エピソード46
診療所の開業の日以外は、ギン、ムート、プルン、井田さんとタラちゃんの全員を連れて黒の森に、自分の治療に使う薬の材料や、なぜ効果があるのかよく分からない冒険者ギルドの採取依頼の出ている、薬草4種、体力草と魔力草と傷なお草と毒け草の採取をしていた。
その4種の採取依頼をこなしていれば、長期間依頼を受けなかったことによる資格失効は免れられる。
必要最小限の依頼分だけ採取したら、残りの時間は自分のための材料採取に充てる。
森に行くたびに、おがくずを発酵させたものと季節の果物を手みやげにヘラキューズビートルの親子に会いに行く。ビートルは持参した果物を美味しそうに食べ、幼体は、用意したおがくずに飛び込んで、ひとしきり戯れた後、自分の住処の木くずや土と混ぜて、おがくずを楽しんでいる。
タラちゃんが幼体を攫って来た場所には他にもたくさんの幼体が居たので、今や木工職人の工房のおがくずだけでなく、街中の木工職人が出すおがくずは全部回収して、修道院の裏庭で生ゴミと混ぜて発酵させた後、収納して森に運んでいる。
ヘラキューズビートル以外にもワームの仲間も、集まってきて、女性にはあまり歓迎されない一帯となってしまっていた。
ワームがいると、一帯の土壌の土質が向上し、作物の実りが良くなるため、一帯には品質の高い薬草も生えていた。
僕は一応招来に向けて朝顔の種を蒔いておいた。
ヘラキューズビートルの幼体はおがくずの御礼に、抗生物質を分泌してくれ、たくさんの幼体の協力を得て、しばらく困らないほどの量は確保出来た。
ビートル達への訪問が終わると、さらに森の中へと採取活動を広げ、どうやって知るのか分からないけど、いつの間にか足元に突進してくるキンググリズリーの子供とその親との再会を楽しむ。
もちろんキンググリズリーの親子にもおみやげとして、たくさんのお肉を持ってきて、森の中でのBBQを一緒に楽しむ。
季節が秋になったことで、森はキノコの最盛期となり、以前採取していた幻覚作用のある毒キノコだけでなく、食用のキノコもたくさん見られるようになった。
やはりなんといっても、シメジのようなキノコを見つけて、大興奮しながら喜んだところ、キンググリズリーが主室に近づいて、僕の手の中にあったその極上のキノコに顔を近づけ、ふんふんとにおいを嗅いだと思ったら、僕のドクターコートの袖を噛んで、「こっちこっち」とひっぱていこうとする。
ギンも、「主殿を案内しようとしているようだぞ」と言うので、キンググリズリーの背中に乗ると、キンググリズリーは走り出し、慌てたギンが、ムートとタラちゃんを乗せて後をついてくる。
プルンと井田さんは、僕の頭の上だったり鞄の中だったりが定位置なので、置いてきぼりにならずに済んでいた。
朝顔の群生地同様、キンググリズリーが案内してくれたのは、先ほどまで大興奮して喜んでいたキノコのギン整地だった。
森の中のことは全部知っているとばかりに、僕が見つけて喜んだキノコがたくさん生えている場所に案内してくれたのだ。
シメジのようなキノコは毎年同じ場所から生えるので、土壌を壊さないように、丁寧に摘む。
食用のキノコはもちろんだが、以前に採取した毒キノコも、乾燥させて粉にすることで、嘔吐を誘発するちょっと使い道がまだよく分かっていない粉末剤や、下痢矢脱水症状が副作用になるものの解熱の効果のある粉末が出来た。
薬としては今ひとつ残念な感じがあるものの、きっと何かに仕えるはずなので、採取しては、乾燥して粉にしておいた。
もちろん、中にはとんでもなく毒性の強いものもあり、どうやっても毒薬にしかならないものも存在していた。
黒の森での採取活動はキンググリズリーやヘラキューズビートルとの交流も兼ねていたので、森の中で野営し、1泊2日で過ごすことにしていた。
急病人が気にならないと言えば嘘になるが、少なくとも診療所が開いてない日を前もって知らせておくことで、冒険者もその日に危険な依頼は避けるようになり、自然と手遅れの重傷人が出ることは減っていった。
おおむね、僕たちは町の人に歓迎されていて、シリウスの町のときのように厄介な貴族に目を付けられたということもなく過ごせていたのだが、一方で確実に僕たちを恨みに思う人間も少なくはなかった。
領主の館では、冒険者ギルドのアスターであるアルフレッドが、領主と面会していた。
「件の冒険者は会いたくないと申すのか。」
「それはもう明確に。理不尽な要求を受けるなら、街を出て行くと。まあ正確には国をdていく用意もあると言っておりましたが。」
「なぜそこまでに。私が何かしたというのか。」
「少なくとも、貴方が差し向けた騎士はその冒険者を平民と侮り、礼を欠いた対応をしたようですが。」
「なん、だと。そんな話は聞いてないぞ。かの従魔はフェンリルにドラゴンと聞く。しかも、ダンジョンを僅か半日ほどで踏破したと。お主の報告だったな。そんな圧倒的な力を持つものに、平民だから言うことを聞けと言ったというのか。」
領主と呼ばれた男は、手元にあった、ベルを鳴らす。すると、ドアの反対側に控えていた、上品に白ひげを蓄えた初老の男性が入室する。
「旦那様及びになりましたか。」
「セバス、先日ダンジョンを制覇し、スタンピードを未然に防いだ冒険者を邸に参るように迎えに行かせた騎士をここに呼べ。すぐにだ。」
「かしこまりました。」そういって、セバスと呼ばれた男性は、部屋を出て行く。
「それでアルフレッドよ。その、ケントだったか、冒険者だが、この街にはとどまるのか。騎士に取りたてることも十分に可能だが。」
「どちらかというと貴族を嫌っているように見えます。領主様はご存じないかもしれませんが、あの男はシリウスの町で冒険者登録しているのですが、その街の領主、というより領主の息子とトラブルを起こして、町を出たようです。他に冒険者としての活動記録がないので、まっすぐこの街に来たのかと。」
「なぜ、貴族と揉めてこの街にすんなり入れたのだ。冒険者証に反応があるはずだろう。」
「まあ、揉めたといっても、その貴族の息子に非があるので。何でも彼の従魔であるフェンリルとドラゴンを金貨1枚で買い取ってやると言ったそうで。彼が断ったところ、殺そうとしてフェンリルに威嚇されその場で気絶したそうです。後はまあ、そのときにその貴族の息子は衆目に絶えない醜態を晒したとかで、強く逆恨みしているとは聞いていますが。目撃者も多数いるので、その貴族も犯罪者に仕立て上げることは出来ず、シリウスの町中であればいざ知らず、他所の町にまで指名手配することはできないのです。犯罪者ではないので、街に入るときの検査には反応しないのです。」
ギルドマスターが淡々と説明する内容を聞いて領主と呼ばれた男はため息をつく。
「フェンリルとドラゴンを従える者だぞ?伝説の勇者と言われてもワシは信じるぞ。なぜそのような不遜な真似が出来るのだ。その逆鱗に触れれば街どころか国すら消し飛ぶというのに。」
そこへ、部屋の扉がノックされる。部屋の向こうから、先ほどセバスと呼ばれた男の声が聞こえる。
「旦那様連れて参りました。」
「入れ。」領主の声の後、一呼吸おいてドアが開く。
セバスと重そうな鎧を付けた男性2名が室内に入ってくる。
「「お呼びにより参上致しました。」」2名の騎士は揃って返答する。
「おまえ達には、先日、スタンピードを未然に防いだ功績を挙げた冒険者を邸に招くよう迎えに出したが、王権者に断られたと言ってたな。」
「はい。領主様の命に背くなど、身の程を知らない男です。ご命令頂ければ成敗して参ります。」
「やはりギルドマスターの報告の通りか。」
「おまえ達は何か勘違いしていないか。単独でも4級、100頭の群れですら前代未聞、第2級の冒険者がパーティーで対峙しても無傷どころか壊滅してもおかしくないのだぞ。そのミノタウロスが1000頭など、この街が灰燼に帰すところだったのだ。それを無傷で半日そこらえ葬り去る圧倒的な力がおまえ達には理解出来ないのか。」
「と、申しますと。」
「この期に及んでまだとぼけるか。おまえ達が件の冒険者を平民と侮り、礼を欠いた対応をしたことで、その冒険者を怒らせたことはすでに報告が上がっておる。街の恩人に報償を与えるので、連れて参れと申しつけたのが、なぜ犯罪者であるかのような対応をすることになるのだ。」
「お言葉ですが、冒険者ごときに下手に出れば、何を言い出すか分かったものではありません。領主様にお目通り適うだけでも、光栄だと思わねばならんのです。」
「その不遜な物言いによって、件の冒険者の逆鱗に触れ、これ以上関わるなら、私にも危害を加えると言われたそうだな。」
「その通りです。冒険者でありながら領主様への無礼、速やかに処罰すべきです。ご命令頂ければ、この私めが処刑して喪参ります。」
「おまえ達は騎士の任を解いた上、解雇する。紹介状も出さない。更に街から出ることも禁止し、もし件の冒険者が私を敵とみなすことがあれば、おまえ達を反逆の罪で処刑する。圧倒的な力を持つ者にこの街にとどまってもらえることがどれだけの利益をもたらすかをおまえ達の浅慮によってその利益を失ったばかりか、その強大な力が敵に回る危険さえ生じさせたことは許し難い。分かったらさっさと出て行け!」
騎士たちは顔を真っ青にして、謝り出したが、領主の怒りが収まることはなかった。
セバスが騎士を部屋の外に連れ出し、ドアが閉まると、部屋の中に静けさが戻る。
「アルフレッドよ。初手を過ったのは痛恨の極みであるが、なんとか失地を挽回する方法はないものか。目と鼻の先に得難い力をもった者がおるのだ。交誼を結べぬなど、あまりにも見逃すには惜しい。」
「領主様、冒険者は国に縛られない代わりに、国からも便宜を受けることなく、それでいて多額の税金を課されております。彼らが魔物を討伐することで、その地の安全につながり、その素材はその地の経済を潤すことになりますが、その討伐と素材の買取の報償から多額の税金を引かれ、それすらも領主と国のものになるのです。一方で冒険者にはたとえ傷を負おうと命を失おうと自己責任とされ、何の保障もありません。冒険者にとって唯一の対価とも呼べるのは、自由であることなのです。冒険者がどこで活動するか、どこを拠点とするかは、一重にその冒険者の意思です。冒険者を束ねるギルドの責任者として、自らの存在理由を曲げて一冒険者に無理を強いることはありませんし、まして彼の冒険者に関しては、私など歯が立ちません。命が惜しいのであれば下手に手を出さないほうがよいかと。」
「元1級冒険者のお主にそこまで言わせるのか。返す返すももったいないことをした。」
「それと、その冒険者に対し、教会が良からぬことをたくらんでいる様子。気をつけておいたほうがよろしいかと。」
「何、なぜ教会が。」
「領主様はご存じないのですか。その冒険者、戦闘能力はゼロに等しいですが、教会も治せない重傷者、たとえば手足を切り落とされた冒険者のその手足をくっつけて再び動かせるようにする不思議な技をもっております。脇腹を大きくえぐられた冒険者も、普通なら死んで当然なのに、この者にかかると、何もなかったかのように元通りになるのです。ギルドは毎年、ダンジョン遠征で魔物の間引きを行いますが、教会が派遣する神官への「お布施」を引き上げたことから、予算野津業上、一人しか派遣要請出来ず、代わりに彼の者に依頼したのですが、何よりもまず、費用が桁違いに安く、治癒魔法ほど瞬時にけが人を治すことは出来なくても、治癒魔法では治せないような重症患者も治すことが出来るため、冒険者の間では、怪我をしたら教会ではなく、ギルドと定期治療契約を結んで決められた日に冒険者の治療を受け持ってもらっている彼の冒険者のほうが評判がよいため、教会に行く冒険者は減っているはずです。教会にしてみれば、売上減少の原因となっているこの冒険者の存在がおもしろくないようです。」
「うぬ。高くて技術も低い自身の不手際ではなく、相手を責めるか。教会の態度には呆れたものだ。済まぬが、教会が不当な手段に出るのであれば、領主としての権限をもって対処しよう。件の冒険者の身辺には気をつけてもらいたい。」
「ギルドとしても有用な人材なんで、周りがうるさくなると、出て行かれてしまうのでは、困るのですがね。」
それからも本人不在の場所で、個人情報が流出していくのだった。




