体中から血のにおいがしていた。それも魔物ではなく人間の地の臭いだ。さらに複数の人間の血のにおいだ。おそらく冒険者を装っておるが、野盗の類だろう。」
「っ、それならもう一組の人たちに伝えないと。」
僕が慌てて、馬車の外に飛び出そうとすると、
「待ってくれぬか、主殿、今騒いだところで証拠もないだけで、結局別の機会に別の旅人が被害に遭うだけだ。護衛の冒険者達にも商人を護衛しながらとなると少し荷が重いだろう。我とムートで片を付けるのが、一番安全だと思うのだが。」
「あるじー任せて。僕たち、こういうときにしか役に立たないから。」ムートが少し寂しそうに、空元気で相づちをうつ。
「そんなことないよ。ギンもムートも大切な仲間だから、危険がないのが一番だよ。二匹とも強いのは分かっているけど、気をつけてね。あと、無理は言えないけど、命を奪うのだけはどんなに悪党でも避けてもらえるとありがたいかな。」
「ふー、全く主殿は。この期に及んで情けをかけている場合でもなかろうに。けど、だからこそ主殿なのだろうし、その優しさに我等の命も救ってもらったのだ。主殿の命はこの身に代えても守ってみせようぞ。」
「ギン、我が身に代えても、なんて言ったらダメだよ。まず、自分たちの安全が最優先だから。いくら悪党でも命は尊いといったって、自分たちの安全を擬制にしてまで守るものはないからね。危険だったら、やむを得ないことになっても、そのときはそのときでちゃんと納得するから、無理しちゃダメだよ。」
僕はギンに大きな声で注意する。
ギンは慌てて「主殿、気分を害したのであれば申し訳ない。大丈夫、我等との実力差は歴然としている。手加減したところで後れを取るような相手ではない。油断も慢心もしてはらぬぞ、事実をありのままに述べただけだからの。」
「うん、あるじの言いつけ守るね。」ムートも自信たっぷりに約束してくれる。
「プルンと井田さんとミニホは馬車の中で待機していて。今晩中に何か起きると思うから。」
僕はそういって、みんなを励ましながら、馬車の中に誘導する。プルンは、戦うことは出来なくても、僕の身を守るくらいは出来るといって一緒にいようとしたけど、プルンに何かあったら僕が後悔する。強く、馬車の中に待機するよう命じた。
「さてと、僕は外に出ていないと、見張りの役目を放棄したように見えるから、外にd得ているけど、何か起こりそうなら、すぐに馭者台から馬車の中に避難するから。手はず通りによろしく。」
僕たちの作戦は、野盗が動き出したら、ギンは僕たちの風下に回らないように遊撃、可能なら、もう一組の商隊を護衛している冒険者達のフォローをしながら、商人の人たちの護衛もお願いする。
僕は、御者台から野盗に向かって、麻酔の原液作成前の粉末状のスコポロミンをムートの起こす風に乗せて、野盗達に向けてまき散らす。
幻想を引き起こす麻薬であるスコポロミンは呼吸からもまた肌に付着しても体内に取り込まれるので、摂取量によっては、戦闘能力は失われ、少なくとも動きが鈍くなることは間違いない。
そこをタラちゃんが糸でぐるぐる巻きにして縛り上げて捕縛し、僕が改めて麻酔薬を注射で投与して行動能力を奪う。
敵は見えている範囲で全部で7人、馭者をしていた人間ももしかしたら、攻撃してくる可能性は高い。
この野営場が最初から襲撃のポイントになっているのであれば、他にも待ち伏せしている人間がいる可能性も否定できない。何より、最寄りの町までかなりの距離がある場所なおんい、彼らの荷物はあまりに少なすぎる。僕のようなファンタジーな能力がなければ、とてもここまで旅してくることも出来ないはずだ。そうなるとどこか近くに拠点があるとしか考えられない。
後は、商人のグループにも、僕たちがあの男達の集団に疑いを持っていることをそれとなく伝えておかないと、いざというときにパニックを起こされ想定外の行動を取られると、かえって危険にさらされることになる。
僕はなんとか、もう一組の冒険者のパーティーと話す機会がないかを伺っていた。もちろんあの男達に気付かれないようにである。
僕たちの行動は基本見張られているといってよいだろう。ギンはそれでなくても体が大きいので、かなり警戒されているようである。
幸い、ムートの存在は知られていない。僕たちの馬車があるのに、馬が見あたらないことを訝しげに思っているかもしれない。だからといってミニホを外に出してわざわざ危険にさらすつもりはない。野盗が真っ先に襲うのは、逃げたり助けを求めたりするのを封じるための機動力である馬とも聞く。
僕はなんとか隙を窺って、もう一組の冒険者にコンタクトを取ろうと男達の方をちら見するが、ずっとこちらを見ながらニヤニヤしていた。
もう少しうさんくささを隠せばいいのにと呆れてしまうが、商人の人達の危険も考えればあまり、油断するのもよくないと気を引き締める。
こういうときは、下手にこそこそするとかえって目立つ。




