エピソード39
戻ったところ、ギルドマスターが先ほど無視された分も含めて鬼の形相で待ちかまえていた。
仕方がないので、最大7人平行、血管縫合同時手術の準備をしながら、ダンジョン内で起きたことの説明をした。
ダンジョン内に居たミノタウロス?なんか牛のお化けは全部倒したと説明したことで、ギルドマスターのあごが外れたらしい。
驚きすぎてあごが外れるというのは単なる言い回しで比喩表現だとばかり思っていたが、実践する人は初めて見た。
そして夜通しの血管縫合~からの~リンパ節縫合手術を開始し、7人中2人は主要血管に損傷がなく、吹き飛ばされた衝撃で意識が飛んでいたのと、元々血の気が多いらしく、常人より出血量が多かったために重傷に見えただけで、ばたばたしている間に出血も止まって安静にしているだけで、回復する見込みがたったことで、予想手術終了時間が大幅に短縮されたことは幸いだった。
プルンが居るというだけで、バイパス手術が不要になり、バイタルの低下さえもほぼノーリスクで手術が進められる。
プルンがどれだけありがたい存在かを痛感したオールナイトの手術が夜明けと共に終了した。
最後にメスを置いたときには「ふっ、まだまだ後2日は徹夜できるぜ」と自分でも覚えていない台詞を口走って、慌てたとはギンの言葉だが、長すぎた1日は2日がかりで終了した。
修道院での点滴を終えて、診療所に戻った後は、仮眠という名前の「ぼろぞうきんのように寝る」という体験を生まれて初めてした。
何かあったら起こすようにとギルドマスターに伝えておいたが、そのギルドマスターはとても起こせなかったお僕が自然に目が覚めた後で言ってきた。
けが人に何かあったら取り返しが付かないんだから、何かあったら起こせといったら起こせと強い口調で言ったけど、幸い何もなかったので、それ以上口論する理由もなかった。
そして二度と参加したくないギルド年間定例行事のダンジョン遠征が終わった。
ちなみに今も、ダンジョン前診療所から内臓破裂の患者は動かせないので、僕は診療所と街を往復する毎日を送っている。
あんな振動の激しい馬車に乗せて移動させたら傷口が開いて内臓がこぼれてきてしまうので、少なくとも傷口がふさがるまでは移動させられない。
ダンジョン暴走から1習慣後、診療所を無事最後の患者と一緒に引き払うことができ、そして修道院の人たちも全員起きあがることができるようになった。
僕たちは改めて修道院を訪問し、アルテミアス様の像の前で礼拝を行った。
シリウスの町の時のように、部屋中が光に包まれ、目の前にアルテミアス様が現れる。
「此度は我が信徒の危ないところを助けてくれてありがとう。プルンもギンも元気にしているわね。最初のご褒美まではカルマポイントの認定が甘すぎたかしらと思ったのに、あれから何日も経たないというのに、もうすごい勢いでポイント貯めるわね。おかげでこの世界も予想以上に良い方向に変革が進んでいるわ。けど、気をつけてね、やっぱりこの世界にない知識を持つあなたは普通のつもりかもしれないけど、相当に目立つことをしているから。ギンの気苦労も増えると思うけど、あの子が望んであなたの側にいるのだから、しっかり使ってあげていいわよ。あと少しで次のご褒美にまでカルマポイントが到達するから、あのお部屋の次は何にするか考えておいてね。それにしても、本当にすごいわね。」
僕はアルテミアス様が興奮したように捲したてて話すことの意味が分からなかったので、とりあえず「すていたす」と叫んでカルマポイントを確認してみる。
「うわっ」思わず叫んでしまった。肩の上のムートと頭の上のプルンがびっくりする。
修道院の礼拝堂はギンも不自由なく入れる入り口の高さに、天井はムートが元のサイズになっても頭が使えなさそうな位高いところにある。
修道院は外観こそみすぼらしかったけど、かなり歴史のある建物だったんだなと実感する。
テレビで見たヨーロッパの大聖堂みたいだった。
院長先生が庭のオペルームで療養している間に、壁と床と天井はプルンが酸で溶かした後、僕が締めに浄化を使って、毒性の強いカビの胞子は跡形もなく殲滅したが。建物自体が他らしくなった訳でもないし、カビがあそこまで繁殖した原因を突き止めないと、いつかまた同じ状況になるかもしれない。
院長先生はテレサさんという名前だった。
どこの国でも王侯貴族の執事がセバスチャンという名前であるのと同じで、修道院の院長はテレサというらしい。なぜそうなのかということは院長先生にも分からないそうだけど、名前で職業が分かる数少ない組み合わせで、この世界の条理なのだそうだ。
テレサさんは、ずっとひとりで修道院と孤児院を切り盛りされていて、助手をしているアルマさんも元々この孤児院の出身だそう。
院長先生に助けてもらった命なので、恩返しがしたいとこの世界では珍しく読み書き計算ができるのに、修道院に残離、貧しい生活にも不平を言わずに院長先生と二人三脚で修道院も孤児院も続けてこられたそうだが、教会に疎んじられて、何かと妨害を受け、ついには領主の補助金が止まってしまったとのことだった。
金儲けにしか関心のない教会などを重用し、貧しい人のために活動する修道院を蔑ろにするなど許せない。僕だって早くに両親を亡くして孤児院こそ縁はなかったけど、親戚中をたらい回しにされて疎んじられたのに、医学部に奨学生として入学出来て、爪に火を灯すような生活をしながら就職後に奨学金を返済し続け、そして25歳で志し半ばで過労死してしまった。
今世では後悔だけはしたくないと、気持ちのままに行動すると決めている。
まず、ようやく起きあがって話が出来るようになったとはいえ、未だに立派な病人である、
治療中に調理していたトマトスープ風重湯を院長先生以下修道院の全員に配る。
「治療費すら払えないのに、そんな」と院長先生はアルマさんと同じことを言い出すが、こちらも全く同じように、寄進のつもりだと思って頂ければと伝える。
孤児院にも子供達の食器はあったが、どう見ても誰かが捨てたものを拾ってきたようなものだった。
縁が欠けているくらいならまだしも、汚れが染みついていて、見るからに病原菌の温床になっていそうな食器だった。
ぼくは松葉杖と担架を作ってもらった工房街の職人のところへ行き、担架と松葉杖が特許商品になったこととギルド経由で全国で使われる商品になったことを説明し、ギルドには最初に製造してもらった職人として名前を挙げておく代わりに、木製の食器類を時々でいいので、大物を製造する際の切れ端で片手間に作って孤児院に寄付して欲しいと伝えると、大仕事の注文の見返りがその程度でいいのか、俺はてっきり、キックバックを要求してくるかと思ったぜ。と二つ返事で了解してもらった。そこで早速と、修道院の人数分の平たい皿、ちょっと深みのある皿、縁の付いたそこが平らな皿、カップ、ボウルを人数分要求し、ついでに段差のある場所用の担架を3つ追加注文した。
また森に居るヘラキューズビートルの幼体のためにおがくずをあるだけもらい受け、さらに今後も棒が街に居る間は定期的にもらいにくると伝えた。
「捨てる手間が省けてこっちは願ったりだが、何するんだそんなもん」と言われたが、もちろん魔物の餌だと言うつもりはない。
一部は薫製用のチップにも使うが。
そして、木工職人ならと、家を建てる職人の場所を尋ねたところ、職人街じゃなくて、建築ギルドにいけと言われ、ギルドが集まる大通りの、あまり目立たない一角にある建築ギルドの場所を教えてもらい、その足で建築ギルドを訪れることにした。
目的は、修道院の居住建物の修繕と増築である。
お金を渡すのは院長先生の強硬な抵抗に遭いそうなので、物で寄進ですと言って受け取りを拒めないようにしてしまう。
お金を使っても使っても一向に減らないどころか、やることなすこと全部気が遠くなるような金額になって戻ってくるのである。
修道院まるごと改築して寄付したところで、この世界に来てからの貯蓄は増える一方である。
そこで、まず、僕は修道院の敷地に、孤児院と院長先生と1名の修道女の住居を新築して寄付したいと率直に希望を伝え、まだ先方の承諾がとれていないので、先に見積だけ欲しいと告げる。
また、それとは別に半地下の作業場で天井を高くして外から見ると2階建ての高さの吹き抜けの建物についてもイメージを伝えて、壁と天井を火に強い建材で建築することと防犯設備を強固にすることを伝えて見積を出してもらう。
修道院の住居は金貨150枚で、作業小屋は使う材料と防犯設備をどうするかにもよるので、日数が掛かるが、いくつか提案したいとのことだった。