エピソード43
ヴィルさんたちのところから街に戻って数日が経過した。
今、僕は冒険者ギルドの応接室で、ギルドマスターから土下座しそうな勢いの謝罪を受けている。
ここに至るまでには、ちょっとした出来事があった。
時間は少し前にさかのぼる。
院長先生と子供達は少しずつ快方に向かっているといって大丈夫そうだった。
食事はまだまだ固形物という訳にはいかないが、点滴での栄養補給でなくなったことは子供達にも元気を与える原因にはなった。
自分たちが良くなっていることが分かるからだろう。
子供の笑顔が一番の御礼ですよ。
・・・ごめんなさい調子に乗りました。
医者になって一度は言ってみたい台詞トップテンに入ってました。後悔はしていません。
院長先生はひたすら何も出来なくて申し訳ないと繰り返しますが、僕は子供の頃に両親を亡くして、孤児であることの気持ちが少しだけ分かるのです。
腫れ物のように扱われた親戚中よりも、院長先生のような人の傍で幼少期を過ごしたかったかもしれません。
貧しい生活の中で子供達が笑顔を見せるのは大人の愛情が子供に伝わって居るからですと、院長先生に伝えると、涙を流しながら「その笑顔をもう少しで奪うところだった。私が気をつけなければいけなかった。」とつらそうに語るので、「まだ完全に大丈夫とは言えないけど、間違いなく子供達は元気になってますよ。もうすぐ外を走り回れるようになります。」と声を掛ける。
悲しい話ではなくて、無事で元気になっていると説明出来るのは、医者にとってかけがえのない喜びだと、痛感する。
そのささやかな幸福感に土足で踏み込むように、修道院には似つかわしくない騎士が二人、荒々しい態度で乗り込んできた。
まだ室内でおとなしくしている子供達は院長先生の周りに集まりおびえている。
院長先生は、ベッドの上で体を起こし、ドアの前に立っている騎士に「どのようなご用件ですか。」と告げる。
修道院の建て替えのため、今は庭先に急造で建てた作業小屋に修道院の人たちは寝泊まりしている。いずれは蒸留装置を設置して、医療用アルコールと蒸留酒を製造する予定の天井の高い小屋なので、ギンも一緒に寝泊まり出来るから、僕たちも同じ小屋で宿泊することにしている。一応のプライバシーは尊重するので、中のしきりは簡単に取り外し出来るもので作ってはあるものの、見た目にもしっかりしているように見える壁になっている。
騎士は、院長先生を鋭くにらむと「我等はそこの平民に用がある。」と話す時は僕の方を向いた。
正直、嫌な予感しかしない。「平民」という言葉からして選民思想の人間であることは言うまでもない。騎士の甲冑とかに紋章が入っているのだろうけど、正直そんなもの興味もないので、誰の差し金なのかも分からない。
「なんの用ですか。」
僕の方を見ながらおまえに用があると言われればとりあえず、理由ぐらいは尋ねてみたくなる。その後面倒なら断ることができるかどうかは疑わしい気がするが。
「平民のおまえに、理由を尋ねる資格はない。領主様がお呼びだ。黙ってついてくればいいのだ。」
ずいぶんと乱暴な話だ。今の一言で領主とやらが嫌いになった。
「相手の都合も聞かずに、いきなり失礼な話でしょう。理由も言わずに、ついてこいと言われてついていく人間が居ると思いますか。あなたはどうか知りませんが、私は学校の先生に知らないおじちゃんにはついて行っちゃいけませんて教わっているので。」
そう答えると、目の前の騎士、と思われる男性はみるみる顔を赤くして怒り出した。
「貴様、平民のくせに無礼であろう。黙ってついて来ないなら、痛い目に遭わせるぞ。」
うわー、なぜ見ず知らずの人間にそんなこと言われなければならないのか。
ただ、院長先生と子供達がおびえているので、これ以上この部屋での押し問答は子供達の情操教育にもマイナスな気がする。
そのとき、部屋の隅で寝そべっていたギンが起きあがる。
どうやら騎士は気がつかなかったらしいが、僕に敵意を示したことで、ギンがドアの前の騎士二人を敵とみなしたようだ。
「おい、いきなり他人の家に踏み込んで、その狼藉は一体どのようなつもりだ。」
ギンさんや、言い回しが少し古風では。
騎士二人は、ギンの殺気にあてられて、先ほどまでの威勢がどこかに行ってしまったらしい。
僕は、「とりあえず、子供達がおびえるので、外で話をしませんか。」と騎士に小屋の外に出るよう伝える。
まあ、友好的には行ったつもりだが、その後ギンがにじり寄る圧力で、外に追い出したとも言うけど。
外に出たところで、もう一度、何のようで来たのかを尋ねる。理由も言わずについてこいと言われても応じるつもりはない。領主が誰であろうと、僕はこの国の国民でもなければ、この街の市民でもないので、領主が命令したとして、応じるいわれもないと伝える。
なお、冒険者ギルドのアルフレッドさんにも、理不尽な要求があったらいつでも国を出て行くとは伝えてあると説明したところ、騎士の一人は怒ったままだったが、もう一人が少し冷静さを取り戻したのか、冒険者ギルドのギルドマスターアルフレッドさんの名前が出たことで、このまま目の前の人間を怒らせたままではまずいのではないかと思い始めるようになった。
「我等は、領主様の命を受けてお主を連れに参ったのだ。」と答える騎士に、怒り心頭という雰囲気のもう一人は「わざわざそのような奴に言わなくても、黙って従わせればいいのだ。我等は領主に仕える騎士だぞ、平民に舐められては、騎士の名折れぞ。」と申し向けていた。
そろそろうんざりしてきたんだが。
僕はまだまともな方に向かって「では、僕はこれから冒険者ギルドに行き、ギルドマスターにあなた方が突然修道院に乗り込んで来たこと、その理由が領主に呼ばれているので黙ってついてこいと言われたが、冒険者として応じる義務があるのかどうかを確認します。その上で、領主の言うことは絶対服従だとギルドマスターが言うのであれば、冒険者ギルドを潰して、街を出ます。もし、領主にそのような権限がないという話であれば、領主のところに行き、あなた方に僕の意思を無視して、僕を連れてくればいいんだという命令をしたのかどうか確認します。もし領主がそのような命令をしたというのであれば、領主宅を潰して街を出ます。もし、そのような命令はしていないというのであれば、あなた方を潰して街を出ます。まあ私個人では難しいかもしれませんが、ギンとムート、フェンリルとエンシェントドラゴンがいれば何とかなるような気もします。」
僕ははっきりとそういいきった。
横でギンがノリノリで、牙を見せて、うなり声を上げ、騎士達を威嚇しているが、なぜか尻尾が激しく揺れている。なんで楽しそうなんだ。
騎士達はギンの圧を真正面から受け止めて泡を吹いて気絶してしまった。
「医者になって2年、まだまだ医学の世界は広いなあ。泡を吹いて気絶するとかそんな漫画みたいな病人初めて見た。」
最後に僕はそう言い残して、騎士2名を修道院の敷地に放置して、冒険者ギルドに向かった。