エピソード45
「昇格を断る冒険者なんて居るのかよ・・・」残されたギルドマスターがぼやく。
「領主もあれほどケントに手を出すなと言ったのに。」
ギルドマスターは、想像を軽く超える力を見せ、かつそれでもまだ底の見えない強大な力を持つ先ほどまで相対していた冒険者に戦慄を覚えながら、一日でも長く、この街にとどまってほしいと思うのだった。
脅しが効を奏したのか、平穏な日々が続いた。
建築ギルドががんばったおかげで、修道院の改築も急ピッチで進み、予定の日数を数日残して前倒しで完成した。
僕はミノタウロスの魔石代金でさらにふくらんだ所持金から、早めに完成した分色を付けて残代金を支払い、金払いの良い客と認知され、歓迎された。
これでもう院長先生や子供達がカビや病原菌に苦しむこともないだろう。
そして修道院が完成したことで、居住を修道院に移すことが出来るようになったので、作業小屋を作業小屋として完成させる工事に入る。
今まで三方向だけ、本来の耐久性防犯性のある壁にしてあった最後の脆弱な壁を一旦取り壊し、そこからオロコフさんに注文していた巨大な事業用の蒸留装置を運び込む。上の方の複雑な形状をしたパーツは小屋の中に入れてから組み立てだが、下から熱を加えて、中のワインを沸騰させる部分は、均一に熱が伝わるようにと、加熱部分の魔法陣が魔石から魔力を熱に変える魔導部分はそのまま一つのパーツとして運び込む必要があったので、加熱部分を半地下にして、事故があっても周囲への被災を最小限に食い止める配慮の設計にしてある。
工期も当然普通の作業後やの三倍は掛かるし、その分お金もかかるが、新しい産業であり、期待と勝算は十分にあった。まあ、医療用アルコールは僕の要望で、僕が使う分だけ確保出来ればいいんだけど、エタノールによる消毒が広まれば、予防医療がこの世界でも進む可能性はある。それは結果として多くの人を救うことにもなるだろうし、アルテミアス様との約束にもつながる気がする。
そして、蒸留小屋が完成したのは、秋も中頃になった。もちろん院長先生以下子供達も全員無事に肺炎が治り、元気になった。
普通の食事が出来るようになったので、今日はお祝いだ。
子供達のリクエストは病気中スープの部分しか口にすることが出来なかったトリッパの煮込みのトリッパ入りである。
せっかくなので他のミノタウロスの部位も出そうとしたら、院長先生に止められた。
曰く、高級食材の味を知ってしまうと、日々の食事に不満を持ちかねないとのことだった。
美味しい食事も善し悪しなのかと、その話を聞いて寂しい気持ちになったが、子供達の日常生活に責任を負う院長先生の言葉であり、尊重しない訳にはいかない。一番つらい思いをしているのは院長先生だろう。
僕は代わりに兎肉の唐揚げとボアのカツを追加した。特製のトマトソースとマヨネーズもつけて。
作るのは手間だが、材料自体は市場で売っている庶民が普通に買うことの出来る食材である。テント村の冒険者にもガン見されたし、ダイバーシティの人たちにも好評だったので、子供達が作れるようになったら、修道院の名前で屋台を出したり、あるいは修道院の敷地に出店を作ってもいいかな。
将来的にはブランデーもどきも作って売れるようになれば、お酒のアテなんかも合わせて販売することで、より効率良く商売が出来るかもしれない。
元の世界でも宗教法人による営利行為はそれがメインでなければ活動資金を得る手段として許されていたはずだ。こっちの世界でも、教会が高額な代金を取って治療行為をしているのだから、修道院がお酒や料理を販売して、活動資金を得ても問題ないだろう。
と院長先生に聞いてみた。
院長先生は「なぜ、ケントさんは見ず知らずの私たちにそこまでしてくれるのですか。女神様との約束とおっしゃって病気を治して頂いただけでも女神様の奇跡に感謝しておりますのに。」とむしろ申し訳ないので遠慮したいという話に持って行こうとする。
「いや、実際には、僕が修道院のあるこの土地をお借りして事業のための建物を使わせて頂くのです。またギルドの依頼で、治療も行わなければならない僕の代わりに、仕事を手伝ってもらうことで、お給料もお支払いさせていただくのです。全部僕が自分のためにやっていることですよ。」
院長先生は涙を流しながら感謝するが、むずがゆくて居心地が悪い。
両親を亡くしたことも達に手をさしのべるのは大人の責務だろう。
ダンジョン遠征が終わってから、すっかり冒険者ギルドに治癒師として頼られた僕は、週に3回、冒険者の治療を引き受けることになった。ただ、ギルドの建物に待機するのではなく、住居としていた作業用の小屋の前に野外用のオペルームを設置して、そこで診察と治療を行っていた。
修道院の院長先生と子供達の容態を定期的に確認しないといけなかったからである。
また、ダンジョンで内臓破裂の重傷をおった患者については、やはり容態が急変するおそれがあったことと、街に運ぶための馬車がどうしても振動が激しいことで、予後があまり良くなく、危険な状態だったことから、同じように修道院の作業小屋のベッドで病気の子供達と一緒に寝てもらっていた。
居る度からはダンジョン遠征の参加費として雀の涙ほどの報償しかもらえず、僕に渡そうとしていた特別報奨金から金貨200枚を渡すように伝えて、その一方で治療費をもらっているのは、マッチポンプな気がしないえもないが、一時は危なかった状態を脱してからは、安静に出来る環境が整ったことで快方に向かっていた。
この女性冒険者のパーティー仲間の一人は、腕を切り落とされた冒険者で、同郷の幼なじみでパーティーを組んでいたらしい。
療法とも命には別状はないけど、一人はくっつけたとはいえ、一度は腕を切り落とされており、これから長いリハビリが待っているはずで、もう一人は肝臓に大きな損傷を受け、常人よりも慎重な生活が求められることになる。冒険者として魔物と戦うなどもってのほかで、今度同じ場所に外部から衝撃を受けでもしたら、そのままショック死してもおかしくない。
「命があっただけ儲け物」と笑って言うものの、やはり大変だろう。
修道院の診療所はたくさんの人が利用できるように、前世の保険医療の点数を念頭に費用設定した。
まあ、この世界に健康保険はないので、本人負担10割にはなってしまうけど、交通事故の自由診療で、点数を自由に決めあれることに付け込んで、高額な診療報酬を請求していた前世の勤務先のやり方はには嫌悪感を抱いていた。
その価格設定は教会が設定している貴族と富裕層の商人しか利用できないような法外な金額とは比較にならないほど低い上に、教会では治せない、四肢の欠損も、取れてしまった手足が残っていればかなりの確率で縫いつけて、元通りとはいかないまでも動かすことが出来る程度に治るため、治療に訪れるのは、冒険者だけでなく、街の人たちもだった。
貧民街の入り口にある修道院だったが、廉価で利用出来る治療院があることで、多くの人の往来が出来たことで、自然と治安も良くなっていき、治療院の雑用を最初の症状が軽くすぐに元気になった孤児院の子供達に手伝ってもらうことで、更に多くの外来患者の診療が可能になり、修道院の経営も上向いてきた。
作業小屋を急造で完成させ、そこから修道院の改築が完了する頃には、修道院はすっかり見違える綺麗な建物になった。