エピソード54
商業ギルドに着くと、すぐにギルドマスターの部屋に通される。
ここ数日で、街の経済を2割は活性化させたであろう、修道院製の蒸留酒は近隣からの問い合わせも多く、商業ギルドにとって見過ごせない商取引になっていた。
実際月に収める税金の金額は、アンタレスの街だけで、一つの店舗のみの商人に適用される第3級の等級の商会であるにもかかわらず、すでにこの街の2等級の商会が収める税金の金額を超えており、この先の発展性まで考えれば、ギルドとしては是非とも懇意にしておきたい取引相手であった。
ギルドも、今回の嫌がらせについては修道院の院長より相談を持ちかけられて、悪徳貴族のやり方を苦々しく思っていた。もしあの冒険者が街に戻ってきて、その事実を知り、激怒して蒸留所を畳んで街を出て行ってしまったら、街にとってもギルドにとっても取り返しのつかない損失である、実際ケントはそれでもいいと考えて商業ギルドを訪れていた。
ギルドマスターに、今回の裏で下らない画策をした人間のことについてどうするつもりかを率直に尋ね、ギルドとしてどのように考えているかを尋ねた。自分の手持ちカードはギルドの手札を全部並べるまでは出さない。
実際街を出て行くことも選択肢の中に入れて提示したが、ギルドマスターは真っ青になって、それだけは勘弁してくれと懇願した。
そして長時間にわたる話し合いの結果、ギルドが押さえている住民街と職人街の中間地域にある広めの土地を格安で売ってもらうことになった。
修道院と蒸留所の移転先としてである。
次に商業ギルドは修道院の敷地の所有者であるジヌーシを呼びつけると、修道院の土地はジヌーシの所有であっても、建物は修道院の所有であり、ここにいるケントの所有であるから、土地の返還に当たって建物まで引き渡す必要はないことを文書で確認した。
ところが明け渡しに期限につき、本来なら10日以上空けることとされている慣習を、そのような取り決めもない。自分は一日も早くあの土地を再利用する必要があるとジヌーシは強行に主張し、3日で明け渡せと言ってきた。
要するに、建物撤去の余裕を与えず、建物ごと巻き上げてしまえば、グリード男爵とデプリ枢機卿に当初の金額で売却出来るので自分に村はないと考えたのである。
商業ギルドはこの言い分に強く反対したが、ジヌーシは土地の所有者である自分の権利であると譲らない。
その魂胆は見え透いているだけに、強制権のないギルドは頭を抱えるが、僕は涼しい顔をして、「期間を短くすれば、僕が建物を取り壊す時間もなくあきらめてそのまま出て行くと考えているかもしれませんが、そんなことにはなりませんよ。」とジヌーシを煽る。
「いえいえ、そんなつもりはまったく有りません。元の更地に戻してもらえるなら、こちらの手間も省けるというものですが、何分あの土地を一日も早く使いたいとおっしゃる別の客がおりまして。それでこちらで建物も解体して差し上げようというのです。そちらには感謝してもらうことはあれ、異論が出るなどとは思ってもおりません。」
しれっとした顔でジヌーシは答える。
「そうですか、それはご丁寧に、ですがご心配には及びません。明け渡しは3日後でしたね。建物は必ず撤去致しますので、ご心配なく。あと間違っても、建物に関しては当方の権利ですから、貴殿がご自分の権利をご主張になることなどないようお願いしますね。ギルドに間に入ってもらって、確認しておきますので。」
「もちろんです。ですが明け渡しの期限以後は、あの土地に立ち入って作業を行うのはご遠慮下さい。期限以後残っているものは、あなた方が権利を放棄したものと見なしてこちらで処分することになりますので、そのことは確認しておきますよ。」
このやりとりに、商業ギルドのマスターは「本当にそれでいいのか。あの蒸留所の権利や建物は明け渡しまでに移すなんて無理じゃないのか。」
「商業ギルドは中立だるべきです、それ以上の働きかけはギルドの公正を疑う事由として抗議することになりますが。」ジヌーシが慌ててギルドマスターに釘を刺そうとする。
僕は「心配には及びません。」
「そうか・・・分かった。」
こうして商業ギルドで修道院の土地の明け渡しに関する取り決めの合意がなされ、後で違うことを言い出さないようにと書面が取り交わされたのである。
僕はその足で、修道院の代替地として購入した土地を確認し、まあ現地も見ずに買う等、本来あってはならないことだが、急いていたことと、価格自体が破格の安さであったこと、商業ギルドのマスターの名誉にかけて、土地の権利に問題がないことを確認していたので、問題ないと判断し、書類の作成も何も済ませて空、現地を確認し、修道院の礼拝堂、住居、蒸留所だけでなく、倉庫や厩舎も設置出来ることを確認した。
一応広さに満足すると、その足で職人街に行き、防犯用の柵の設置を注文手配し、引き続き冒険者ギルドに防犯用の柵が出来るまでの期間の修道院お呼び蒸留所の警備の指名以来をダイバー・シティに出した。
蒸留酒の虜になってしまったイワノフを筆頭に、メンバーが完治しないことで長期のと右罰依頼にもダンジョン探索も出来ない他のメンバーにも指名依頼は歓迎された。
その日の夜、修道院の子供達を連れて、新しい土地へそのまま引っ越した。
そう、礼拝堂も居住棟も蒸留所も、異次元ポケットに収納してそのまま移動し、新しい土地で、異次元収納から取り出せばそのまま建物ごとの引っ越しが完了するのである。掛かった時間はほぼ移動した時間だけである。
ただ、蒸留所は半地下になっているので、新しい場所の地面の土を同じ広さと深さだけ異次元ポケットに収納して、蒸留所を移転してから、元の敷地の穴に、その土を埋め、ムートが元の大きさに戻って上から踏み固めるという作業をする二往復分の手間が掛かっているが、これとて、作業時間はほんの数分である。
ただ、ムートが元の大きさのドラゴンに戻る必要があったので日中にすると街中に巨大なドラゴンが現れたと大騒ぎになることから、夜間に人の目を忍ぶように行っていたのである。
翌日
突然修道院が消えて別のところに現れるという怪奇現象が人の噂に上らないはずはなく、あっという間に大騒ぎになったが、張本人は涼しい顔をして、蒸留所の経営を再開してもらい、街を出ることも視野に入れて、エタノールの量産を依頼した。
自分が所有者で、名義上の経営者とはいえ、初期投資を回収したら、いずれは修道院の収益に全額振り替えて、一人でも多くの孤児の救済に充ててもらいたいと考えていた。
麻酔薬も多めに製造しておきたい。幸いにして朝顔の種は十分すぎるほど採集出来ており、作業場にこもってひたすら種を粉にして、エタノールで伸ばして、麻酔薬の原液を製造する作業に没頭した。
なお、ジヌーシはどこかの貴族の不評を買ったらしく、しばらくして行方が分からなくなった。同じ頃貧民街の奥の路地で顔を潰された死体が転がっていたという話だが、関連は不明である。
冬の間は、アンタレスの街もそれなりに寒くなる。作業場にこもってひたすら薬の製造をしていた僕はあまり気にも留めなかったが、修道院の子供達は、厚着するだけの贅沢も出来ず、毎年寒さに凍えていたらしい。
今年は蒸留所からの収益で服も買えるようになったのに、お金が少しでもあれば、これまで手をさしのべられなかった孤児を引き取ることを優先したため、相変わらず、孤児挟むそうにしていた。
これではいけないと思い、僕は、街に出て、古着屋を尋ねる。
この世界では新品の服というのはオーダーメードで、庶民が着る服は自分の家で作るか、古着を買うかというのがおおかたの選択肢だった。
子供を連れ回して古着屋を訪ねるのは憚られたことから、食料品を買うときと同じ「ここからここまで」の買い物となったが、それでも全部で大銀貨2枚もあれば、棚一つ分の服は買えた。
僕は買った服を修道院に届ける。
また暖房器具として庶民の味方なのは暖炉で、秋の間に森に薪を拾いにいって、乾燥させ、冬に備えるのだという。今年は全員で病気したこともあり、十分な薪がないとのことだった。
もちろん、街の雑貨屋にも薪は売っているのだが、どうしても割高になるので、贅沢できないと院長先生は言い、お金で薪を買うことに躊躇してしまう。
そんなこといって凍死しても本末転倒だろうと思うのだが、こればかりは長年にわたって染みついた習慣らしい。
そこで、ある小春日和の日を選んで、僕と従魔達は黒の森に薪拾いに出かけることにした。
しばらくキンググリズリーの親子にもヘラキューズビートルにも会っていなかったし、冬が過ぎれば、次の街に旅立つ予定なので、お別れもしておきたかった。




