エピソード55
いつものように、黒の森の奥に森が途切れて空が広がる場所へとムートの背に乗って飛んでいく。
降りるとすぐに、キンググリズリーの親子が出迎えてくれる。
子熊はもはや親熊と遜色のない大きさと、までは言い過ぎだけど、それでも普通の成熊の大きさはある。
今でも気持ちは子熊のつもりのようだが、じゃれたつもりでタックルされると、命がけになるので、そこは慎重に制止して、優しく頭を撫でるだけで勘弁してもらった。
子熊は頭を撫でられてやはり嬉しそうだった。
いつものバーベキューの前に、森の開けた部分を中心に、木を間引きするように、大きな幹の木を中心に伐採していった。
ムートだと一帯全部をなぎ倒してしまうので、僕とギンとで、木の伐採を担当した。
ドラゴンの財宝の中にあった宝飾のごてごてついた剣はここでも大活躍し、力を入れずに樹齢何百年とかありそうな大木が根元からスパスパ切れていく。
実際、あまりにも切り口が鋭すぎて、立ったままで根元から切れた状態になるのは、その後どっちに倒していいか分からなくなり、便利なのか不便なのか分からない。
伐採した木は乾燥させる必要があるが、他者を攻撃するのでなければ、僕の医療魔法は大概のことが出来る。「乾燥」も医療には欠かせない技術であるから、きっと出来るはずである。
僕は、伐採した木に手を当てて、「乾燥」と唱える。魔力が少し減った間隔と共に、目の前の木が少し縮んだ。
念のため、薪に適した大きさに輪切りにして空、その一つをさらに、縦に切り刻んで、乾燥しているかどうかを確認する。
十分水分が抜けて、よく燃えそうだ。
僕は、細かい薪にするのは修道院に戻ってからと考えて、残りは修道院の庭で作業できる程度の大きさに切った状態で収納していく。
ところが、木の伐採のときには、特に役目もなく見ていただけのプルンが、僕の横に来て、今乾燥したばかりの木を興味深く、自分の体内に取り込むと、すぐに吐き出し、「ごしゅじんー、切った木は、こんな風に水を抜いたらいいの?」と尋ねてきた。
「そうだよ。僕の乾燥魔法ですぐに出来るからねー。」と答えると、「プルンも手伝うー。」と、いきなり分裂を始め、僕とギンが伐採した木に片っ端から乗って、その場で震え出す。
しばらくすると、その場を離れるが、残された倒木は既に水分がすっかり抜けて乾燥した状態になっていた。
僕の乾燥魔法の出番が一瞬にして無くなった。
修道院に戻って細かく刻んで薪にする手前の作業まで終えて、ギンがちょっと調子に乗って、森の木を減らしすぎたきらいはあるが、バーベキュー前の軽い運動にはなった。
キンググリズリーの親子も伐採した木を集めるのを手伝ってくれて、すぐに作業が終わったので、そのままバーベキューに突入した。
ミノタウロスの各部位はまだ底が見えないほど残っていたので、たれに漬けて焼きながら、僕は冬が終わったら、この黒の森の近くにある街を出ること、黒の森までの距離が遠くなるので、今まで以上に頻繁には来られないこと、それでもアンタレスの街の修道院にはエタノールを仕入れに来ることや、修道院の様子を見に来るし、シリウスの町の近くにあった霊峰のドラゴンたちの定期検診もあるので、途中で立ち寄ると説明した。
バーベキューをする頃には、たれに含まれる蜂蜜の臭いに誘われてヘラキューズビートルもやってきたので、別れの挨拶が一度で済んだ。
ヘラキューズビートルは肉は食べないので、収納の中に残っている果実を有るだけ全部広げた。残ればそのまま仲間に持って行ってもらっていいと伝えたが、ヘラキューズビートルの成体は群れを作らないらしいので、同種族が近くにいるかどうかは分からないらしい。
黒の森で友達になったキンググリズリーとヘラキューズビートルに別れを告げると、黒の森を後にした。
それから数日後、オロコフさんから連絡が入り、救急馬車のシャーシの部分とボディの部分がそれぞれ完成し、組み合わせるだけとなった。
ボディは結局タイラントボアの骨を主要な部分の骨組みに使い、構造の強度に影響しない部分は軽量化のためにミスリル合金を使うことで、徹底的な軽量化を図った。貴族の馬車などは高級木材であるトレントのような魔力を帯びた木材を使用するとのことだが、その分重量が増すので、救急馬車には虚飾を廃除して、外側はミノタウロスの皮で覆った。
防水機能という意味では、もう少し違う素材の方が良いとのことだが、それはこの先の過大にする。重さも木材とさして変わらないくらいにミノタウロスの皮は厚くて重い。
それでも、内部は注文通り、折りたたみで収納出来るベッドが上下左右二段で合計4台あり、全部収納して、後部座席を前に寄せることで、荷室と後部座席の空間がそのまま馬車を牽く馬の厩舎として、夜間など野営中の馬の安全の確保に使え、かつギンも同じ場所で眠ることが出来る広さを確保することが出来た。
最後にキャリッジと呼ばれる部分と車体の部分を接合するとき二、油圧の部分に蜜蝋を植物性のオイルで伸ばして粘度を調整した液体を緩衝材として注入した上で、前後左右の揺れに対応するようサスペンション部分で接合して救急馬車が完成した。大きさは普通の馬車の1.5倍あるにも関わらず、金に糸目を付けない徹底した軽量化とボールベアリングのおかげで、普通の馬でも二頭引きで十分対応出来る軽さに仕上がった。
なお、車輪については消耗品として随時取り替えるところまで構想はできあがっていて、ホイールの部分にミスリル合金を使い、前世のタイヤのように両側に凹に湾曲する形状で、溝にタイヤに替わる何かを接着してクッション性を高めながら走行できるようにと考えていたが、これもゴムもなければ加工の方法も分からないので、暫定的に材料として有り余っているミノタウロスの堅い皮とその皮下脂肪信分を車輪に巻き付けてタイヤ代わりにすることで、一般的な馬車が木の車輪であるのに比して、丈夫で耐久力もありながら、振動に強い仕様になっている。
救急馬車を牽くのは、馬車馬を飼育している村で、突然紛れ込んできたミニホの役目ということで、本人(馬?)も俄然やる気だが、念のため、馬車につないで牽いてみた。
普通よりも1.5倍大きな馬車を普通より3倍くらい小さな馬が牽くのである、傍目には虐待にしか見えないのだが、当の本馬は涼しい顔をして牽いている。普通の馬の10頭分に匹敵する馬力というのはあながち嘘ではないのかもしれない。
僕は完成品に十分満足しているとオロコフさんに伝え、残金を支払って馬車をそのまま異次元ポケットに収納する。わざわざ街を乗り回して、目立つ理由もない。
それに、一応塗装で誤魔化すとはいえ、ミスリル合金をふんだんにつかっており、それだけでも見た目に高級品になってしまう。幸いミノタウロスの皮は薄汚い灰色なので、貴族の趣味には合わなさそうな外観にすることが出来た。
これで、アンタレスの街でやり残したことはなくなった。
その後も何度か冒険者ギルドには冒険者のための診療所の実施の依頼を受け、街の人たちからも治療の依頼があったが、度重なる修道院への嫌がらせにもかかわらず貴族や教会に何の責任追及もなされないことに頭にきた僕は、それまで、獣人やドワーフ、エルフへの差別思想の持ち主について診療拒否をするというポリシーを貴族と教会関係者及び貴族や教会の依頼を受ける冒険者についてもお断りで、そういうのは教会で治療してもらえと明言して、診療所を開業することにした。
無論、冒険者ギルドのマスターアルフレッドさんを通じて、領主からの抗議が伝えられたが、これまでの修道院と僕への嫌がらせに対し、主犯を野放しにした責任を取らせると伝えて、一切方針を変えなかったばかりか、返す刀で蒸留酒の貴族と教会関係者への案配を禁止した。卸売りで購入する商会には、貴族及び教会への販売禁止を条件にして遵守する場合に限り蒸留酒の販売を許可することにした。これには商会の反発もあったが、元々医療用エタノールの製造過程の副産物に過ぎないので、別に蒸留酒を造らなくなっても困らないと告げると、商人たちは条件をのむしかなかった、蒸留酒自体はワインに比べて割高ではあるものの、競合商品がなく利幅の大きな商品であり、どの街も冒険者向けに強い酒の需要は高く、またドワーフには圧倒的な人気であったことから、生産職の中枢を担うドワーフのご機嫌取りのためにも蒸留酒は極めて需要の高い商品であった。
これらの報復措置は極めて効果的で、実施して間もなく、グリード男爵は処刑された。
理由付けは知らないが、貴族には貴族の理由で簡単に命が奪われるものなのだろう。医師として人の命の尊厳を重視する立場からは死刑そのものにも関わるつもりはないが、貴族だからという理由で、被害者自らが望む方法で刑事責任を問うことが出来なかったのだ。貴族という隠れ蓑を盾にした以上、同じ貴族という理由でよく分からない処罰、それも死刑という内容だったことについても、こちらの影響力の及ばないところで勝手に決められ勝手に実行されたのだから、関知しないというしかない。
修道院への抑止力としては結構効果的であったのだろう、その後は無理筋の要求をしてくる輩は現れることがなかった。
念のため、僕が居なくなった後に、嫌がらせが再発しないよう、この街w拠点として今後も活動を続けるらしいダイバー・シティの人たちには、注意して修道院を見守ってもらうよう、これからも定期的に修道院の、蒸留所の警護任務を引き受けてもらえるよう頼んで、快諾をもらっていた。




